1.気になる女
拗ねるシアをどうにか丸め込むことが出来た俺は、無事二年に進級することが出来た。
俺は上から二番目のクラスになっていた。
これは、エリックが賢く、教え上手だったからだった。もちろんエリックは一番の上のクラスだ。ジュリアンも言葉通りエリックと同じクラスになっている。
ジュリアンは自分がただのボンクラではなかったと証明した。出来損ないという言葉が真っ赤な嘘になって何よりだと思う。
これも全てエリックのお陰だ。あのクラスの人間は全員エリックに頭が上がらない。ジュリアンの庇護もあるし、エリックならきっと上のクラスでも平民だなんだと言われないだろう。
そんな二人はクラスが別になった俺のことを大層心配していた。ぼっちにならないか、周りに迷惑をかけないか、と気を揉んでいるのだった。
けれど、どちらかというと、俺は二人の方が心配だ。
この一年で俺にも心配という気持ちが何となくわかるようになった。
だから、わかる。二人は他のクラスの思考から逸脱してしまっている。あのクラスにいた人間は全員そうだ。
俺の場合は慣れているからいいが、針の筵にならなければいいのだけれど。
そんなことを思いつつ新しい学年が始まった。
俺は特に周りに干渉されることなく、楽な日々を過ごしていた。二人の心配は杞憂だったわけだ。
ただ去年と違い、新しいクラスには気になる女が出来ていた。
澄まし顔が崩れないその女はシアによく似ていた。だからだろうか、ついつい目で追ってしまう。
胡散臭い笑みを浮かべるシアばかり見ているので、似た顔の女の表情が凍っていると落ち着かない。
その所為で俺が苦い顔をしていると、周りがどんどん距離を置いていく。俺は面白いくらい孤立していた。
そんな俺の環境を知ったジュリアンとエリックはいつかのように俺を食堂に呼び出していた。
「どうしてあんなに怯えられているんだ!威圧感のない振る舞い方をみんなであんなに練習したのに…!」
別に怖がられたくて怖がられているわけではないのでそんなこと言われても困ってしまう。
「まあまあ、落ち着いてよジュリアン。それでフェイス君は一体何をやらかしたの?」
エリックが澄んだ瞳で俺を見ている。
どうして俺が何かをした前提なのだろうか。
俺は至って真面目に生きている。
「何もしてねえ」
そういうとジュリアンとエリックは顔を見合わせている。
けれど、事実、俺はただちょっと女を見ているだけだ。こういうとストーカーチックで嫌だけれど、シアに似ているのが悪い。似ているのだから見るに決まっている。
そんな風に心の中で自己弁護していると、食堂が騒がしいことに気がついた。見るとそこにはシアに似ている女とやたら豪華な格好の男がいた。
「お前のような傲慢な女が私の婚約者だなんて信じたくないな」
男は女をせせら笑っている。女は小さく頭を下げた。
女は周りに見えないように顔を歪めている。けれど、俺がいる場所からはちょうど女の表情が見えた。ギュッと扇子を握りしめている両手が震えている。
俺はシアに似た顔が歪んでいるのがどうにも我慢ならなくて、立ち上がった。そして、ジュリアンとエリックが止めようと服の裾を掴むのを振り払って二人のところまで歩く。
男は俺を見て訝しげに目を細めている。女は変わらず動かないままだ。
俺はそのまま腕を振り上げて男を殴った。男はそのまま吹っ飛んでいく。
流石に手加減はした。骨は折れたかもしれないがその程度だ。殺してしまうとシアに面倒がかかるだろうから。
周りからは驚くほどの悲鳴が上がった。後ろで女が息を呑む気配がしたけれど、そんなもの無視だ。
「公衆の面前で女嗤って楽しいのか?偉く高尚なご趣味をしてるんだな」
さっきの男のようにせせら笑ってやると、殴られた場所を押さえた男が立ち上がって叫ぶ。
「私が誰かわかっての狼藉だろうな!」
その言葉が絡んできた時のジュリアンを思い出させて思わず笑ってしまった。
お貴族様というのは同じような言葉でしか喧嘩出来ないらしい。
「この者を捕らえよ!」
笑ってしまったからだろうか、そんなことを言われた。
それを出来るくらい偉い人間だったことに驚く。
こんな他人を見下すような奴が偉いだなんて世も末だ。
衛兵のような奴らがやってきて、俺の腕を掴む。
「歩くから触んな。気持ちわりぃ」
ここで逃げるのは簡単なのだけれど、逃げるより捕まる方がシアにかかる面倒は少ないだろう。
俺は大人しく衛兵に従った。チラリと振り返ると騒然としている食堂の中でジュリアンとエリックが青い顔でこちらを見ていて笑えた。
心配する必要なんて微塵もないのに、二人は余程心配性なのだろう。
笑いながら歩いていると衛兵から頭が可笑しい奴を見る目で見られた。いや、俺よりも頭が可笑しい奴はたくさんいるだろう。そんなことを思いながら、俺は檻に放り込まれた。
こんなところに入るのは初めてだ。殴る物が無いのはいただけないけれど、案外快適に過ごせるようになっているらしい。
のんびりとくつろいでいると、尋問官が俺を呼びにきた。何も隠すつもりはないけれど、拷問をされるのだろうか。
そんなことをされると相手を殺してしまいそうで不味い。ぼんやり考えながら連れて行かれ、よくわからない部屋で椅子に座らされた。
そこはさっきまでの無骨な檻と違ってお貴族様が好みそうな部屋だった。
「それで、君はなんで王子殿下を殴ったんだ」
「え、あれ王子だったのか」
そう答えると尋問官は大きく溜息を吐いた。そして、何で俺がこんな面倒事をと小さくぼやいている。
面倒なら帰してほしい。
「そうだよ。あの方がこの国の王子殿下だ。それで理由は?」
「人前で人間貶す奴を殴っちゃいけねえのか?」
「いや、ダメでしょ」
何故だろう。悪いことをしたら相応の報いを受けるべきなはずだ。
「はあ……君、多分罪に問われるけど、何か言いたいことは?」
そう問われてふと思い出した。
「シアに俺のことを伝えてほしい」
「シアって誰だよ。愛称じゃなくて、フルネームで教えてくれないと」
尋問官はやる気なさそうに口に出す。兵士がそれでいいのか。
そこまで考えてふと俺はシアの名前すら知らないことに気がついた。当たり前のようにシアと名乗るからそんなことにも気づかなかった。
「……騎士団のやたら顔が綺麗な魔術師だ」
「綺麗な魔術師って……。いや、でもあの方は魔術師なのか?」
尋問官が首を捻っていると、扉がノックされる。
俺はそれが気にならないほどぼんやりとしていた。ショックだった。シアが何者かなんてどうでもいいと思って今まできたけれど、シアが消えてしまったら俺には探す手掛かりが微塵もないことに気がついた。
どうすればいいだろうか。どうすればシアを見失わずにいられるのだろう。思考に沈み込んでいると、いつの間にか尋問官が扉の前に立っていた。
「釈放だって。よくわからないけど、よかったな」
そんな風に適当に声をかけられて、俺は外に追い出されたのだった。




