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可笑しな男と絆された俺  作者: 雨夜律
番外編 医務室には癒しがあります!(ミシェル×エリック)
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30/42

1.ブラックでも元気に働きます











 僕、エリックはついこの間学校を卒業し、念願の文官として王城で働きはじめていた。

 純粋な平民としては初の快挙らしい。ジュリアンに感謝だ。彼がいなければ、僕はここで働くことを諦めていただろう。

 ただ、貴族の人からすれば、平民が肩を並べるのは許せないようで、一番忙しい部署に配属され、小間使のように走り回らされていた。あっちにこの書類を、こっちから備品を、と。



 初めは、平気だった。王城に全く馴染みのない僕は場所を覚えるだけでも大変で、実地で覚えることが出来るお使いはありがたかった。

 けれど、段々と疲弊してくる。精神より体力の方が先に底をつきそうだった。



 僕はもとから体力がある人間ではない。そして、王城は広い。端の部署まで行って戻ってくるのに平気で30分はかかる。



 後、何より誰も帰らないのだ。



 朝から晩まで先輩たちが休憩も取らずに働いている。そんな中僕が休めるはずもなく、朝から晩まで同じように小間使に勤しむ。

 覚悟していたし、ただこき使われるわけではなく、全員が忙しい中で僕も走り回っているから精神的にキツくはなかった。

 ただ、肉体が消耗すればするほど、心が弱くなっていく。時間がなくて睡眠も食事もあまりまともに取れないからさらにそれは加速していった。

 そして、そんな状態の人間しかいない部署だから、そんなものだと疑問を抱くこともなく、ガリガリと何かが削れていく。



 そんな時だった。ミーシャ先生に出会ったのは。



 あれは、医務室へのお使いを頼まれた時だと思う。あの頃の僕は意識が朦朧としていたからあまり覚えていないけれど、医務室に着くなり倒れたらしい。

 目が覚めた僕に、温かなココアを手渡したミーシャ先生が苦笑しながら教えてくれた。



「どこの部署の子?」


「……第三会議室配置だと言われています」


「あそこに部署なんかあったかな?」


ミーシャ先生は不思議そうに首を傾げている。

 その顔をぼんやりと見つめた。

 人好きしそうな人だと思った。この人にとって医者という職業は天職なんじゃないかな、と思ってハッとする。仕事しないと。


「ぼ、ぼく戻らなきゃ!」


慌てて起き上がろうとして、目の前が暗くなって動けなくなった。


「そんなに急に動いたら危ないよ」


ミーシャ先生は僕をもう一度座らせて、今度は皿を渡してきた。


「これ食べ終わるまでここで安静にすること。お医者さん命令だよ」


悪戯っぽく笑われて、なんだか力が抜けてしまった。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


ミーシャ先生は僕の頭をポンと撫でてからデスクに向かいはじめた。

 早く食べて早く戻らないとミーシャ先生にも迷惑をかけてしまう。僕は病人ではないのだから医務室に居座るわけにはいかない。


「あー、第三会議室って政務局直轄のところだね!新設されてから万年人手が足りないところ」


ミーシャ先生は急に声を上げた。

 思わずビクついてしまう。


「君、見たとこ新人だよね?あんなところに一年目から配属されるなんてついてないね」


柔和なミーシャ先生がそういうほどヤバい職場なのだろうか。いや、ヤバい職場だな。


「頑張りすぎちゃダメだよ?あそこに選ばれるのは優秀な人だけだけど、それは24時間働けるのとはイコールじゃないからね?」


僕は嫌がらせであそこにいるだけで、別に優秀だから選ばれたわけではないのだけれど、それはもっともだと思った。人間はフルタイムでは働けない。

 ということは先輩方は人間ではなくゾンビなのかもしれない。いつ見てもあそこにいる。そこまで考えてからゾッとした。休ませなければいけない。

 僕は下っ端だから、きっと一番自由がきく。まずは、食事と睡眠をとってもらうところから始めないと。

 思えば、僕は平民だから冷たくされているのだと思っていたけれど、他人に時間を割く余力がなかっただけなのかもしれない。

 まずは、話しかけられる環境を作ろう。怖いと思っていても、話せばいい人だということもある。フェイス君のように。



 医務室を出る時、ミーシャ先生からお土産にチョコレートの袋をもらった。頑張りすぎちゃダメだよと笑うミーシャ先生の笑顔に胸が熱くなる。その笑顔だけでなんだか頑張れそうな気がしていると、また遊びにおいでと言われた。きっと来ないだろうけど、ありがとうございますと答えておいた。



 第三会議室に戻って、まず、もらったチョコレートを一つずつ先輩方のところに配った。チョコレートが置かれていることに気づいてもらえているかは謎だけれど、とりあえず今日は渡せただけでよしとすることにした。






◆◆◆






 次の日から、僕は勝手に全員分のコーヒーを勝手に入れることにした。

 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを全員の机に置く。手っ取り早い栄養補給にならないかと思ったのだ。

 文句は出なかった。ただ、甘いのが好みではないのか恨めしげな視線がチラホラ飛んでくるのと、コーヒーの催促が来るようになった。

 結果的に自分の仕事を増やしただけだった。失敗。



 僕は、医務室への書類を届けがてら、ミーシャ先生に尋ねてみることにした。


「そうだね、エネルギー補給としてなら、甘いコーヒーは悪くない選択だと思うよ。けど、栄養補給と思うとあまり良くはないかな。タンパク質がほしいところだね」


なるほど、タンパク質。パッと思いつくのは卵だけれど、片手で食べるのには向かない。みんな食べながら作業をすると思うので簡単に食べられるものがいい。

 むむむ、と考えていると、いつの間にかコーヒーを淹れてくれていたミーシャ先生が提案してくれる。


「すぐそこの食堂に行ったことはある?この辺りは文官が多いから、仕事の合間に食べられるテイクアウト商品も充実してるよ」


「知りませんでした!後で行ってみます」


食券を取りに戻ってから行ってみよう。

 会議室の端の机に乱雑に放り投げられている紙の山を思い出す。全員分あるはずなのに、使っているところを見たことがない食券がたくさん放置してあった。

 見るからに枚数と人数が一致しないのだけれど、一体何ヶ月触っていないのだろう。薄寒いものを感じながら、僕は会議室に戻ったのだった。






 戻ると全員僕が出た時と変わらない様子で机に向き合っている。何かを書きつける音や、紙をめくる音は聞こえるけれど、本当に生きているのだろうか。

 不安を覚えながら、適当に食券を引っ掴んで僕は会議室を出た。

 食堂に向かいながら、食券を入れておける箱を用意した方がいいかもしれないと思った。想像以上の量が置いてあったので、今後僕が買いに行くのであれば、整理したい。

 しっかし、先輩方は何を食べて生きているのだろうか。いや、ゴミ箱に入っている栄養ドリンクだと思うけれど。固形物は食べているのだろうか。そもそもいつ帰っているのか僕は知らなかった。



 食堂で一番片手で食べやすそうなものを選んで注文する。訝しげな目で見られたけれど、第三会議室の全員分だと伝えると、偉いねとおまけをもらった。幼い子に対する対応に思えたのだけれど、僕はそんなに幼く見えるだろうか。

 若干凹みながら、会議室まで帰ってきた。そのままチョコレートの時のように軽食を配る。ついでにコーヒーも置いておいた。軽食である程度の糖質は取れるだろうから、砂糖もミルクも入れていないブラックを。

 それから、僕は書類の整理を始めた。全員が忙しすぎて、仕事を教える時間がないから、僕は使いっ走りばかりさせられているのだ。仕事を教えてもらいたかったら、先輩方の手が開くようにサポートしなければいけない。

 他部署へ届けなければいけないものは、急ぎではなければまとめて行くことにして、散らかっているこの会議室を整理する。探す時間を省けたらかなり効率が良くなるだろう。

 しかし、この部屋には収納が少ない。ミーシャ先生が新設された部署だと言っていたし、第三会議室というだけあって元は単なる会議室だ。整理するのにも限度があるな、と思いながら最低限以前よりはわかりやすくなるように頑張った。そうして、他部署への届け物を持って走り回って──。





 そんな日々から早く脱却出来るように僕は先輩方の生活改善と第三会議室の環境向上に努めるのだった。


 ああ、人間らしい生活がしたい。











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