1.リュシーが笑うとみんな嬉しい
時間の流れは無情なほど早い。来月にはリュシーが学校へ入学する時分になっていた。
出会ったのが十二で今年十六になるなんて信じられなかった。
化け物の子として順調に強くなったリュシーはレーネの英才教育やシャルルの処世術を学んで、俺やシアよりも優秀な人間になっていた。
強くて、教養もあって、腹芸も出来るような超人になってしまったのはみんながみんな張りきりすぎたからだ。俺だけの責任ではない。
リュシーはそんなどこに出しても恥ずかしくない娘なのだけれど、変に純粋に育ってしまったものだから、変な人間から悪影響を受けないかと大人たちは気を揉んでいた──いや、よく考えたらその大人たちが一番悪影響な気はするのだけれど。
「こんばんはリュシーちゃん」
「シャルちゃん、いらっしゃーい」
仕事漬けで時間なんてないはずのシャルルが入学前の団欒にやってきていた。
シアの料理が食べたくてだと本人は言うけれど、シャルルはリュシーを気にいってるので会えなくなるのが寂しいからだろうと俺は思っている。
全員でテーブルに向かう。今日はリュシーのリクエストでオムライスだった。年を経ても好みは変わらないようで、シアがケチャップで描いた猫の絵に喜んでいる。
最近大人びたところばかり見ていたから、子供っぽいところを見て安心してしまった。俺も年をとったものだ。
「リュシーちゃん、私と婚約しませんかー?まだ、誰とも結婚したくないんですよねー」
シャルルは疲れたように嘆いている。
なんでも、隣国の姫との婚約話が出ているらしい。あまりいい評判を聞かない姫なので、シャルルは二の足を踏んでいた。
「これはあれか。お前のような奴に娘はやらん!ってやったほうがいいやつか?」
俺は適当に混ぜ返すように言葉を吐いた。こうしないと、いつの間にかリュシーを本当の娘として扱っていたシアが怒るので。
わかっていてやるシャルルは心臓が強いなと思う。俺はシアに怒られたら怖いし、二度としないでおこうと思うのに。
「シャルちゃん!私に告白もどきしてないで、早くお嫁さんもらってよ!私がその警護するから!」
最近のリュシーは高貴な人の護衛になりたいらしく、手ぐすね引いて、シャルルの結婚を待っていた。
バッサリと言われたシャルルは肩を落としている。
「だって、結婚したらここに遊びに来られなくなるじゃないですかー!それとも、姫を連れてここに来ます?でも、それって絶対怒られるし、そもそもそれを不快に思うかもしれないでしょう?自国の令嬢ならそれでもどうにかなりますけど、他国の姫って博打がすぎません?私、側室は絶対持たないって決めてるんで、ちゃんと仲睦まじくいられる人がいいんですけどねー」
あーと声をあげている姿はまるで酔っているようだ。けれど、今のシャルルは魔術で酔わないようにしてもらっているので、酔っていない。
単純に力を抜いて管を巻いているらしい。なんと迷惑な。
「大丈夫だよ!シャルちゃんなら上手く洗脳出来るって!」
リュシーの言葉を聞いて、こういうところにシャルルからの悪影響が見えると思った。俺は他人の意志を捻じ曲げるのを良しとするような教育はしていない。
「おい、リュシーそれは」
「そうですよ。リュシーの言う通りです。ちゃちゃっと骨抜きにしてしまえばいいのですよ」
シアの言葉に溜息を吐く。
どうやらシャルルだけの影響ではなかったようだ。
若干リュシーが学校に行ってしまうのが寂しい気がしていたけれど、これは早急に放り込んで倫理観を学ばせるべきかもしれない。
手段を問わずに過ごすことを悪だとは思わないし、必要な時もあるだろう。けれど、進んでよくない道を選ぶ人間にはしたくない。俺は広い選択肢を得られるように令嬢には必要ないだろう色々なことを教えたのだから。
リュシーには苦労なく健やかに育ってほしい。
「他人事だと思って……!リュシーちゃんだって結婚する時に同じこと思うんですからね!」
「はあ?何馬鹿なこと言っているのですか。リュシーを嫁に出すわけないでしょう!」
本当にシャルルは馬鹿だ。俺もシアと同じでリュシーを嫁に出す気はない。
「じゃあ、私はお婿さんをとればいいのかな?」
リュシーの言葉にシアがピキッと固まってしまった。相当ショックだったらしい。かくいう俺もちょっと泣きそうだ。
リュシーが誰かのところに行ってしまうなんてそんな──いや、婿をとるならこの家から出て行かないし問題ないのではないだろうか。大切だと思える伴侶がいるのは悪いことではない。独りは寂しい。
「妥協すんなよ」
リュシーは賢いので大丈夫だろうと俺は一つ頷いたのだった。
食事が終わってリュシーと外までシャルルを見送った後、のんびりとその辺を歩く。
シアはリュシーのお婿さん発言でワインを飲みすぎて潰れていた。
「私ね。パパとママみたいになりたいんだ」
何度訂正しても直らないママ呼びに苦笑しながら、リュシーの言葉を聞く。
「パパとママは二人で一つでしょう?子供の時からすごい憧れてたんだあ。そんな二人の娘にしてもらってずっと夢見てるみたいで。その上、やりたいこと言えばなんでもやらせてくれて大切にしてくれたから。いつか悪いことが起きそうな気がして、この家で暮らし始めてすぐは怖かったんだよ。望んだ以外の課題がいっぱい付いてきて大変な目に遭うことが多かったからいつの間にか大丈夫って思えたんだけどね!」
リュシーは早口で恥ずかしそうにそんなことを言う。こんな話をされると別れを意識して寂しくなってしまう。
「えっと、だからね!私はパパとママみたいなお婿さんを探しまっす!」
「……なんでそんなこと言うんだ」
「んー、シャルちゃんの婚約話をしてる時に、ママのプロポーズ大作戦を思い出したからかな」
言われて苦い気持ちになる。寂しさなんて全部吹き飛んでしまった。
「お前が全部バラしたやつな」
「えー。愛あるアシストだよ?頭を悩ませてくれた時間が心を動かすんだからね!」
リュシーは昔のようにぴょこぴょこ跳ねている。
それがあの日にダブった。
あの、台無しなプロポーズをした日に。




