1.勝手に始まる生活
俺は今煌びやかな部屋の中にいた。
ここは王宮の中の控室だ。今から謁見が行われるらしい。
「好かれねえなら英雄なんてなりたくねえんだけど」
俺はイライラと膝をゆすった。
息の詰まる服を着せられて、長く待たされて、殴りたくなる。
流石にここで暴れるほど死に急いではいないので、ギリギリのところで我慢していた。
「僕も面倒な事は好きではないです。好きな人も別に喜ばないですし」
シアは珍しく俺の隣で溜息を吐いている。
ピッタリと引っ付いて座るシアの癖は治っていなかった。
「お前がそんなに嫌がるの珍しいな」
「そうですか?基本的に僕は消極的ですよ。能動的なのはあなたが絡む時くらいです」
やれやれと頭を振るシアは自分の言葉の異常さに気づいていないようだった。いや、異常とすら思っていないのかもしれない。
もしかしたら、シアには友達がいないのかもしれない。だから、俺にこだわっているのだろう。そう思うとその言葉が重いことを指摘するのは可哀想に思えた。
シアを真似するわけではないけれど、俺も息を吐き出した。
どんよりした空気で待っていると、呼びにきた人がヒッと声を上げた。それほどこの部屋は禍々しい気配を放っているらしい。
俺は軽くシアを殴って正気に戻す。さらに悲鳴が聞こえた気がしたけれど、気のせいだろう。
案内の人についていくと、そこには兵士と王しかいなかった。そんな中、王の前で膝を折って頭を下げる。王の声と共に顔を上げた。
王は何故だかシアをチラチラと見ている。シアは俺にウインクをした。
嫌な予感がする。
「おお、お前がフェイスか。今回はよくやってくれた。褒美をとらせる」
何もいらないと言おうとしたらその前にシアが答えていた。
「フェイスに学ぶ場をお願いします」
「はあ!?」
叫ぶとシアにしーっと指を立てられた。いや、何でシアが答えているのだろうか。しかも、さも当たり前かのようにしれっと。
「では王都で一番の学校への入学許可をだそう」
王も俺の反応なんて無視だ。シアに対して、うんうんと頷いている。
どういうことだ。平民の言葉なんて聞く価値がないとでも言うのだろうか。
「ありがとうございます」
シアが深々と頭を下げる。俺も仕方なくそれにならった。
後で、シアをとっちめてやろうと心に決めながら。
◆◆◆
王城を出てそのまま馬車に乗せられた。
まったくどこに行くのだか。
「おい、さっきの何だよ!」
俺はシアにつかみかかった。シアは大人しく俺の好きにさせている。そうされると変に冷静さが残って殴るに殴れない。
「僕はフェイに騎士団に入ってほしいのです」
「騎士団だあ?」
「はい。僕も一応騎士団所属なので。一緒に働きましょう?」
シアはキラキラと目を輝かせている。その目に得体の知れないものが見えた気がして、咄嗟に手を離した。
「馬鹿か。王都の騎士団に入るには学がいるから無理だろ」
「そのための入学許可じゃないですか」
その言葉に空いた口が塞がらない。
普通そこまでするか。単なる元バディでしかないのに。
「いや、俺金ねえわ」
仮に入学するなら、と考えてみたけれど入学以前の問題だった。
そもそも王都一といえば、多分お貴族様が通うようなところだろう。そんなとこに入るのに一体どれくらいかかるのか。少なくとも俺の貯金じゃどうにもならない額のはずだ。
それに、全く学のない俺が授業についていけるとも思えない。
「何を言っているのですか?褒美なのですからお金なんていりませんよ。それに、もし必要なものがあっても僕が出します。これは僕の我儘ですから」
シアはさっきとは違い前のめりで俺の言葉に答える。
馬車の隣に座っていてほぼゼロ距離なのにこっちに寄ってこないでほしい。この距離に慣れつつある自分が怖かった。
「……俺本当に全く学ねえぞ。ついていけるわけねえって」
「それも心配いりません。入学までにみっちりと僕が教えますから!」
楽しそうなシアを押し返して、息を吐き出す。
そんなことを言えるくらいシアには学があるらしい。さらにいうなら人に教えられるくらい、出来るらしい。
シアは器用な奴だ。もしかしたら、性格以外は完璧な奴なのかもしれない。そして、性格が壊滅的で友達が出来ないのなら、やっぱり気持ち悪い奴だった。
苛立つ気になれなくなって、俺はシアを軽く叩いた。シアの方は見ない。笑っているのを見て背筋がゾワッとするのがわかっているからだ。
考えることが嫌になってぼんやりしていると、馬車が止まった。降りると大きな家があった。
ポカンと口を開けていると、シアがクスクスと笑っているのが聞こえた。ギロリと睨むもシアはどこ吹く風で、両手を広げて俺を見た。
「ここが僕の家です。今日からフェイの家でもありますから慣れてくださいね。では、おかえりなさい」
言うだけ言って、シアは俺の手を掴んで歩き出す。シアの足取りはスキップしそうなくらい軽やかだった。
それほど家が恋しかったなら、俺の家に来ずに帰ればよかったのに。
というか、シアは一体何者なのだろう。こんな大きな家に住んでいるということは、お貴族様なのか。
そんな人間がわざわざ俺をバディにしていたというのだから、物好きな奴だと言わざるを得ない。
俺を選ばなきゃいけないくらいハブられるって悲しい話だな、なんて思っているとシアが口を尖らせている。
「なんだよ」
「フェイが僕のことを見ていないのでつまらなくって」
「はあ」
シアは時々よくわからないことを言う。俺の視界にはシアが写っているのに、どういう意味だろうか。
「あ、そうです!フェイの部屋僕と一緒でもいいですか?」
「嫌だけど?」
これだけ大きな家で同じ部屋にする意味ってなんだろう。俺の部屋を確保出来ないくらい部屋が埋まっていると言いたいのだろうか。いや、まさかそんなわけない。
この家には俺とシアと、執事らしき男の気配だけしかない。
「フェイはノリが悪いですね」
ノリというか、もしこれで俺がいいと答えたら本当にそうするつもりの癖に何を言うか、という気持ちになって、俺はシアを殴った。
やはり器用に鼻血だけを流して笑っている。
避けられるのだからいい加減避ければいいのに、わざと当たるのだからよくわからない。
巷で噂のドMというやつか。変態の上にドMなのか。なんてヤバい奴なのだろう。
シアの異常性についての考えを改めていると、シアがこれからのことを話し始めた。俺はそれを聞きながら、今後のシアへの対応を考えるのだった。




