4.どうしようもなくすれ違う
道場破りの日が来た。
当たり前だけれど、誰も相手にならなかった。俺とまともにやり合える人間なんかそう簡単にいはしないのだ。だから、要注意人物なんていなかった。それは良かったのだけれど、とにかく数が多い。
朝から晩までかかってもまだ人が残っているらしい。面白半分で来た人間も多いから、何かしらの制限を設けるべきだと思う。
シャルルにしては詰めが甘いなと思いながら、どうにか捌き切った。
後で聞くと、篩にかけた上でこの人数だったらしいけれど、ならやはり制限について見直すべきだと思う。
次の日、そんな話をすると、シャルルは少し考えてから口を開いた。
「そうですねー。週一回、先着五十名までにしましょうか。後、大会を作ってしまえばそっちに人が集まりますかね。こっちは年に一回で優勝者には陛下からの褒美と有事の際の協力要請があるとしましょう」
自分の考えを纏めるように言葉を口にして、シャルルは大きく頷いた。
「よし。草案を作って第三会議室に投げましょう」
シャルルの発言に頬を引き攣らせる。
ミーシャ先生があれほど嘆いていたというのに、エリックがいる部署の仕事を増やすなんて、使い潰す気満々なのはシャルルも同じなのではないだろうか。
「そんな顔しないでくださいよー。大丈夫です!その代わりにソフィアに仕事振ってますから、以前よりは楽なはずですよ」
だから、最近シアが家に仕事を持って帰ってきているのか。らしくないと思っていたのだ。
苛立ったようにリュシーに山のような課題を出したり、執務室から唸り声が聞こえてきたり。
ここ最近の戦犯はシャルルのようだ。これ以上シアを困らせないでほしいのだけれど。
「ちゃんとソフィアが処理しきれる量しか頼んでませんよ?大体ソフィアだって私に面倒事を投げてきたりするからおあいこなんです。だから、その凶悪な顔でこっち見るのやめませんか?」
ちょっとずつ距離をとろうとしているシャルルに溜息を吐く。王太子がこれでいいのか。
「別に睨んでねえし、これが地顔だ」
「んー、確かにそうですね。……まあ、とにかくソフィアに無茶言うのもあとちょっとになると思うので、それまでは目を瞑ってください」
もう一度溜息を吐く。シャルルと話しているとどうにも力が抜けることが多い。わざとなのだろうけれど、どうにも真剣味に欠ける気がした。
こういう食えないところがシアの身内だということをよく示していると思う。見た目はほとんど似ていないのに、王家の血を引く人間は賢すぎて頭が可笑しい人間しかいないのだろうか。そこまで思って、違うと思い直す。馬鹿王子は普通に考えなしの馬鹿だった。
では、個人差があるということか、シアの可笑しさにシャルルが感化されたということか、どちらもか。
どれにしろ、周りを不幸にしないのであれば構わないと思った。仮に今シアが大変でも、俺が変なことに使われても、それが温かな日常に繋がっているのであればそれで。
「シャルル、信じるからな」
この一言でどれほど伝わるかはわからない。けれど、シャルルは頭が可笑しいからきっとわかってくれるだろうと思った。
シャルルは俺をじっとみてから吹き出した。脅迫のつもりだったので釈然としなかったけれど、その後にわかっていますと柔らかに頷いたものだから、きっと全て伝わっているはずだ。
そのままシャルルは戻っていった。書類を作ってから第三会議室に行くのだろう。その前に医務室を覗いて冷やかしたりもするかもしれない。
周りに迷惑をかけているようでいて、これがシャルルのフォローの仕方なのかもしれない。そこまで考えて、そんな不器用な友達の助けになるのはやぶさかじゃないと思うのだった。
そんなことをのんびりと思っていたら、さっそく大会の予定が決まっていた。早すぎて少し呆れてしまう。
「フェイス君もちゃんと一回戦からやってもらいますからねー。頑張って接戦を狙ってください。一般人はともかく騎士団からも何人か出るので、そんなに難しくないと思うのでー」
「はあ?」
手助けしてもいいとは思っていたけれど、この前から無茶振りしすぎなのではないだろうか。手加減とかそういう他人に阿るようなことは俺が一番苦手とするところだとわからないわけがないのに。嫌がらせなのか。
「だって、あまりにも強すぎたら出来レースだと思われるじゃないですか。まあ、実際そうなんですけど」
呆れて物も言えないとかはこのことか、と溜息を吐く。
シャルルは俺のことをどう思っているのだろうか。シアと出会ったばかりの俺なら問答無用で殴っていた。
「今年はデモンストレーションのつもりなので。ウケが良かったら来年もやりますからー。あ、その時はフェイス君は出なくていいですよ。一位の人が希望すればフェイス君と戦えるという方式にしますから」
「……お前、俺のことなんだと思ってんだよ」
苛立ちながら言葉を投げると、シャルルは不思議そうな顔をした。
「ソフィアといるんですから、フェイス君は身内でしょう?」
何を当たり前なことを、と言いたげなシャルルに今度こそ本当に閉口してしまう。
家族というものに縁がない俺はその言葉にどう反応していいかわからない。
シャルルは返事をしない俺が納得したと思ったのか満足気に頷いて、軽い足取りで歩いていく。俺はそれを見送ってから呟いた。
「……身内だからってなんでも頼んでいいわけじゃないだろ」
けれど、出来る限りは頑張ろうかと思わされるところがシャルルの魅力なのかもしれない。
シアがシャルルを可愛がった理由が少しわかる気がした。
結局、手加減なんて上手く出来そうになかった俺は、シアに頼ることにした。
「化け物が一般人とこうなんかいい感じに戦う方法ってないか?大会に参加することになったんだけど、シャルルが接戦にしろって言うんだ」
「大会……」
シアはまるで初めてその言葉を聞いたかのようにたどたどしく鸚鵡返しをした。その姿はどこか壊れてしまいそうに見えた。
「大丈夫か?」
「え……ああ、大丈夫ですよ」
全く大丈夫に見えない。
俺の目を見ようとしないシアに手を伸ばす。もしかしたら、熱でもあるのかもしれない。けれど、触れたシアの頬はひんやりとしていて、特に熱はなさそうだった。一応額にも手をやるけれど、やはり熱はない。
「あの、フェイ」
ペタペタとシアの顔を触っていると、シアが困ったように眉を下げている。
「なんだ?」
手を離さずに尋ねると、シアは何度か口を開け閉めしてから、何かを飲み込んで言葉を吐いた。
「……僕も触っていいですか?」
許可をとる意味がわからなかった。
今までは俺の反応なんてお構いなしに触っていたのだから今更だと思う。
「聞く必要あんのか?」
「……フェイは変わりましたね」
俺の頬にそっと触れたシアはポツリとそう言った。
シアの手は凍えているかのように冷えていた。
「シアもだろ?」
「僕は変わっていませんよ。自分本位なままです」
「それの何が悪いんだ?」
俺の問に、シアは目を伏せる。それから、俺の目の上に手をやった。大人しくしていると、シアはどこか驚いたように息を飲んでから、ゆっくりと近づいてくる。
唇に柔らかいものが触れた。
優しく喰まれて背筋にゾクっと何かが走る。慣れないその感覚にピクリと体が跳ねてしまった。
だからだろうか、シアはそっと離れていき、手を離した。
「悪いでしょう?」
「何が?」
お互いにポカンとして見つめ合う。
世界征服をするなんて言い出したなら悪いとは思うけれど、俺と触れ合うことの何がそんなに悪いのだろう。俺にはさっぱりわからなかった。
「フェイの貞操観念は大丈夫ですか?もしかして、僕と出会う前爛れた生活してました?」
目を白黒させながらそう問うシアは赤くなったり青くなったり忙しい。シャルルが面白いと言っていたのはこれのことなのだろう。
「んなわけねえだろ。シアと出会った時、まだ十四だったんだぞ」
「じゃあ、なんで……」
シアは迷子のように縋る目で俺を見ている。
わからないものが怖いというのはシアも変わらないらしい。
「それは何に対してだ?」
「だって、フェイは僕に流されているだけなのに、受け入れて……そんなの可笑しいではないですか」
「はあ?」
確かに初めは流されていたのかもしれない。けれど、今はもう流されているわけではない。
沢山の人と関わって、選べるものが沢山あることをもう知っている。シアだってそれをわかっていると思っていたのだけれど。
「若い子を誑かした自覚はあるのです。僕の都合でフェイを望まない環境に放り込んだのもわかっています」
シアの言葉にもう溜息しかでない。
なんでこんなにシアはウジウジしているんだろう。シャルルの所為なのか。なんてことしてくれたんだ。
「シア、ふざけんのも大概にしろよ。俺は俺の意志でここにいんだよ!大体、自分本位なのが変わらないってんなら、そのままでいいだろ。気になるってんなら俺も自分本位になってやるよ。それでいいだろ」
ああ、イライラする。思わず舌打ちが漏れた。
この腹の底から湧き上がる苛立ちは久々だ。最近はそこまで苛立つこともなかった。
シアを見る。シアは泣いていた。今度はメソメソしている。鬱陶しい。
俺はそのまま頭突きをした。ガツンと鈍い音がする。予想していなかったのかシアは痛そうに額を押さえていた。ざまあない。
「もう一回言っとくけど、俺は俺の意志でここにいる。わかったな」
念を押すように言ってから、どうやって接戦にするかという話に戻っていった。
シアは少しの間固まっていたけれど、よくわからないままに解決策を出してくれた。
「筋力を半分にするアンクレットでも作りましょうか?」
俺はその感覚に慣れるために、新兵に混じってトレーニングを始めた。
これでいい塩梅に出来るだろう。俺はホッと胸を撫で下ろしたのだった。




