2.贈りたいと思うのは普通です
日々の積み重ねというものは何においても重要らしい。
毎日いろんな部署に顔を出し、毎日先輩方の食事を持って行くようになって、僕の扱いや部署の空気が変わってきた。
初めの頃は、他部署の人間からは調子乗っている平民だというレッテルを貼られていたけれど、走り回っているうちに同情され憐れまれるようになっていた。
それがいいのかどうかはわからないけれど、少なくとも見下されるよりは余程やりやすい。
ネチネチ嫌味を言われていたのがなくなって話もスムーズに通るようになってきていた。提出はまだマシだけれど、何かを受け取らなければいけない時は非常に時間がかかって大変だったのでありがたい。
そして、食事をとるようになったからか、部署内の空気にゆとりが出来た。たまに帰宅する人が出始めて、感無量だった。
そうして、僕は少しだけ仕事を教えてもらえるようになった。といっても書類の仕分けだったり、誤字脱字チェックだったり、小さなものではあるけれど、僕には大きな一歩だった。
こんな風にいい方向に現状を変えることが出来たのは全てミーシャ先生のおかげだ。
僕は、ミーシャ先生にお礼の品を贈りたくて、ジュリアンに連絡をとった。貴族の人に渡すのにどんな物であれば失礼に当たらないかがわからなかったのだ。
ちなみに、僕の休みは決められていて、配属された時に、必ず休むように厳命されている。先輩方もそうだと思うのだけれど、ワーカーホリック過ぎるのか守っている人は見たことがなかった。
◆◆◆
ジュリアンと街に来た。てっきり貴族御用達という冠がつきそうなキラキラした店が建ち並ぶところに案内されると思っていたけれど、そこは落ち着いた雰囲気の店ばかりの通りだった。
「貴族の人ってもっと高級なお店ばかり行くんだと思ってた」
「まあ、そういう人もいるだろうけど、僕の家は兄様が目に見えて高級なものよりも実用的なものの方が好きなんだ。高級なところがよかったら今からでもそっちに行くか?」
「まさか!ありがとう。ジュリアン」
目に見えて高級なお店というのは平民には敷居が高過ぎる。それに落ち着いているとは言ったって、平民の目から見れば十分この辺りの店も高級だった。
「それでどんな物を買うんだ?」
「それが迷ってて……出来れば邪魔にならない物を贈れたらと思うんだけど」
ジュリアンは、とりあえず見て回るかと歩き出した。僕はその背を追った。
今日のジュリアンは肩の力が抜けているように思う。学生の頃は気を張っていたんだと今の姿を見て気がついた。きっとセレネ様と上手くいっているのだろう。
あまり深く聞いたことはないけれど、家は居心地が悪かったみたいだから、ジュリアンを連れ出してくれたセレネ様には感謝してもし足りない。
大切な友達をこんなにも大切にしてくれる人がいることが嬉しい。
「お前はなんで後ろを歩くんだ!」
「つい。ふふ、ごめん」
癖で後ろを歩きがちな僕を叱るように隣に呼ぶこの親愛なる友達がずっと幸せだったらいいなあ、なんて思いながら僕はジュリアンの隣に並んだ。
「はあ……全くお前は。で、誰に贈り物なんてするんだ。いきなり貴族に贈り物をしたいなんて言われてびっくりしたんだぞ」
思わず声を上げてレーネ様に笑われて散々だったとジュリアンはぼやいている。ようやく愛称で呼べるようになったのかという感動と、それでも様つけなままだという不器用さを微笑ましく思いながら、現実逃避をする。
寝不足でハイになった頭で手紙をしたためたので、詳細を書いていないことをすっかり忘れていた。
色々な意味で恥ずかしくて穴があったら入りたいと思った。
「聞いてるのか!」
「あ、ごめん。聞いてない」
「お前……そういうとこだけフェイスに似るのはどうかと思うぞ?昔はあんなにビビって震えてた癖に、今じゃこうだもんな。お前は図太いぐらいがちょうどいいとは思うけど、お手本がフェイスじゃ絶対に不味いからな」
怖いくらいに真剣に言われて苦笑する。
それは、僕も思うし、お手本にしているわけでもない。ただ、ちょっと脳内が落ち着かなくてフワフワしているだけで。職場ではヘマをしていないはずなので許してほしい。
ヘラヘラしている僕に、小さく息を吐いたジュリアンは、で?と続きを促した。
「医務室の先生にお世話になったからお礼したくて」
「まさか倒れたとか言わないだろうな?お前はフェイスと違って体調管理くらい出来るよな?」
圧がすごい。
医師だというお兄様の影響か、ジュリアンは病気や怪我について敏感だ。
ジュリアンの目が座りかけている。
「あははー。とにかく、色々お世話になったんだ。ミーシャ先生がいるから僕はちゃんと働けてるくらいだよ!」
熱弁すると、ジュリアンは僕の勢いに押されて、不満そうだったけれど、納得してくれた。
「……まあ、いい人間に恵まれたのならよかった。ヤバイ部署もあると聞くし」
そう言われて、それきっと僕の部署だろうなと遠い目になりながら、大きく頷いておいた。
お互い近況報告をしながら歩いていると、周囲とは少し毛色の違うこじんまりとした店が目に入った。
「このお店……」
「ああ、この店は実用的な上に一点物もあるから人気らしいぞ。僕は来たことないからわからないけど、兄様の行きつけなんだ。入ってみるか?」
「うん」
一点物がある店なんて絶対高いのに、僕は知らぬ間に頷いていた。何故かどうしようもなくこの店に惹かれて、僕は迷うことなく店内に足を踏み入れたのだった。
中は雑然としていた。
散らかっているわけではないけれど、統一性がない所為で無秩序に見えた。実際はちゃんと種類別で置かれているのだけれど、系統の違う物がありすぎてそういう印象を抱いてしまう。
「すごい店だね」
「……ああ、そうだな」
ジュリアンは圧倒されているようだった。かくいう僕もそうだ。想像外の店内に足が止まっていた。
呆然と周りを見渡していると、店の奥から声がした。
「取って喰いはしないのでゆっくり見て行ってくださいね」
いらっしゃいませ〜とホッとさせるような声音で言われてようやく動くことが出来るようになった。それはジュリアンも同じようで、ゆっくりと歩き出す。
どうやらこの店は、雑貨や文具を扱っているようだった。
慣れなくてキョロキョロとしながら見ていると、目が吸い寄せられる物があった。じっとそれを見ていると、隣に誰かがいる気配がした。
「それが気になりますか?」
てっきりジュリアンだと思っていたのだけれど、聞こえたのは入口で聞いた声で思わず肩が跳ねる。
驚いて言葉を返せないでいると、その人は気にした様子もなく、言葉を続ける。
「だとしたら、それはあなたの元に行くべき品なのでしょう」
どうぞと差し出されて、僕はそっと受け取った。
それは、深い緑のボールペンだった。その色はミーシャ先生の髪に似ていた。
「とても綺麗でしょう。漆塗りの珍しい物なんですよ」
確かにそれはとても綺麗だった。落ち着いているのに艶があって、手触りもいい。なめらかな表面は手によく馴染んだ。
「これ、ください」
どうしてもこれがよくて、値段を聞く前に即決していた。貴族向けの店だから買えない値段の可能性もあったのに、そんなこと頭から消えていた。
「ふふ、わかりました。プレゼントですか?」
「はい。お世話になった方に贈るんです」
「それはそれは。相手の方も喜ぶでしょう。ラッピングしますから少し待ってくださいね」
その人は店の奥に歩いて行ってしまった。それをぼんやりと見送っていると、心配そうなジュリアンの声がした。
「本当によかったのか?」
顔を向けると珍しく困った顔をしていた。それを見て、あの緑はジュリアンの髪にも似ているかもしれないなんて的外れなことを思った。
「兄様がここは不思議な店だと言っていたけど、そんな即決していいのか?」
「わからないけど、あれがいいと思ったんだ。ミーシャ先生にはあれが似合うって」
そう、あれはミーシャ先生のために作られた物のように僕は感じたのだ。だから、きっと他のものを見ても僕はあれを選ぶだろう。
「……エリックがいいならいいが女性に渡すには少し地味じゃないか?」
そんな風に言われて首を傾げる。ミーシャ先生は女性ではなく男性なのだけれど、確かにミーシャという名前は女性名としても使われる。訂正しようとしたら、店の人から声がかかった。
僕は会話を切り上げてお会計を済ませた。お礼の品としては少しばかり値段が張るかもしれないけれど、僕はとても満足していた。
苦笑気味のジュリアンを他所に、僕は浮かれた気分で店を後にしたのだった。
その後、僕はジュリアンに招かれるまま、セレネ様のお屋敷にお邪魔していた。遠慮しようと思ったのだけれど、セレネ様が是非にと言ってくれていたらしく、お言葉に甘えることにしたのだった。
「お久しぶりですわね、エリック様。少し痩せましたか?」
「お久しぶりです、セレネ様。少し忙しいもので」
昔のようにテーブルを囲んで紅茶を飲む。
苦笑して答えると、セレネ様は困ったように眉を下げた。
「健康を害するくらい忙しいなんてどういうことですか。もしかして、いじめられているのですか?どの部署です?お兄様に言いつけてやりますわ」
「そんな!いじめられてなんていないですよ!本当に忙しいだけです。第三会議室というところに配属されて」
そう伝えると、セレネ様は頬を引き攣らせた。ジュリアンも難しい顔をしている。
「あんなところに配属されたのですか!?あそこは有能な人間を馬車馬のように働かせるための頭の可笑しい部署ですわよ!?」
「そんなに酷いんですか!」
ジュリアンは目を見開いてセレネ様に尋ねている。
僕は二人からそっと視線を逸らした。そんなに酷いところだということは僕も知らなかった。仕事量は絶対に可笑しいとは思っていたけれど。
「登用試験を満点合格するくらいあなたが優秀なのは知っていましたけれど、それはあまりにも酷いですわ」
「……確かに忙しい部署ですけど、最近少しマシになってきましたから。帰宅する人もチラホラいますし」
「……そのレベルなのか」
ジュリアンがドン引きして僕を見ている。酷い。僕は頑張っているほうなのに。
「まあ、新人の僕は休みを貰ってるし……大丈夫だよ!」
笑って言うと、ジュリアンは大きい溜息を吐いてセレネ様に首を振っている。セレネ様は肩をすくめてから、僕を見た。
「あなたは頑張る人ですけれど、限度がありますからね。無理だと思ったら早めに相談してください。どうにかするくらいの権力は持ち合わせていますから」
セレネ様もジュリアンも優しい人だ。
僕はありがとうございますと頭を下げてから、互いの近況報告も兼ねた雑談に移ったのだった。
「それで、今日はプレゼントを買いに行っていたとか。いいものは選べましたか?ジュリが朝から張り切っていましたから、はしゃぎすぎて迷惑をかけませんでしたか?」
「レーネ様!?」
相変わらずジュリアンはセレネ様の尻に敷かれているらしい。仲が良くて何よりだと思う。
「ジュリアンのお陰でいいものが買えました」
「それはよかったですわ。エリック様にも春が来ましたのね。喜ばしい話ですね」
「違いますよ!?」
思わず叫んでいた。ただのお礼の為のプレゼントで、他意なんて無い。
「違うのか?てっきり介抱されて好きになったのかと……」
キョトンとした顔で問われて、脱力する。そんな風に見えるような振る舞いをしたつもりはなかった。
「違うよ!全然違う!」
「会ってからずっと口元が緩んでるのに?」
思わず両手で口を押さえる。
そんな僕をジュリアンがニヤニヤと笑っている。恥ずかしくてたまらない。確かにミーシャ先生への贈り物を探すのは楽しかったし、喜んでくれるところを想像して胸を弾ませてはいたけれど、表に出ている自覚はなかった。
「ジュリ、あまりいじめてはいけませんよ?こういうのは温かい目で見守るものですから。エリック様、いい知らせを待っていますわね?」
セレネ様はそう言って扇子で口元を隠した。きっとジュリアンのようにニヤニヤと笑っているのだろう。
そこそこ付き合いがあるから、隠したってわかってしまう。いっそのこと全力で笑ってくれる方が心を鎮められたのに。
僕は羞恥でガックリと撃沈したのだった。




