2.シアの正体
外に出ると全く見覚えのない場所だった。
今にも日が暮れそうで途方に暮れていると、目の前で馬車が止まった。
「フェイス様、乗ってくださいませ」
見るとそこにはシアに似た女がいた。
首を傾げると、扇子を手にパシンと叩きつけて、睨まれる。
敵意は感じなかったので、俺は言葉に従った。
その女は学校とは違い凛として美しかった。
「わたくししがない公爵令嬢のセレネと申します。気軽にレーネと呼んでくださいな」
馴れ馴れしく言われて眉を顰める。
「そんなに警戒しなくても何もしませんわ。私はあのお方に頼まれて迎えにきただけですもの」
俺はそう言われてレーネがシアと親しい仲だと確信した。
レーネの言葉はシアへの親しみが感じ取れた。
それは、今まで聞いたシアを呼ぶ声とは全く違っていた。
「後、あなたに直接お礼が言いたかったのです。あの馬鹿王子から助けてくださりありがとうございます。あれだけ吹っ飛ぶなんてスカッとしましたわ」
レーネはさっきまでのとりすました顔ではなく、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
笑うといつも以上にシアに似ている。けれど、シアとは違いもっと真っ直ぐだ。
眩しい気がして目を細める。
「シアとはどういう仲なんだ?」
「シア……いえ。あの方と私は従兄妹ですわ。あの方の母とわたくしの母が姉妹ですの」
どうりで似ているわけだ。
言われてみれば表情だけではなく仕草まで似ているような気がしてきた。
頷きながらレーネを見ていると、レーネは外をチラリと見た。
「もう着いてしまいますわね」
小さく溜息を吐いたレーネはさっきのような凛とした雰囲気に戻った。そして、馬車が止まるとエスコートしろと無茶を言う。
女相手に乱暴なことは出来ないので、俺は顔を引き攣らせながら、手を取って馬車から降ろした。
レーネから鋭い視線が飛んできたので間違っているのだろう。けれど、やったことのない人間にやらせるのが間違いだ。
俺は舌打ちをしてから、呆れた様子のレーネの後ろを歩く。無作法なんて、そんなの知るか。
頭で愚痴ることで苛立ちを抑えていると、応接室のような場所に連れてこられた。
当たり前のようにシアがいた。シアはソファに座って優雅にお茶をしていた。
「おかえりなさいフェイ」
まるで自分の家のように言ったシアに呆れてしまう。
ここはレーネの口ぶりからレーネの家だろう。なのにこの振る舞い。
「お前何者なんだよ」
思わず口をついて出た言葉はもうずっと思っていることだった。
真面目な顔をしている俺にシアは自分の隣を叩いて座れというように首を傾げた。俺は仕方なくシアの言葉に従う。
近くにいたレーネが俺とシアの距離の近さに驚いていたけれど、俺はそれどころではなかった。
「で?」
シアの方に体を向けて言葉を待つ。
シアは持っていたカップを音もなくソーサーに戻し、にっこり笑った。
「やだなあ。僕はしがない魔術師ですよ?」
そんなふざけた言葉にギロリとシアを睨みつける。シアは苦笑をしてから俺に向き直った。
「冗談です。身分としては公爵ですね。これでも王弟でして」
なんてことないように言って、シアは俺の手を取った。
「名前は?」
「ソフィア・ヴァイスハインです。元はソフィア・アルバニアでした」
アルバニアはこの国の名前だけれど、苗字が変わるなんてどういうことだろう。
理解出来ていない俺にシアは柔らかく続ける。
「王位継承権を放棄した時に、ファミリーネームを返上して、王家から抜けたことをわかりやすくアピールするのですよ」
昔の話ですけどね、とシアはどうでもよさそうに笑っている。
名前はシアにとって重要ではないらしい。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「ちょっと待ってくれ」
何でも聞いてくれと言いたげなシアだけれど、今の俺にそんな余裕はない。
ソフィア・ヴァイスハイン。ソフィア・ヴァイスハイン。ソフィア……無理だ、覚えられない。流石にアルバニアなら覚えられるけれど、それではいけないだろう。
俺は名前を覚えるのが苦手なんだとひたすら頭で唱えていると、いつの間にか俯いていたのかシアに顔を覗き込まれる。
シアのドアップにビクッと肩が跳ねた。
「もしかして、引きましたか……?けど、フェイが見てきたシアが全てです!肩書きという外側から押し付けられた形なんてどうでもいいでしょう!?」
シアの言葉はもっともだ。大いに同意する。けれど、俺が止まっているのはそこではない。そこではないのだ。
「待てつってんだろ」
全力で頭突きをすると泣きそうだったシアはポカンと口を開けている。
「俺は今!お前のわかりにくい名前を覚えようと頑張ってんだよ!ちょっと黙れ」
こんな問答をしているうちに忘れてしまった。ソフィア……なんだったか。
「フェイ……!心配しないでください!覚えられないなら、何か記したものを渡しますよ。そうですね、指輪とネックレスならどちらがいいですか?」
シアの圧がすごい。抱きついてこようとしているのを手で押さえて止めていると、咳払いが聞こえてきた。
「わたくしがいることを忘れていませんか?」
すっかり忘れていた俺は、視線を逸らして黙った。
言い訳するのはシアの得意分野だろう。いつも胡散臭い笑いを貼り付けているのだから。
「若いツバメを飼い始めたというのは本当でしたのね」
レーネは俺たちの向かいに座り、溜息を吐いた。そして、シアをじっとりと見ている。
「まさか!飼われているのは僕の方です。僕はフェイの下僕ですから」
「飼われているではなくて振り回しているの間違いではないかしら」
レーネの言葉が正しいので大きく頷いておく。
「まあ、何でもいいですけれど……。今回のことでちゃんと婚約破棄出来そうですので、我が家は全力でフェイス様にご協力いたしますわ。何でも言ってくださいな」
シアとレーネの間でよくわからない取り決めが行われ始めた。
というか、フェイス様ってなんだ。
俺は頭に?を浮かべながら、二人の会話を聞き流していた。なんなら、理解する気が起きなくて寝そうだった。




