3.温かな証人二人
シャルルが知らせに来てくれた時に、一枚の紙を渡された。書いてせばいいらしい。
俺の名前とシアの名前。その他諸々と──証人二人。
証人はレーネとシャルルだ。迷うことなくそう思った。
だから、シャルルには紙をもらったその時に頼んだ。快くというか嬉しそうに引き受けてくれた。コイツ本当にシアが好きだなと微妙な顔をしていると、フェイス君も好きですよと綺麗な笑顔で言われた。
心を読まれているのも怖いが、揶揄われているのが恥ずかしくなって、頬を摘んで引っ張る。シャルルは俺の所為で赤くなった頬を撫でながら、恨めしげにこちらを見ていた。その姿を俺は鼻で笑ってやった。
レーネには、証人と共にもう一つ頼みたいことがあった。
「なあ。昔、養子にする用意があるって言ってたよな。その話はまだ有効か?」
別に平民だって構わないのだろう。けれど、きっとそれでは色々言われる。やっかみも受けるだろう。そして、それは俺ではなく、表に出るシアに降りかかる。
そんなことでダメージを受けるシアではないと思うけれど、煩わしいことは少ないに越したことはない。
「ようやくですの?待ちくたびれましたわ。書類の用意は済んでいますから記入してくださいな」
レーネは呆れたように笑って書類を差し出した。それを受け取って、代わりに俺も紙を渡す。
俺が渡した紙をレーネは優しく撫でた。
「感慨深いですわね」
言われて、確かにと思うと同時にあっという間だったとも思った。
シアが与えてくれた日々はいつだって光に満ちていて温かかった。
「わたくし、お兄様が結婚出来るなんて思っていませんでしたわ。身内には優しいですけれど、偏屈な人ですもの。誰にも心を許さず一人で死んでいくものだとばかり」
レーネの辛辣な言葉に笑ってしまう。
レーネが言うようなシアの姿が想像出来てしまった。冷たい顔で他人を切り捨て、独りで生きていくシアの姿が。
「これは思った以上に嬉しいですわね。お兄様が手紙をくれた理由が少しわかります。どうしても言葉にしたくなりますわ。今のこの感動を。歓喜を」
レーネは目尻に涙を浮かべながら、柔らかく笑った。
シアの幸せをこれほどまでに祝ってくれる人がいることが嬉しいと思う。こんな感情、シアと出会わなければ知ることはなかった。
これはきっと愛おしいという気持ちだ。胸が締め付けられて、俺まで涙が出そうなそんな気持ち。
唇を噛み締めてその衝動をやり過ごす。レーネが微笑ましそうに笑っている気がした。
「フェイス。あなたも幸せになってくださいね」
その言葉に何度も頷く。声なんて出せなかった。
泣いてしまいそうで、顔を伏せる。
「ふふ。そんな顔出来たのね。私だけが見たなんて言ったらお兄様悔しがりますわ」
「……シアには言うなよ」
こんなの見せられねえと呟くと、レーネが声をあげて笑う。久しぶりに聞くレーネの笑い声に、つられて口角が上がった。
「ええ、ええ。お兄様には言いませんわ。こんなフェイスが見られるのは義姉である私だけですもの。義姉特権ってやつですわね」
レーネの得意げな姿に、それはそれで恥ずかしいなと思ったけれど、甘んじて受け入れることにして、笑い返した。
和やかな雰囲気の中、レーネが、けれど、と呟いた。
「来るならお兄様だと思っていましたわ。もしくは二人で揃ってか来るか」
「ああ。シアには言ってねえ」
「言ってないんですの!?」
レーネは目が落ちそうなほど大きく開いている。そんなに驚くことだろうか。いや、まあ、らしくないことをしている自覚はあるけれど。
「これから言う」
「フェイス……お兄様に似てきましたわね」
「そうか?」
「ええ、先に外堀を埋めるところがお兄様のようです。お兄様以外にはしないでくださいね?」
言われて頷く。そもそも、能動的に動くことなんてシアに対してくらいだから問題ないだろう。いや、リュシーに対しては気を付けておくべきだろうか。
そんなことを思いながら俺はレーネとの会話を続けたのだった。
◆◆◆
二人の名前が書かれた紙を持って家に帰ってきた。さて、シアに話そうかと思っていたら、リュシーに捕まった。
「おかえりなさい!パパはまだ帰ってきてないっす!」
リュシーはそう言ってから俺の手を引いて、リュシーの部屋に歩いていく。
珍しいとは思ったけれど、課題でわからないところがあったのかもしれない。大人しくついていった。
部屋に入ると、リュシーは俺を椅子に座らせて、自分はベッドの上に立った。そして、俺を見下ろした状態で腕を組む。
「ママ!もしかして、そのままパパにその紙を渡すつもりっすか?」
「それ以外なんかあんのか?」
俺の言葉にリュシーは、ありえないっす!と叫んでから俺の事をビシッと指差した。
「一生に一度のプロポーズっすよ!そんなのダメに決まってるっす!デートして雰囲気のいいところでプロポーズしないとダメ!それがマナーなの!」
いつになく圧が強いリュシーに気圧される。咄嗟に言い返すことは出来なかったけれど、それはどこのマナーなのだろうかと思った。
「ママはパパを喜ばせたくはないんすか!」
喜んでくれるならそれにこしたことはない。けれど、そのために何かをするのはあまりにも柄ではない。
「プロポーズといったら、花を用意……はダメだけど!指輪を持って告白するのが鉄板なの!」
指輪はいつかシアが用意すると言っていたから、俺が用意するのはどうなのだろう。俺はそういうのには疎いし、いい物を選べるとは思えない。
それに、今更俺がシアに告白なんて──。
「気持ちはちゃあんと伝えないとわからないんすよ!いくらパパが変態的に意を汲むのが上手いと言ってもダメなの!」
リュシーは大きな声で叱るように俺に言う。
娘に変態的と言われるシアはどうなのだろうか、と思いながら若干現実逃避をする。
「ママ聞いてる!?」
「あー、聞いてる聞いてる」
「嘘っぽいっすぅ!じゃあ、ちゃんとパパにプロポーズするんすよ!」
言い切って肩で息をするリュシーにどう答えようかと悩んでいると、外から声が聞こえてきた。シアが帰ってきたようだ。
リュシーはシアを出迎えるために部屋を飛び出して行った。溜息を吐いて俺はそれを追いかけた。
「パパー!おかえりなさいっす!」
リュシーの元気な声が響いている。
それに背を押されたようにプロポーズをしてみようかと思った。そして、リュシーにただいまと返すシアの柔らかな声がその決意を固めさせた。
さて、どうしようか。
どこか楽しい気持ちを抱きながら、二人の元へ向かったのだった。




