2.友達とはこういうもの
なんだかんだありながら、俺が入学する日になった。
もちろん入学テストもちゃんと受けた。本当にギリギリの点数だったけれど、俺としては短期間でここまで出来るようになったのは奇跡だと思う。
言いたくはないがシアのおかげだろう。
一応、元々俺には集中力があった──らしい。
というのも俺自身に自覚はなかったけれど、シア曰く、戦闘中の集中力は異常とのことで、やれば出来ると脳筋のようなことを言われた。
そりゃあ、誰だって出来るまでやれば出来るだろう。そんなことを思いながら、シアについてもらって勉強をして、イライラしたらシアを殴ったり手合わせしたりして、どうにかこうにかテストをクリア出来るレベルに達した。
シアは、イライラしたらいつでも殴りに来てくださいねと笑った。手合わせにではなく、殴りにというのがシアらしいと思った。
後、何かあればシアの名前を出せ、とも。
シアの名前を出すだけで問題事がどうにかなる可能性があることを知ってギョッとしながらも俺は頷いた。
入学式は非常に退屈だった。
お綺麗な格好の人間たちが並んで椅子に座っている。非常に不気味な光景だ。その中に自分も混じっていると思うとゾッとする。
後、不思議なことにあまり視線が飛んでこない。チラチラと見られている感じはあるが、鬱陶しいだけで嫌な感じではなかった。お貴族様は行儀がいいらしい。
クラスはちょうど真ん中くらいだった。どうやら成績順らしい。きっとシアか王の手が入っているのだろう。
周りからは、本当にこのクラスなのか、と訝しい目で見られている。俺もそう思う。けれど、わけられてしまったので我慢してほしい。
そんなこんなで授業が始まった。
しかし、全くわからない。テストに頻出箇所ばかりを勉強していたから、そうでない部分は面白いくらい理解出来なかった。
俺は授業を聞き流して、どうするかを考えていた。すると、隣の奴が授業とは全然別のことをしていることに気がついた。
それを見て、俺は決めた。
授業が全て終わっていそいそと帰ろうとしている男に俺は話しかけた。
「ちょっといいか」
男はビクッと肩を跳ね上げて、恐る恐る俺を見た。そして、顔を青く染めた。
俺はどうしてそんなに怖がられるのだろう。
「お金ならありませんっ…」
「いや、いらねえし」
学校なのにカツアゲという発想が出るってどういうことだ。学校とは行儀がいいところではないのか。ましてや、ここは王侯貴族まで通う学校だろう。
それほどまでに、俺の見た目は酷いのか。ヒクリと頬が引き攣った。
「そうじゃなくて、勉強教えてくんねえ?」
男は俺の言葉に目をぱちくりとさせて困惑している。
「ダメなのか?」
「え、いや、あのっ、僕でよければ……?」
どうやら教えてくれるらしい。
その日から俺はその男から勉強を教わることにした。
その男はエリックという名前で、俺と同じ平民の出だという。授業中にしていたのは次の単元で、暇だから続きをしていたという賢い奴だった。
なんでこんな中途半端なクラスなのか聞いたら、これ以上上のクラスに平民がいたら目をつけられてお先が真っ暗らしい。面倒な学校だと思った。
そんなエリックに勉強を教えてもらいながら、俺の学校生活はスタートした。
エリックの教え方は上手かった。シアも上手かったけれど、シアは教師という感じだった。けれど、エリックはというと、こうもっと身近な感じだった。
そんな風に勉強を教えてもらいつつも、色んな話をしていると、どうやら寮部屋が隣だったことが判明した。学校外でも教えてもらえるなと思っていると、エリックは困ったような顔をした。
「夜にね、いきなり大きな音が聞こえてくるんだ。それが怖くって……フェイス君の部屋も聞こえる?」
問われて口を閉ざす。多分、俺だ。
耐え難い苛立ちを感じた時、いつものように物を殴っていた。かなり控えめにしたつもりだったけれど、壁が薄いらしい。
元々住んでいた家は知らない間に住人がいなくなっていて、音を気にしなくてよかったから、大きな音がすることを忘れていた。なんて思いながら、俺は首を振った。
「いや、聞こえない」
正直に答えると、流石に逃げられるような気がした。
これからはどうにか気をつけよう。まだ学校生活は始まったばかりだけれど、こんなに怯えられるのは想定外だ。
やっぱりシアに会いに行くべきなのかもしれない。シアを殴るのが一番スッキリする。
「えぇ……じゃあ、やっぱりお化け……」
「あー……俺が懲らしめといてやるよ」
肩を震わせ怖がっているエリックがあまりにも哀れに思えて、俺は適当なことを言って話を流した。
俺がいるクラスはエリックが言うには、上級貴族のボンクラと下級貴族や平民の賢い奴が集まるクラスらしい。
クラスの中を見ていると、上級貴族のボンクラが爵位を笠に来て他の奴らをいたぶっている。その光景は苛立ちはするが首を突っ込むのも面倒で見るだけに留めていた。
けれど、そのボンクラは俺にまで吹っかけてきた。
別に無視したって良かったのだけれど、エリックに勉強を見てもらっていた時だったので、イラっとした。
「どうして君みたいな品位にかける奴がこんなところにいるんだ?」
確かになと思った。
俺はきっとこの場にはそぐわない。その自覚が俺自身にあるし、ボンクラだけじゃなく周りの奴もそう思っているだろう。
けれど、それはそれだ。
俺は売られた喧嘩は買う主義だ。
だから、俺はその喧嘩を全力で買うことにした。けれど、流石に殴るのはまずいだろう。
考えて、俺はボンクラの隣にあった机を苛立ちを込めて殴った。それは驚くほど簡単に大破した。ダンボールかと思った。
チラリと目の前のボンクラや周りの奴を見る。何故だか全員が震え上がっていた。
「こ、こんなことして、タ、タダで済むと思うなよっ!」
震えながらもボンクラは言い切った。
思った以上に気概があるようだ。もやしの癖に驚きだ。普通にすごいなと思った。
「何が起こるんだ?」
素直に不思議に思って聞いてみる。机を壊したくらいで一体何をするというのか。こんなこと日常茶飯事なのに。
「と、父さんに言いつけてやる」
親に言いつける。
それをされると俺に何か不利益があるのだろうか。別にこのボンクラの親は知り合いではないし、俺に何か出来るとも思わない。
ボンクラが言いたいことがイマイチよくわからない。
「父さん……。あ!挨拶に来いってことか?名前は?教えてくれよ」
正解を思いつけた自分が天才な気がして思わずニィとドヤ顔してしまう。何故だか、周りから小さな悲鳴が上がった。虫でも出たのだろうか。
目の前のボンクラは汗をダラダラと流して、目を彷徨わせている。というか、もはやグルグルしている。
「おい」
あまりにも反応が可笑しくて声をかける。すると、ボンクラは体をビクッとさせてから、地面に倒れた。
いや、なんで。
確かめてみると、ただ気を失っているだけのようだった。仕方なく俺は保健室まで運ぶことにする。
「エリック、保健室ってどこだ?」
隣にいたエリックに声をかけると、エリックは青い顔で先導をしてくれた。
前を歩くエリックの肌がやたら白く見えて、こんなに白かっただろうかと考えている間に保健室についていた。
保健室の先生にボンクラを預ける時に、名前を聞かれた。
そういえば、このボンクラの名前はなんだっただろう。首を傾げると、苦笑したエリックが俺の代わりに答えてくれる。
エリックの答えを聞きながらも、俺はボンクラの名前が覚えられなかった。仕方がないのでボンクラのことは変わらずボンクラと呼ぶことにする。
そして、今日初めて気づいたのだけれど、俺は人の名前を覚えるのが苦手だったようだ。
次の日からボンクラは俺に近づいて来なくなった。そして、何故だか俺が教室に入るとざわつきが嘘のようにピタリと止まるようにもなった。
席について首を傾げていると、隣に座ったエリックが小さな声で、恐怖政治だ……と呟いている。
「恐怖政治ってなんだ?」
「……え。口に出てた?」
頷くとエリックは真っ青な顔で首を振り始めた。
「これは違うんだよ。フェイス君が思っているような意味じゃなくて……」
「今日の授業にそんな言葉があるのか?」
「え。……ううん。ないよ」
俺は首を傾げてエリックを見る。エリックは息を大きく吐き出してから困ったように笑った。
体調が悪そうに見えて、大丈夫かと尋ねようとした時、先生がやって来て授業が始まった。
その後はわからないことが多すぎて、エリックに教えを乞うことに忙しく、エリックの体調が気になっていたことを忘れていた。
それを思い出したのは寮に戻ってからで、けれど、帰る間際は元気だったからいいかと一つ頷いた。
そんな時に、誰かがトントンと扉をノックする。扉をノックなんて長らくされていなくて少し驚いてしまう。
シアは勝手に入ってくるから、それに慣れてしまっていた。
「誰だ」
声をかけると、ゆっくりと扉が開かれる。そこにいたのはエリックだった。
エリックは部屋の中を見て驚いていた。別に驚くことなんてないだろう。ちょうど昨日、壊したものを片付けたところだから、綺麗なはずだ。
壊れたものが散乱していない方が住みやすいことはシアの家で気づいた。あそこは俺が部屋を荒らしてもすぐに綺麗にされていて、居心地が悪くなかった。
「入っていい?」
頷くとエリックは恐る恐る部屋の中に入ってくる。
目を彷徨わせているのでこの部屋唯一の椅子を指差した。俺はちょうどベッドに腰掛けていた。
シアは勝手に入って来て勝手に飲み物を入れるのが普通なので、こんな反応は新鮮だった。
「昼間はごめん」
謝られる意味がわからない。
じっとエリックを見ていると、エリックは俺としっかり目を合わせた。
「フェイス君が悪い人じゃないのはわかってるんだ。わかってるのに……勝手に怖がって。ごめんなさい」
「怖がられるなんていつものことだし、別に。それより、俺のどこがそんなに怖いんだ?やっぱり髪か?ピアスか?」
ずっと知りたかったことだ。
シアが全く気にしていなかったから忘れていたけれど、俺の見た目は怖いはずだ。彼女にもそれで怯えられていたのだから。
「ええっと……雰囲気かな」
雰囲気──。それはもうどうしようもないのではないだろうか。
なるほど。怖がられるのはもう仕方がないことらしい。まあ、別にいいか。シアは怖がらないし。
動かず考えている俺に、エリックは慌てている。そこで、正気に戻った。
「それより、何しに来たんだ?」
「えぇ、謝りに来たんだよ?」
それだけのために来ただなんてエリックはかなり律儀な人間らしい。
こんな人間もいるのだと驚いていると、エリックは小さな声で呟いた。
「友達を嫌な気持ちにさせたら悲しいよ。だから、謝って仲直りしたかったんだ」
どうやら、俺とエリックはいつの間にか友達になっていたようだった。驚きだ。何をどうしたら友達だということになるのだろう。
不思議で黙っていると、エリックの眉がどんどん下がっていく。
「何か言ってよ!反応してくれないと恥ずかしいでしょ」
反応といわれても困る。
考えていると、一つ聞きたいことを思い出した。
「騎士団に行くにはどうしたらいい?」
苛立ちを解消したいけれど、俺はシアがどこにいるかわからない。シアの家の場所も覚えていなかった。
ただ、騎士団所属だということは知っているので騎士団に行けば会えるだろう。
「実技と筆記の合計が良くないと入れないけど……」
「ここからどうやっていけばいいかだ。徒歩で行ける距離か?」
「徒歩じゃ厳しいかな。馬車なら結構すぐだよ?」
なるほど、馬車か。どうやって借りればいいのだろうか。
「騎士団に用事があるの?」
「……知り合いに会いたくて」
この言い方だと、俺がシアに会いたくてたまらないかのように聞こえて口の中が苦くなる。
「明日休みだし外出届けを出せば行けるよ」
そこまで言ったエリックは黙っている俺におずおずと付け足した。
「……もしよかったら案内しようか?」
「いいのか?」
食い気味に尋ねると、エリックは目を瞬かせてから笑った。
「これがお詫びってことで!」
エリックは機嫌良さそうに、騎士団への行き方や外出届けの書き方を話している。
「お前、いい奴だな」
掛け値なしにそう思った。
こんなにまともな人間に初めて会った。そして、こんなまともな奴が俺を友達と言ってくれるのだから、俺はシアより余程まともな人間なのだろう。
大きな気づきだった。
そんなことを思っているうちに、明日の騎士団行きが決まっていた。




