2.勝手に伝書鳩になるリュシー
シャルルが王太子になって一年して、同性婚が許されるようになった。シャルルはその話を俺に一番に教えてくれた。
ようやくリュシーの攻撃から解放されるとホッとしながら、俺はシャルルにもらった紙切れを眺めていた。
この一枚を書くだけで、シアと家族になれる。
リュシーがシアの好みをやたらと尋ねるようになってからシアは俺に対しての不安について考える暇がないようだった。
子供の頃のシャルルを見てきたはずだから、子供の扱いが全くわからないわけではないだろうに、シアはリュシーには手を焼いている。男女で全然違うらしい。子供というものに縁遠い俺からすれば、正直リュシーは男女の括りに入れるなら男よりの性格をしているように思うから、貴族と平民の違いなのかもしれない。
パパ、パパ、とついて回るリュシーは雛鳥のようで、飴と鞭の鞭が多かったシアは段々と飴が増えていった。俺に懐きがちだったリュシーが急にシアに纏わりつき始めたことを不審に思ってはいたようだけれど、可愛い笑顔のリュシーに絆されていた。
そんな二人を俺は微笑ましいと同時に苦い気持ちで見ていた。リュシーのたくらみがシアに伝わるのが嫌だった。
そして、夜、リュシーがその日の報告に来るようになったのが、少し面倒だった。どんな顔してそれを聞いていいのかわからない。仕方なく、俺は極力表情を変えないようにしていた。
「ママ!パパはオムライスが好きらしいっす!」
リュシーがこの家にやってくるまで、食卓にオムライスが出てきたことはない。だから、きっとそれはリュシーが好きだからそう答えたのだろう。
話に聞くシアは、俺の知らない人間のようだった。もちろん、リュシーの主観も入っているだろうから、当たり前だと言われればそうだ。けれど、そんな風に他人を慮れる姿が眩しく手の届かないもののように思えた。
「パパはシャルちゃんのこと好きらしいっす」
今度ご飯のリクエスト聞くんだって、とリュシーは口を尖らせて拗ねている。俺がよくあることだろと言うとしょんぼりと眉を下げてしまった。
シアがシャルルのことを好きだなんて知っている。本人が口に出すほどだとは思わなかったけれど、リュシーへ向けるのと同じような気持ちを抱いているのだ。けれど、どんな状況でその言葉を言ったのかはわからないけれど、少し面白くないと明確に思った。いつか同じような感情を抱いたことがあるような気がするけれど、それも含め事実だと認めたくなくて、違うことを考えることにした。
リュシーはいつからシャルルのことシャルちゃんなんて呼んでいるのだろう。確かに身内のようなものだけれど、王太子にそれはどうなのだろう。
それに、リュシーが気安く話す大人はシアと俺とギリギリレーネくらいだ。きっとシャルルが言い始めたのだろうけれど従うリュシーもリュシーだ。それも面白くない──結局同じ気持ちに帰結してしまった。
「パパは朝焼けが好きで、夕焼けが好きじゃなくって、けど、夜が好きらしいっす!月がママみたいなんだって!」
リュシーはドヤ顔でそんなことを言う。何故ドヤ顔なのだろう。
しかし、月みたいだなんて初めて言われた。あんな綺麗なものに例えられるような人間ではないと思うのだけれど。それこそ綺麗な顔をしているシアの方が月みたいだろう。いや──。
「シアは太陽だな」
考える間もなく口に出ていた。
だって、シアは色味が派手だ。それに誰かの光を受けて輝くのではなく、自分で光を放つ太陽の方がシアにはあっている。ならば、やはり自分は月なのかもしれない。俺はシアがいるから生きられる。シアのいない世界なんて想像もしたくない。
考えていると、リュシーが頬を上気させてぴょんぴょん跳ねている。
「あたしは彗星がいいっす!この間、パパとママと見たのすごい綺麗だった!」
その言葉に思わず笑ってしまった。慌てて手で口元を覆い隠す。可愛いと思ったのが恥ずかしかった。
それに気づかれないように、跳ねているのを押さえつけるように頭に手を置いて髪をぐしゃぐしゃにする。
リュシーが彗星なんてそれこそぴったりすぎる。
彗星は奇跡の星で希望の星だ。リュシーが俺とシアのところに来てくれたのは奇跡だと思うし、俺はリュシーに未来への希望を見出してしまう。
明るく眩しい俺とシアの彗星。そんな思考がさっきより恥ずかしくて、頭を掴んで揺らしてやった。
「パパ、お花あんまり好きじゃないんだって……。ママの所為だって言ってたけど何かあるんすか?」
言われて考える。俺の所為で花が嫌い。何かあっただろうか。
じっくり考えてようやく思い出した。花屋の彼女のことを。その頃のことも彼女のことももう朧げだ。生まれ育った場所のことなのに、きっと俺は薄情なのだろう。
けれど、シアのことを思って生きた時間が濃すぎるのだから仕方がない。きっと脳が覚えている必要がないと判断したのだ。実際、覚えていないことに気がついても、なんの感慨もわかない。
「ねえ、ママ!聞いてる?」
「昔、好きだった子が花屋だったからか?」
もう一度問われてそう答える。そして、そう答えて可笑しいことに気がついた。
気の所為かもしれないが、もしかして出会った時からシアは俺のことを好きだったのだろうか。でなければ、花が嫌いにはならないのではないだろうか。
けれど、あの時の俺は十四歳だった。そして、シアは二十四歳だったはずだ──とんだペド野郎じゃないか。
「リュシー、シアに抱きつきに行くなよ。危ねえ」
首を傾げているリュシーに苦い顔になったのだった。
「パパ、一人寝が寂しいって言ってたっす!」
リュシーが一緒に寝てやれと言いかけてやめた。未だにシアのペドフィリア疑いは晴れていないのだ。
どんな返事が返ってくるのかわからなくて、怖くて聞けていない。リュシーに悪影響を及ぼす可能性があることはさせられない。
結構、俺はほっとけとリュシーに言って、ホットミルクを作ってやった。子供はすぐ意識が逸れるというから、これでシアの戯言なんて忘れるだろう。
「パパがママと森でデートしたのが楽しかったって言ってたっす!」
シアと森でデート──シアと森に行ったのなんて戦争の時くらいだ。シアの中ではあれがデートにカウントされているというのだろうか。あの、大勢で戦場移動することが。
いや、まあ、他の人間は微塵も寄ってこなかったので、二人っきりのようなものだったけれど。だとしても、あの時は手合わせという名の殴り合いしかしていない。
忘れていたけれど、やっぱりシアはドMなのだろうか。鼻血をたらして笑っている姿を思い出して、眉を下げる。最近はあまり殴りたいという衝動を感じなくなった。リュシーの教育にもよくないし──。
仮にシアが殴ってほしかったとしても、もう出来る気がしなかった。
「ママ!デート行かないっすか?」
「……今度、紅茶の上手い店に連れてってやる」
「パパきっと喜ぶっす!」
「お前が好きそうな甘いのもあった」
「え、あたしも行くの?」
「お前が言い出したんだろ」
お互いキョトンと見つめ合う。
何を当たり前のことを言っているのだろうか。リュシーを放ってどこかに行くという選択肢はないし、そもそもその発想が全くなかった。
折角、三人でいるのだから、三人で過ごさない意味はない。
納得いかなそうなリュシーにデコピンをしておいた。リュシーは額が真っ赤になって、今にも泣きそうだったけれど、自業自得だろう。
俺はそれを笑ったのだった。
「パパはママのことが好きだって!リュシーには悪いけどママが一番だって!あたしはそんなパパが好きっす!ママのことも大好きっす!」
リュシーはキラキラとした笑顔で俺にそう言った。俺は照れるより先に、それは俺が聞いていいことだったのだろうかと思った。リュシーがとても嬉しそうなので咎める気にはならないけれど。
「ママも好きっすか?」
期待するような目で見られて口籠る。何と答えるべきだろうか。というか、何と答えても羞恥がすごい。
答えられずにいると、リュシーが急かすように俺の袖を引っ張る。
「……そうだな。シアが好きだし、俺の一番だ。けど、リュシーのことも好きだ」
覚悟を決めてそういうと、リュシーはわーいと喜んでから、今にも走り出しそうになった。俺はそれを力づくで引き止める。大方、シアに告げ口にでも行くつもりなのだろう。
「シアには言うなよ」
「えー、パパ喜ぶっすよ?」
「そういう問題じゃない」
俺はリュシーが言わないと約束するまで、懇々と話し続ける。そして──。
「かわいいかわいいリュシーちゃんは俺と約束してくれるな?」
リュシーは頬を膨らませて不満そうに頷いたのだった。
シャルルの知らせが来るまで、そんな日々が続いていた。




