5.理由は人それぞれ
次の日、学校に行くと何故だかジュリアンが教卓の前に立ってふんぞり返っていた。
「お前ら、よく聞け!今入ってきた怖い男はただの馬鹿だ!血がついていようが、威圧感があろうが、ただの品位のない平民だ!」
来て早々いきなり貶されて眉を顰める。
目が合った瞬間、ジュリアンの肩は跳ね、顔色が悪くなった。
「だから、血が出ているのを見つけた者は速やかに保健室に放り込んでくれ!そいつは痛みを感じないから、怪我をしていても気づかないんだ。特にこれから実技の授業も始まる。怪我のリスクも高い。血まみれのクラスメイトを観たくなければよく監視しておけ!」
ジュリアンは極力俺を視界に入れないようにして言い切った。怖がっている癖にこう出来るのはお貴族様だからだろうか。
「僕からもお願いします」
ジュリアンを不思議に思っていたら、隣のエリックも頭を下げている。何のメリットがあって二人はこんなことをしているのだろうか。
なんとなく心配されているのかもしれないということは読み取れた。けれど、その理由は思いつかない。自分が誰かを心配したことがなくて、想像がつかなかった。
そんな俺には誰も気づかず、周りは顔を見合わせている。それから俺をチラリと見た。見られても困るので首を振ると、周りはもう一度ジュリアンに目をやった。そして、ギッと睨まれている。睨まれた周りは目線を下げてから、困ったようにエリックを見た。エリックは眉を下げながら笑って、大きく頷く。
いや、なんだこれ。
無言のこのやり取りで何が決まったのかはわからないけれど、それを確認する前に先生が入ってきた。
ジュリアンの謎の演説があってから、俺はクラスの奴におずおずと保健室に連れて行かれるようになった。
放置でもいいと思うものでさえ連れていかれる所為で、保健室ではブラックリスト入りだ。
俺のことが怖い癖に俺を連れて行こうとする気概は一体どこから湧いてくるのだろう。今までは息を殺して、自分はいませんと言いたげな態度をとっていたのに、徒党を組んでいるとはいえ、俺が首を振っても連れていくのだから恐れ入る。
いや、もしかしたら、今までが大袈裟だっただけで、実は俺はそんなに怖くないのかもしれない。
勉強会にも混ぜてもらうようになっているし、なんならエリック以外にも教えてもらっていたりする。
不思議な話だ。一年前の自分に言っても信じないだろう。多分、イラだって全力でシアを殴る。
そして今日、俺は何故か、エリックと共にジュリアンと食堂にいた。
「本当にいいんですか?ジュリアン様」
恐る恐る尋ねるエリックをぼんやりと見る。
俺とエリックはジュリアンに昼食をご馳走してやるから来いと連れてこられていた。
「いいと言っているだろう。後、ジュリアンでいい。敬語もなしだ」
エリックは驚いて目をまんまるにしている。
「勘違いするなよ。お前は優秀だから青田買いだ」
「いや、でも、僕は平民ですし、何も返せるものがありません」
「僕はこれでも侯爵子息だから、後ろ盾くらいにはなってやる。だから、手を抜かずにやればいい」
ジュリアンは珍しく偉そぶらずに、遠くを見ながら言った。
エリックは何を言っていいかわからなくて固まっている。そんな二人を俺はぼんやりと見ていた。
何故俺も連れてこられたのだろう。俺いらなくないか。
「僕は出来損ないだからな。家の役に立つには人材発掘くらいしか出来ない」
そこまで言って、ジュリアンは真面目な顔でエリックを見た。
「だから、トップ卒業を狙え」
「いや、無理だよ!?」
悲鳴のような声で叫んだエリックは大きく首を横に振っている。敬語が抜けていることにも気づいていなさそうだった。
「平民からここに入るのには相当の学力と覚悟がいる。そこまでしてここに入ったということは何かしたいことがあったんじゃないのか?」
ジュリアンは不思議そうに首を傾げている。エリックは目を彷徨わせてからポツリと言った。
「文官になりたかったんだ」
ジュリアンは大層満足そうに頷いている。文官=優秀な人材なのだろうか。
お貴族様の考えることはよくわからない。
「街のインフラ整備をもっとしてほしくて、それを提言出来るところまで行こうって。入学してから平民じゃなれないって知ったんだけどね……」
「いいじゃないか、文官!平民初の文官になれるよう手をまわそう。あ、悪口は自分で跳ね返せよ」
ジュリアンがすごく適当なことを言っているような気がして、エリックが可哀想に思えた。実際、エリックの口元は引き攣っている。
穏やかなエリックにしては珍しい表情だった。
「本気で言ってるわけじゃないよね?文官登用ってジュリアンが考えてるような甘い世界じゃないからね?後ろ盾があったからってなれるわけじゃない!そもそも君が言ったみたいに主席で卒業するくらいじゃないと平民にはその資格が与えられないんだよ!」
エリックが怒っている。そんなところ初めて見た。ジュリアンも驚いているようで、動きがピタリと止まっている。
お貴族様はきっとこんな風に叱られたことなんてないのだろう。
「軽率だった。すまない」
反射で謝ったジュリアンにエリックはハッとして頭を下げた。
「生意気言ってすいません!」
「いや、いい。それよりも敬語」
苦虫を噛み潰したような表情でジュリアンは短く言った。
空気が冷たい気がする。この中でご飯を食べるのだろうか。もしそうならこの場から退散したい。
「お前はなんでこの学校に来たんだ?」
小さく息を吐いてからジュリアンがこちらに水を向ける。
「シアに行ってこいって言われたから」
「はあ?お前エリックの話を聞いた後によくそんな理由言えたな」
ジュリアンは呆れたように言って、これ見よがしに大きく溜息を吐いた。
エリックの理由の後に、この理由がダメな理由は何だろう。理由は等しく理由でしかないだろうに。
「シアさんってこの間の……?」
きっとエリックはヤバい人という言葉を飲み込んだのだろう。体が震えていた。
「誰なんだそれは」
「頭の可笑しいドMの変態だ」
言い切るとエリックは首を振っている。
「フェイス君。それは思っても人に言っちゃいけないんだよ!」
「そうか」
理由はわからないが頷いておく。そんな俺とエリックを見て、ジュリアンは顔を強張らせている。
「そんなにヤバい人なのか……」
「えーっと、騎士団のすごく強い人だよ」
エリックが困ったように返事をする。確かに間違っていない。化け物に相違ない力を持っているのだから。
シアは今頃何をしているのだろうか。ぼんやりと考えてみたけれど、胡散臭く笑っている姿しか想像出来なくてやめた。シアは頭が可笑しいので、考えたってわからない。
ぼんやりしている俺の前で、シアという名前の強い人間なんて騎士団にいたか?と呟いているジュリアンの声が聞こえた。
そんな微妙な空気の時に、ご飯が運ばれてきた。そのおかげで変な空気は霧散し、次の授業の話に流れて行ったのだった。




