3.シャルルの所為だ
最悪な酒盛りから、ミーシャ先生は禁酒を始め、シャルルはシアに酔わないお守りを作ってもらっていた。
魔術って便利だな、とシャルルに言ったら、こんなこと出来るのはシアだけなのだと力説された。
ソフィアはすごいんですよと胸を張るシャルルは少し幼く見えた。自慢出来るのが嬉しいと言いたげな様子に、今まで言える相手がいなかったことを思い出した。そして、シャルルにとってのシアはヒーローのような人間だったのだろうと思った。
そんなシャルルは最近は忙しくしていて、長らく会っていなかった。まさか、あの時言っていたみたいに王を殺す計画を立てているわけではないと思うけれど、なんとなく嫌な予感がする。
そして、そういう予感は結構当たる。
俺は久々に会ったシャルルに、面倒なことを頼まれた。
「道場破りを受け付けようと思うんですー」
「はあ?」
「道場破り」
聞こえていなくて聞き返したわけではない。意味がわからないから聞き返したのだ。
それをシャルルはわかっている癖にわざとらしく答えたのだから腹が立つ。俺は苛立ちを紛らわせるために大きく息を吐いた。
「一般人から挑まれるそれをフェイス君がやっつければ、ヤバい兵士がいると犯罪の抑止力にもなりますしー、善戦する人がいたらスカウトしたり、要チェックリストを作ったり出来ますしー」
シャルルの言いたいことはわかった。それがきっと合理的なのだろうということも。
ただそれは俺が相手を殺さずに倒せることが前提の話だ。訓練している兵士ならともかく、一般人を殺さない自信はないのだけれど。
「俺に出来ると思ってんのか?」
「リュシーちゃんの稽古をつけてるんですから大丈夫でしょー?」
シャルルの言葉に俺は微妙な顔になった。
確かにリュシーの面倒は見ている。時間があれば手合わせの真似事をすることもある。けれど、それは力を入れずにいなせるレベルだから出来ることであって中途半端な強さの人間が一番やり辛いのだ。
「そんな顔しなくても本当に大丈夫ですってー。今のリュシーちゃん、余裕で一般人より強いですから」
大丈夫大丈夫とシャルルは頷いている。
どこまで本気で言っているのかさっぱりわからない。眉を顰めていると、そんな俺が目に入っていないかのようにシャルルは笑った。
「とりあえず、三日後に人を集めますからそのつもりでいてくださいね」
その言葉を最後にシャルルは行ってしまった。やはり忙しいらしい。
きっと本格的に王太子業でも始めたのだろう。新兵への訓練メニューもいつの間にか俺仕様ではなく、新兵仕様に変わっていたし、仕事は出来るのだ。仕事は。
だから、今回の話もきっとその範囲のことなのだろう。以前の愚痴を鑑みるに、あまり王太子らしくは働かせてもらえないようだから、今回の一般人の道場破りを受け付けることも何かしらの策というやつなのかもしれない。
そう思うと手伝ってやってもいいかと思う。けれど、俺がそれを出来るのかは甚だ謎だ。
仕方がないので俺はシアに聞いてみることにした。
「シア」
声をかけるとシアはよくわからない書類を捲る手を止めてこちらに顔を向ける。
今、俺とシアは談話室でのんびりと過ごしていた。といっても、シアは仕事中だけれど。
シアは時々仕事を持ち帰ってくるようになっていた。そして、書き仕事でない限りはいつものように俺の隣に引っ付いている。
シアは俺が学校を卒業した後は四六時中俺を構い倒していたけれど、いつの間にかこうして仕事をしたり、リュシーの世話を焼いたり、周りに意識を向けることが増えていた。といっても、ベッタリとくっつくことはやめていないので、側から見たら大した変わりはないだろうけれど。
「どうかしましたか?」
「俺は殺さずに一般人と手合わせ出来ると思うか?」
シアは俺の問にキョトンとして首を傾げた。
「リュシーは死んでいないじゃないですか」
「リュシーは子供だろ。あれくらい弱けりゃどうとでもなる」
それくらい弱ければ問題ない。中途半端な強さが問題なのだ。
「何を言っているのですか?そこらの一般人はリュシーより弱いですよ」
シアはシャルルと同じ事を言う。けれど、学校に入学する年齢にも達していない子供がそんなに強いわけがない。
自分がこの頃には冒険者になっていたことは棚に上げてそう思う。
「というか、僕とフェイが鍛えているのにそこらの人間より弱いわけがないでしょう?」
そう言われて、すんなりと納得してしまった。けれど、実際はどうかなんて比べてみないとわからない。
黙って眉を寄せていると、シアはクスリと笑った。
「だったら、リュシーと新兵に模擬試合をやって貰えばいいのではないですか?リュシーは結構いい線いくと思いますよ」
外で木刀を振っているリュシーを思う。
俺ばかりと剣を交えていては、変な癖がつくかもしれない。元々騎士団に入りたがっていたのだ。一度くらいはそうするのもありかもしれない。
「それよりも最近のフェイはシャルやリュシーのことばかりですね。僕のことをもっと考えてください。じゃないと、寂しくて泣いてしまいますからね」
「人のこと言えないだろ。お前だってリュシーを可愛がってるし、シャルルの仕事手伝ってんだろ?」
悪戯っぽく言うシアにそう返した。
初めてこの家に連れてこられた時は、二人だけだったのに、随分と世界が広くなったと思う。それはシアもそうで、二人だけが良かったのにとはいつの間にか言わなくなった。
それが良いことなのかどうか俺にはわからない。けれど、この変化は寂しくはあるが、決して嫌ではないと思う。
「そう、ですね……。でも、僕の一番はいつだってフェイですよ」
苦笑しながらシアは言った。
そんなこと言われなくても知っている。けれど、そう返すのは違うように思えて、俺は口に出す言葉を変えた。
「俺も何か一つ選ぶならシアだ」
シアは目をまんまるにして固まってから、今度は悲しそうに眉を下げた。どうにも信じてもらえていないらしい。
言葉を重ねようとした時に、リュシーの元気な声が聞こえてくる。
「師匠ー!メニュー終わったっす!次は手合わせよろしくお願いしまっす!」
「わかった。行く」
そう返すとリュシーは外で待ってるっすと外に出ていった。
「別にいいのですよ、フェイ。僕はフェイがそばにいるだけで満足ですから。だから、いいのです」
納得のいかない言葉を溢したシアは、俺が引き止める前に執務室に行ってしまった。
シアが可笑しい。けれど、心当たりは全くない。
ショックだった。シアの反応はまるで俺を拒絶しているかのようで。初めの頃は全てあげるから全てよこせと言わんばかりだったのに。
今更いらないも、あげないも、受け付けられるわけがない。
どうしたものか、と思いながら俺はリュシーの元へ向かったのだった。
次の日、騎士団に向かうとシャルルがいた。道場破りの詳細を伝えにきたらしい。
ずっと思っていたのだけれど、騎士団に挑むのは道場破りではないと思う。そんなどうでもいいことを頭に浮かべて俺は詳細を聞き流していた。
それよりも聞きたいことがあった。
「なあ、シアが可笑しいんだけど何か知らないか?」
シアと親しいのなんてシャルルくらいしか思いつかない。だから、何か知っているならシャルルくらいだろう。
「……あ」
少し考えたシャルルは思い当たることがあったのか、ピシッと固まってしまった。
その姿をじっと見ていると、シャルルの目が泳ぎ始めた。
「別に大したことはしてないですよ?ソフィアの一喜一憂というか百面相というかそういう反応が面白くてついフェイス君の話を……」
何も言わずにさらにじっと見つめ続けていると、慌てたようにシャルルは付け足す。
「いや、嘘は言ってませんよ!ただ、ちょーっとだけ盛ったりは、したかもしれないですけど……」
誤魔化そうとヘラリと笑う姿は少しシアに似ていると思った。まあ、誤魔化されてやる気はさらさらないのだけれど。
「へぇ。それでシアが悲しそうだと」
「え、ソフィアが悲しそう!?あの、ソフィアが!?」
どうやら、シアが可笑しくなるとは微塵も思っていなかったらしい。
「なんていうか、俺のことなはずなのに自己完結してんだよ。それ自体は、まあ前もあったけど、あくまで前向きな方向でだ。一応、俺の話を聞く気もあったしな。けど、今は俺の言葉を信じやしねえ」
はあああと大きく溜息を吐く。
シャルルに悪気がなかったことはわかったので、怒るのは違うのだろう。いや、一発くらい全力で殴ってやりたいけれど、流石に王太子を殺すのは少し不味い。後、シャルルの気持ちもわからなくはないのだ。どんな話をしたのかは知らないが、あのシアがそんなことで可笑しくなるとは思わないだろう。
「わかってたんですけど、ソフィアは本当にフェイス君のことが好きなんですね。いいなあ」
「シアはやらねえぞ」
ポツリと溢したシャルルの言葉に、反射的に返していた。そして、驚いた。自分の口からこんな言葉が出るなんて、想像もしなかった。
いつの間にか俺の中にはシアは俺のものだという意識が芽生えていた。俺がシアのものだという意識はシアと暮らし始めるくらいからあったように思うけれど、逆は考えもしなかった。
互いが互いの所有物なら、互いが一番で唯一なのも当たり前だろう。
「いらないですよ!前もこの会話しませんでしたっけ」
やれやれとシャルルは首を振っている。
いや、その反応をしたいのは俺の方だと思う。シャルルの所為でシアが可笑しくなっているのだから。
「それは置いておいて明後日お願いしますよ!」
そんな風に話を切ってからシャルルはいってしまった。
シアのことをどうすればいいのか途方に暮れながら、俺はリュシーと新兵に試合をさせるのだった。
シアのことで思い悩むようになるとは思いもしなかった。そんなことを頭の端で考えながら。




