6.どうにかやり過ごせたか
実技授業の日がやってきた。全員が準備運動をしている中、俺は先生の前に立っていた。
「俺は見学する」
そういうと微妙な空気が流れた。けれど、普通に考えて俺が混ざると怪我人続出だ。それが不味いことくらいわかる。
「はあ!?お前何言っているんだ!ふざけるな!」
ジュリアンが怒鳴っているけれど、逆にそんな細腕で俺に勝てると思うのだろうか。
ジュリアンを無視して先生を見ると、先生は眉を寄せて考え込んでいた。
「シア以外とは戦わない」
そう続けると先生は黙り込んでしまった。
それをじっとみている俺の後ろで、まだジュリアンがわめいている。けれど、エリックが止めているようだった。命は大事にして、と言っているように聞こえたけれど、命の危機なんてどこにあるのだろうか。
ぼんやりと考えていると、見知った姿が近づいてくる。シアだった。
それに気づいた先生の喉がグッと鳴った。シアはどこにいても怖がられるらしい。
そんな先生がまるで目に入っていないかのように、シアは嬉しそうに俺に抱きついてくる。ブームなのだろうか。いつものように突き飛ばすとシアは残念そうに離れて行った。
と、そこでジュリアンの悲鳴が聞こえる。ジュリアンの視線を追うとそこにはシアがいた。シアは口に人差し指を当て、しーっとジュリアンにウィンクをしている。それで叫ばれるなんて相当だと思う。
けれど、エリック以外の他の人たちは頬を染めてうっとりとシアを見ていた。確かにお綺麗な顔はしているけれど、中身は俺と同じ化け物だぞと言いたい。それを知っているエリックは真っ青だった。
「さあ、フェイ。僕とやりましょうか」
いつの間に話がついたのか、シアが俺を促す。何故だか周りは観戦モードで、俺たちを囲んでいた。
よくわからないがシアがやるというからやっていいのだろう。シアが化け物だと証明することが出来て、ちょうどいい。俺はシアに殴りかかった。一度くらい本気でやってみたいな、なんて考えながら。
気づくと授業は終わっていた。周りを見ると全員真っ青な顔をしていた。先生も含めて。
先生は今後実技の授業は見学でいいと言った。だろうなと思っていると、絶対に参加するなよと念押しされた。そんなに心配しなくてもシア以外を殴ろうとは思っていない。
一瞬で終わってしまったとガッカリしながら教室に戻る。シアは仕事があると泣く泣く帰っていった。呼びに来ていたのが、エリックがなりたいという文官だったような気がするのだけれど、シアは騎士団所属だと言っていなかっただろうか。謎ばかりだ。
席に着くと、ジュリアンが目の前で仁王立ちしている。何の用だろうか。見上げると、睨まれた。
意味がわからない。
「あのお方とはどういう関係なんだ!」
「どういう……」
あのお方とは多分シアのことなのだろう。
しかし、関係と言われても。友達では多分ない。けれど、では何と答えるべきか。
「知り、合い?」
疑問系で答えると、ジュリアンの顔が真っ赤になった。相当お怒りらしい。
何故だろう。ジュリアンもシアと知り合いなのだろうか。
「あのお方と知り合いだと!?何をどうやったら平民が知り合えると言うんだ!」
「家にいきなり現れて連行された」
不法侵入からの戦争へ連行は、よく考えてみるとあまりにも酷い話だ。
「はあ!?」
ジュリアンは目を白黒させている。
俺は叫ぶジュリアンの所為で耳がキーンとしていた。
「なんでそんな気にすんだよ。シアがどうかしたのか?」
「あのお方は!っ……いや、なんでもない」
ハッとしたジュリアンは急に青ざめて自席に戻っていった。
何だったのだろうか。不思議に思いながらも、俺はホクホクしていた。思いがけないシアとの手合わせで心が弾んでいたのだった。
俺が如何にこの時間を求めているのか実感した日だった。
◆◆◆
さて、なんだかんだありながらももうすぐ一年が終わる。
俺のクラスはエリックのおかげかとても勤勉なクラスだったらしい。学業はもちろん実技の方も。
それは、実技の授業で途中から俺も指導側に回されるという頭が可笑しな采配をすることからもよくわかる。
俺が教えるなんて狂気の沙汰だし、正直殺してしまわないかヒヤヒヤだった。そのおかげでうちのクラスはちょっとのそっとじゃびくともしない精神を手に入れていた。
学業の方は早い段階から行われていた勉強会の成果が大きい。初めは俺がエリックに教わるだけだったのが、いつの間にか全員参加になり、週に一回だったのが、ほぼ毎日になり、全員で切磋琢磨出来る環境が作られていった。
ジュリアンが混ざって教えるようになると、効率的なやり方がわかるようになってさらに勉強が捗った。
というか、ジュリアンはボンクラの癖に勉強が出来た。本人曰く、エリックの後ろ盾にちゃんとなれるよう同じクラスになれるように頑張っているらしかった。
けれど、普通にやれば出来るのに、甘やかされて手を抜いていた典型的なお坊ちゃんだっただけなのではないかと思っている。
担任の先生は二年のクラス分けでこのクラスから上のクラスに上がる人間がそこそこいるだろうと言った。学年が上がるタイミングでクラス移動が起こるほど成績が変動することは珍しく、今年は異例らしい。
自分のクラスからそんな生徒が出るのは喜ばしいことだろうに先生は胃を押さえていた。
誰かがこっそりと、終業式には胃薬の花束をあげようなんてトチ狂ったことを言っているのが聞こえた。俺よりイカれてるだろう、絶対に。
そんなこのクラスは俺から見れば和気藹々と楽しそうに見えていたけれど、他クラスから見るとそうではないらしく、教室の前を通る人間がいつも怯えていた。怖がられているのが俺だけではないこの状況がかなり面白い。
エリックは俺の雰囲気が怖いと言ったけれど、こんな普通のクラスでも怯えられるわけだから、雰囲気云々が理由ではないはずだ。
可能性としては怯えていた奴らが何かを勘違いしているだけなのではないかと思っている。
さて、俺はどうにか一年をやり過ごした。これは褒められるべきだろう。シアへの手紙もたくさん溜まったし、一度持って帰って渡しがてら、シアとの手合わせを時間を気にせずしたいところだ。シアも喜ぶだろうし。
けれど、この時の俺は知らない。
手紙を送らずに溜めていたことで盛大にシアが拗ねることを。そして、臍を曲げたシアが俺との手合わせを受けてくれず、ひっつき虫になる未来を俺は知らないのだった。




