5.恋心ではありません
日々は恙無く流れていく。
環境改善という意味では一進一退という感じではあるけれど、初めに比べたら雲泥の差だ。
そして、限界も感じている。これ以上は人数が増えないと無理ではないだろうか。
室長に人数を増やすことは出来ないのかと聞いたら、無言で肩に手を置かれた。無理だということらしい。
だから、環境改善という意味では、お昼休憩を全員がちゃんと取り始めただけで、良しとするべきなのかもしれない。
そんな中、僕がミーシャ先生と一緒に昼食を取ることも続いていた。週に二、三度だけれどミーシャ先生のデザート付きで、話をしながら楽しく食事をしている。
きっと友達のように思ってもらえているのだろう。多分僕もそう思っている。
だから、フェイス君に久々に会って恋煩いだなんて言われた気がするけど、きっと僕の記憶違いだろう。僕はフェイス君とは会っていない。うん、会っていないのだ。
そんな馬鹿みたいなことを言い聞かせながら今日も医務室に向かうと、中から声が聞こえてくる。
医務室が騒がしいことなんてまずないから、僕はそっと扉を開いた。
「なんのようかな?」
「毒の検査してください!そして一緒に食べましょう!」
「嫌だよ」
「なんでですか?友達相手に酷くないですかー」
「僕はシャルルさんと友達になったつもりはないよ」
「天使と名高いミーシャ先生がそんなこと言っていいんですかー?」
「僕は天使なんて名乗った覚えはないし、そんな称号も欲しくないよ」
二人はとても親しいように見えた。
友達ではないというけれどミーシャ先生はとても自然体で、雑に扱う姿は気心の知れた相手であることを表しているように思う。
「えー。なんでもいいですけど、毒の検査してくださいよー。私食べられないので」
「はあ……。仕事を増やして悪いと思わないの?」
「思わないと言ったら嘘になりますけど、忙しいのは私の所為じゃないので。文句を言うなら私ではなく馬鹿に言ってください」
「僕に死ねと?」
「まさかー。大切な友達を殺させたりはしないですよー。行くなら一緒に行きますよ」
「じゃあ、シャルルさん一人で行ってきてくれるかな」
「私の嘆願を聞いてもらえるなら、今頃最適化されてると思いません?」
「……」
「ところで、お客さん来てますけど」
気づかれていたことに驚いて肩が跳ねる。
音はたてなかったつもりだけれど、聞こえていたのだろうか。
「エリック君!気づかなくてごめんね!すぐ片付けるから」
「あ、いえ!お客様来てるみたいですし、今日はやめておきます」
なんだか二人が話している姿を見たくなくて、早くこの場から離れたかった。
「一緒に食べないんですかー?これ有名店のサンドなんですよ!」
僕がこの場に残るのがさも当たり前のように言われて困惑してしまう。かなりマイペースな人らしい。
周りにいないタイプでどう反応するべきかわからない。
「エリック君に絡まないで!この人怖い人だから無視していいからね」
「私にそんなこと言えるのあなたくらいですよー」
必死なミーシャ先生に少し悲しくなる。そんなに僕とこの人を関わらせたくないのだろうか。怖い人というけれど、全く怖い人には見えない。
フェイス君の所為で麻痺していると言われたらそれまでなのだけれど。
「本当に、あの今日は。まだ、仕事も残っていて……」
「この人追い出すから一緒に食べよう?」
チラリとお客様を見る。小首を傾げて微笑まれた。
僕は慌てて目を伏せた。
「いえ、今日は失礼します!」
一礼して、僕は逃げるように医務室を去った。
あの場にいるのが、どうしようもなく怖くて、第三会議室に食事も取らずに戻ってきた。
中にはみんなが静かに食事をしていた。葬式のようだった。
「お、どした?ミーシャ先生と喧嘩でもした?」
ルエラ先輩は食事を片手に資料をめくっていた。昼休憩をしっかり取っていると思ったのは気のせいなのかもしれない。
「そんなんじゃないですよ。お客様が来ていたので……」
苦笑しながら伝えると、ルエラ先輩は大きく頷いた。
「なるほど!恋敵出現なわけだね」
これは面白くなってきた、と目を輝かせているルエラ先輩はどうやら僕の行動を妄想して娯楽としていたらしい。
「恋じゃないですよ!」
「え、まだそこなの?」
素で驚かれてこっちが驚く。
「えー、絶対付き合ってると思ったのに!室長の一人勝ちだよ!」
「ふふ、どれくらいいいお酒を買ってくれるのかな」
「七人で割るから、一人五千くらいかな」
「えーっと……?」
「あー!エリックの所為で負けたんだけど!」
どうやら僕の恋路で賭けていたらしい。僕の恋心で遊ばないでほしい。いや、恋心ではなかった、と頭を振る。
「あの……、もしかして僕が医務室に行くのミーシャ先生に会いにいってると思ってます……?」
もしそう思われていたのならショックだ。仕事をサボって恋にうつつを抜かしていたと、そんな奴だと思われていたなら、僕は──。
「いや、流石にそれは思ってないよ。エリック真面目だからね。まとめられた書類見た時びっくりしたもん綺麗すぎて引いた」
「えっ」
ルエラ先輩はにこにこ笑っている。こんなヤバい人に引いたといわれるなんてショックだ。
「確かに君が作った資料のおかげで効率がよくなったから助かってるよ。共有するために資料をまとめる時間すらなかったからね」
室長がコーヒー片手に僕を褒める。嬉しいと共に評価してもらえるほどの働きはまだ出来ていないのに、と凹む。きっと僕に対しての褒めるハードルが低いのだ。まだまだ精進せねば。
「そんな真面目な君だから、奥手だろうなと思ったんだよ。お嫁さんもそうだったんだ」
「へぇー」
ルエラ先輩は適当に返事をしている。上司に対してそんな反応でいいのだろうか。
「お嫁さんの話聞いてくれるよね?出会ったのは」
「その話はまた今度聞きますねー」
今にも語り出しそうな室長をルエラ先輩はバッサリと切り捨てる。お嫁さんとの話、少し気になったのだけれど。
「だめだよ。室長のお嫁さん話は一生終わらないから。奥さんのこと大好きだからね」
「なのに帰らないんですか?」
「奥さん広報に勤めてるんだけど、あそこも激務だから家に帰っても会えないんだよ。だから、奥さんいる日にしか帰らないの。一人は寂しくて嫌なんだって」
室長が昇進を蹴ったのは第三会議室のためではなかったらしい。納得すると同時に、やっぱり可笑しな人なのだとわかった。
僕もいずれはこんな風に可笑しくなっていくのだろうか。
「ルエラ先輩はそういうのないんですか?」
「私?私はこれ!」
ルエラ先輩は一枚の絵を見せてくれた。
「セレネ様……?」
「そうだよ!平民のエリックでも知ってるなんて、流石セレネ様!」
ルエラ先輩はキラキラと目を輝かせながら、胸の前で手を握った。奇しくもそれは奥さんについて語ろうとしていた室長と同じだった。
「ああ、美しいセレネ様!まるで、赤い薔薇のように艶やかで、白百合のように淑やかで、柳のように嫋やかで……つまり!全てを兼ね備えてるの!」
熱に浮かされたように頬を染めているルエラ先輩はまるで恋でもしてるみたいだった。
「セレネ様に会えるかもしれないと思ってここで働いてるのに、王子妃にならないなんて……あの馬鹿王子め!けど、あんな血統だけの男と結婚しなくて良かったとも言えるし……。いや、けど、第一王子と結婚してくれればセレネ様が王太子妃になってこの国も安泰……。でもでも、馬鹿王子との婚約は王様が無理矢理ねじ込んだって話もあったしなあ」
ぶつぶつと話し始めたルエラ先輩は僕の存在をすっかり忘れているようだった。
「あの……辞めませんよね?」
「ん?ああ、辞めないよ。こんな一人抜けたら死人が出そうな職場。それに、ここの仕事結構好きだし!あ!でも、セレネ様がでそうな夜会の日は休むから!今は結婚前で参加してらっしゃらないけど、今後は増えるはずだから!それまでに私の仕事を肩代わり出来るようになってね?」
頑張りますと苦笑しながら頷くと、ルエラ先輩は満足そうに僕の肩を叩いた。
「とにかく!四六時中一緒だから、二十四時間働ける!心配しないで!」
ツッコミどころしかなくて、僕は思考を放棄した。
こんな濃い人間の中で生活していると、ミーシャ先生のことを考える時間もなかなかとれなくて、心が落ち着いてから悩むことが出来て、いい環境だと思う。 そんな風に明後日の方向に思考を飛ばして、僕は仕事に取り掛かるのだった。




