2.地獄の酒盛り
レーネとジュリアンの式から幾日か経った。レーネの家から帰ってきたリュシーは結婚式に参加出来なかったことを未だに引きずっている。
マナーが怪しいから参加出来なかったのだ。今後こんなことがないようにと、リュシーは勉強に燃えていた。
そんなリュシーを見たシアは溜息を吐いて扱いてやっていた。俺に対してとは違ってスパルタで思わず笑ってしまう。
そして、ヘロヘロになりながら今度は俺に剣術を習いにくる。正直教えるのはシャルルの方が上手いと思うのだけれど、最近は忙しいのかあまり騎士団にも顔を出さなくなっていたので、仕方なく見てやっていた。といっても、最優先は体力をつけることなのだけれど。
そんな風にリュシーが加わった家で、騒がしい毎日を過ごしていた。
◆◆◆
そして、ある日、久々に顔を出したシャルルに俺は拉致されていた。いや、連行というべきだろうか。
気づくと酒の匂いが充満しているよくわからない酒場で酒を手にしていた──目の前のミーシャ先生が。
俺とシャルルは下戸だから水だ。
到着した時にはもうミーシャ先生は飲み始めていた。
「遅いよ!」
ミーシャ先生は酔っているらしく、シャルルを咎める。いや、正気でもこれくらいは言うか。
「あれ?なんでフェイス君がいるの?」
「私が連れてきましたー。あなたの愚痴にもいい加減飽きてきたのでー」
シャルルはやる気なさそうに言って溜息を吐いた。
心底面倒だと思っているように見えた。
「そうだよ!第三会議室は忙しすぎる!その所為で、僕はエリック君とデートにも行けないんだよ」
ミーシャ先生は一気にジョッキの酒を飲み干して、テーブルに杯を置いた。力んでいるのか、ガンっと大きな音を立てている。
いつもの柔和な表情を保てないほど憤っているらしい。
「シャルルさんどうにか出来るでしょう!」
八つ当たりするような言葉を言うミーシャ先生は目が据わっている。チラリとシャルルを見るとニッコリと綺麗に笑っていた。
ミーシャ先生だけでなくシャルルも苛立っているようだ。
二人とも酔っているのだろうか。もしそうなら、ゾッとする。ここは地獄か。
「息子を優先したい馬鹿な父親が私を仕事に参加させたがらないんですよ。私が生まれた時、托卵疑惑ありましたし、どうしても馬鹿息子を後釜に据えたいそうで。私でほぼ決まりだと言うのに」
あけすけなシャルルの言葉に顔が引き攣る。普通の酒場でそんな話していいのだろうか。というか、その発言はシャルルが王子でなければ普通に不敬罪だ。
「なので、残念ながら私が干渉して改善することは出来ないんです。あの部署はあんな風に人材を食い潰すために立ち上げたわけじゃないのに」
シャルルは興奮しているのか、頬を上気させて饒舌に話している。シャルルにもどこにも吐き出せずに内に抱えている何かがあるらしい。
「何か裏技とかないの?」
「あったらどうにかしてますよ!あそこは昇進させる前に上の仕事に慣れてもらうのが目的で出来た部署ですからエリートばかりで!だからあんな馬鹿な量の仕事が捌けてしまうわけなんですけど、正直後十人くらいは人員を投入したいんです!まあ、許可出ませんし?今そんなことしたら教育に費やす時間でえらいことになりますけど?」
シャルルは人差し指でコツコツと机を叩きながら早口で続ける。
「だから、エリック君はすごく貴重な存在なんです!あの部署の人はそれをわかってるからそれはもう大切にしてるはずなんですけどね。本人が他の人と同じように休日も仕事をしたがっているんですよ!ということで、ミーシャ先生がどうにかしてください!」
ビシッとシャルルはミーシャ先生を指差す。
「どうにか出来るならこんなとこで飲んでないよ」
「「はあ」」
二人は同時に溜息を吐く。
この二人、俺の手には負えないのだけれどどうしたらいいのだろうか。いっそのこと気絶させて家に返すか。いや、俺はミーシャ先生の家を知らないからダメだ。
二人にかける言葉も見当たらず、俺も溜息を吐いた。もう諦めることにする。
俺は現実逃避気味にメニューをとった。二人の会話は聞かなかったことにして何かを食べよう。二人と話すなんてやっていられない。
「……いっそのこと殺してしまいましょうかー」
シャルルはいつものように力を抜いて適当にそう言った。
俺はメニューから目を上げてシャルルを凝視する。冗談なはずだけれど、普段の口調なので冗談に聞こえない。
「ふふ。毒なら用意出来るよ?」
ミーシャ先生の面白がるような声がちゃんと冗談であることを示しているようでホッとする。
「毒は仕込むのが難しいんですよー」
シャルルはケラケラと笑い始めた。普通にヤバい奴だし、若干怖い。
やっぱりシャルルも酔っているのだろうか。ここに来てから何も口にしていないけれど、酒を使った料理で酔うくらいだ。酒の匂いがこれだけ充満していたら酔ってしまうのかもしれない。
「そっか。大変だね」
「そうなんですよー。どうやっても無理ですねー。あー、仕事なんてしたくないですけど、馬鹿な父親は早く隠居すればいいのにと思うんですけどねー」
収拾がつかなくなっている気がする。これはどうすればいいのだろう。シアを呼べばどうにかなるだろうか。それとも、連れ帰って医務室に放り込めばいいのか。
迷った結果、俺はエリックとシアを呼ぶことにした。
迎えにきたエリックを見たミーシャ先生は幻覚だと思ったみたいで、見たこともないほど甘えていた。それはもう別人のように。きっと正気に戻った時に後悔すると思う。けれど、そんなミーシャ先生を見てエリックは頬を染めていたから、まあ大丈夫なのだろう。
シャルルはこの状態で城に返すわけにはいかないからと家に連れ帰ってきた。そして、シアに懇々と怒られている。
こんな風に怒っているシアは珍しい。初めて見た。
まあ、王族があんな風に酔っ払っては不味いだろう。案外まともな言葉で叱っているシアに驚きながら、俺は酔い覚ましのために温かい飲み物を淹れに行ったのだった。




