5.医務室にはヤバい奴がいる
あの日からリュシーは午前中、シャルルが組んだメニューをこなし、午後は魔術の勉強か、マナーの勉強をしていた。本人は生き生きと楽しそうだ。
まだ、シアの家の子になってはいなくて、孤児院に帰ったり、家に来たり、色々だった。けれど、本人のやる気は十分なので、そろそろ話も固まるだろう。
そんな風にリュシーと出会って賑やかな日常を過ごしていたある日、俺は医務室に向かっていた。
今回は俺が怪我をしたわけではない。シャルルが新兵をボロボロにする所為で、包帯がなくなりそうなのだ。
本来は俺の仕事ではないけれど、暇なので引き受けたのだった。
何気に医務室に来るのは初めてだった。こんな長い期間怪我をしないなんて、エリックにもジュリアンにも驚かれるだろう。
そんなことを思いながら、ノックと共に扉を開けた。
中には白衣の男とさっきまで頭に浮かべていたエリックがいた。
「フェイス君!?怪我したの!?」
エリックは慌てて寄ってきて俺の周りをくるくる回る。そんなに確認しなくても怪我なんてしていないのだけれど。
「してねえ。騎士団の包帯の予備貰いにきただけだ」
エリックは俺の体を確認し終えてようやく納得したようだった。
俺の言葉を信じる気はないらしい。
「うん、大丈夫そうだね。フェイス君はすぐに怪我隠すから……周りの人に迷惑かけてない?」
どちらかといえば迷惑をかけられていると思う。シャルルとかリュシーとか。
俺はゆっくりと首を縦に振った。
「かけるわけねえだろ」
俺の言葉にエリックは苦笑して、そうだねと適当に返事をする。
感情が全くこもっていない言葉はエリックにしては珍しく、普段から心にもないことを言わざるを得ない状況にいるのかもしれない。
文官も大変なようだ。
「あ、そうだ。フェイス君、お昼ご飯もう食べた?もしよかったら一緒に食べない?」
「いいな」
そう言葉を返すと、エリックは嬉しそうに頷いた。ここの食堂行ったことある?なんてエリックと話していると、のんびりとした声が聞こえた。
「包帯の用意が出来たよ」
どうやら話を聞いていたらしい。
声をかけてもらえてよかった。危うく目的を忘れるところだった。
「盗み聞きみたいになってごめんね」
「いえ!こっちこそここで話し込んで……すいません。ミーシャ先生」
エリックはミーシャ先生によく懐いているらしい。尻尾が見えるかのように錯覚するほど、目がキラキラしている。
「患者もいないし構わないよ。それに、エリック君ならいつでも大歓迎だよって言ってるでしょう?」
ミーシャ先生もエリックのことを可愛く思っているらしい。まあ、これだけ尊敬していますというような顔で見られたらそうなるのも頷ける。
そんな二人に胸焼けがしそうな感じがして、勝手に戻ろうかと思った時にミーシャ先生に声をかけられた。
「初めましてエリック君から話は聞いているよ。僕はここで医師をしているんだ。気軽にミーシャ先生って呼んでね」
にこりと微笑みかけられて軽く頭を下げる。
ミーシャ先生の目を見て言葉を聞くと、どうにも力が抜けていく感じがする。彼の雰囲気がそうさせるのだろうか。病気や怪我で心が弱っている人間にはてきめんだろう。
心を開かせる天性の才と医者というのは掛け合わせてはいけないのではないだろうか。本人の気づかぬ内に信者がたくさん出来上がりそうだ。
俺は言葉を返さずにその場を離れた。エリックは懐いているけれど、かなり怖い人だと思う。少なくとも俺はあまり深く関わりたくない。隠していることがあるわけではないけれど、心が丸裸になるのは不安になる。
エリックは結構用心深いから、それに気付きそうなのに、信者になってしまったのだろうか。少し心配になった。
エリックが案内してくれた食堂は騎士団からは遠く、来たことがない場所にあった。メニューも全く毛色が違う。
騎士団近くの食堂はガッツリ系のメニューばかりで、逆にここは手早く食べられそうなものが多かった。後、テイクアウトが出来るもの。
文官の闇を見た気がした。
適当なものを注文して、エリックと向かい合う。
「お前大丈夫か?」
さっきの姿を不安に思って問うてみる。エリックはしっかりしているから大丈夫だとは思うけれど。
「ふふ、大丈夫だよ。確かに平民だからって何か言われたり、ブラックな職場だし大変だけど、でもやりたいことの第一歩だから……うん、頑張るよ!」
俺が聞きたいのはそこではないし、それは大丈夫だとは言わないような気がする。
後、下っ端文官にブラックと言わしめるくらいなら、トップになるシャルルの大変さは推しているべし、という感じだと思った。
「そうじゃねえ。ミーシャ先生の方だ」
「どうしてミーシャ先生?」
全く自覚がないらしい。
じっとエリックを見ると、目の下に隈があることに気がついた。そのせいで注意力が散漫なのかもしれない。
「ちょっと好きすぎだろ」
「すっ!?」
エリックは俺の言葉に素っ頓狂な声をあげて、顔を真っ赤に染めた。信者よりまずいものになっている気がする。
「恋煩い……?」
ジュリアンを思い出して苦い気持ちになる。あんな風に腑抜けているというのだろうか。あの真面目で努力家なエリックが。
「そ、そんなんじゃないよ!ただ偶に話して元気をもらってるだけ!ミーシャ先生のおかげで、食事や睡眠をしっかり取れるようになったから感謝してるの!」
勢いよく言われて、そうかと頷いてしまった。頬を染めていると同時に若干涙目なので、誤魔化しきれていないと思うのだけれど。
まあ、この口ぶりならエリックに害があるわけではないようだから、問題ないのかもしれない。
エリックは誤魔化すように仕事について話し始め、その中身も一生懸命さが伝わって、ボンクラになっているようでもない。今のところミーシャ先生はエリックにいい影響しか及ぼしていなそうだった。
俺は、とりあえず放っておくことにした。エリックが元気ならまあいいだろう。そんなことを思いながら、昼食を取ったのだった。
騎士団に戻った。手持ち無沙汰だったので、シャルルに聞いてみることにした。
「ミーシャ先生って知ってるか?」
「ミーシャ……。あの、最年少で医師になった人ですかねー」
最年少で医師に、どこかで聞いたような話だと思った。
その人がどうかしましたか、とシャルルは興味深そうにこちらを見ている。
「いや、友達がそいつのことを好きみたいで」
「友達!?私以外に友達がいるんですか!?ずるいですよ!私も友達が欲しいです……」
シャルルは全力で叫んで、そうして項垂れてしまった。
そんなに友達がいないことがショックなのだろうか。そこで、そういえば学校に行ったことがないと言っていたことを思い出す。
シャルルは友達という言葉に縁がない人生らしい。
少し可哀想に思えて、エリックを紹介しようかと思ったけれど、エリックの胃に穴が開きそうでやめた。平民初の文官なんて、シャルルのいい的だろう。すごいプレッシャーをかけそうだ。
「それでミーシャ先生はどんな奴なんだ」
「私も詳しくはないですよ……。会ったことありませんし。ただ、すごく評判はいいですねー。とても勤勉で優しいので、天使なんて呼んでる人もいた気がします……」
それだけ聞くととても立派だ。けれど、あの怖い感じはなんだろう。
「先生に会いに行こうぜ。怖い感じがすんだよ」
「ええー。傷心の私は動きたくありませんー」
シャルルはぐでっと机に突っ伏している。
「視察だか査察だかの真似事だと思えばいく気になんだろ。ほら立て」
腕を引くとシャルルは大きく溜息を吐いてのっそりと立ち上がった。
「珍しいフェイス君の頼み事なので行ってあげます。貸し一ですから」
シャルルの言葉に頷いて、俺とシャルルは医務室に向かった。
ノックをしてから、ゆっくりと扉を開ける。中にはミーシャ先生しかいなかった。
「フェイス君と、初めましての方も一緒で……何かあった?」
ミーシャ先生は優しい顔で首を傾げている。
その姿からは以前感じた怖さはまるで感じなかった。何が違うのだろうか?
「私はシャルルです。最近疲れがたまっていて、フェイス君がここの先生はどんな話でも聞いてくれるというものですから、来てしまいました」
シャルルは適当なことをペラペラと話す。それは、驚くほど自然だった。
「……シャルル様とお呼びした方がいいでしょうか?」
ミーシャ先生は穏やかなままそう尋ねた。尋ねられたシャルルは少し驚いた顔をしてから、綺麗な笑みを作った。よそ行きの顔なのだろう。
「いいえ、一般の方と同じ呼び方、同じ扱いで構いません。けれど、よくわかりましたね。私はあまり表に出ていないのに」
「シャルルという名前は珍しいし、夜会で一度見かけたことがあるので」
ミーシャ先生は表情を崩さない。初めて会った時と変わらなかった。それが異常なことだとは流石にわかる。
「で、今日はどうしたの?本当に疲れているならしっかり眠れるお薬出すよ。大体の人がしっかり睡眠を取れば元気になるからね」
「いえ、フェイス君があなたのことを怖いというものですから、少し見にきただけです」
「僕が、怖い……?」
ミーシャ先生はポカンと口を開けている。そして、ゆっくりと僕を見た。
「なんか信者が出来そうな感じ。後エリックも誑かしてんだろ」
言うと、ミーシャ先生は口元を押さえて笑い始めた。何がそんなに面白いのか全くわからない。
シャルルを見ると、シャルルもわからないようで肩をすくめて首を振っている。
「あー、ごめん。フェイス君は聡いんだね。僕は別に信者を作ろうなんて思ってないよ。昔っからちょっと周りに人が集まるけどそれだけ」
ミーシャ先生はなんでもないようにそんなことを言う。ならば、あの時感じた怖さは一体なんだったのだろう。
「ふふ。ただ狙ってる子を盗られたくないなあ、とは思ってたけどね」
まさかの事実に何も言えなくなる。
ミーシャ先生がエリックを誑かしているなんて想定外もいいところだ。だけれど、確かに自分から関わりにいかないとあれほどエリックと親しくなるのは難しい。あんまり社交的な人間ではないから。
「エリック君には内緒にしてね。仲良くなってる途中だから」
じっと見られて背筋がゾワッとした。
「いやー。天使と名高いミーシャ先生が、これほど計算高いとは……。恋って怖いですねー」
シャルルが感心したようにそう言った。本気でそう思っているのかもしれないけれど、言われた方は煽られているようにしか思えないだろう。
「シャルルさんは恋なんていう非合理的なことは認めないと?」
「そんなつもりはないですよー。私には縁がないというだけで。素敵だと思いますよ?それで、使い物にならなくなる人間がいるから好きではないですけどね」
シャルルは今度はわかりやすく喧嘩を売っていた。
この口ぶり的に、どこかでそういう揉め事が起こったのだろうか。それとも馬鹿王子がそれ系統でまた馬鹿をやらかしたのか。
なんにせよ、現在のシャルルにそれは地雷なのだろう。
「そういう人ほど、恋をした時にガタッと崩れるよ。シャルルさんもそうならないといいね」
この二人、会わせてはいけなかったのではないだろうか。別に相性が悪そうには見えなかったけれど、今はあんまりいい空気ではない。
「あなた、私の正体を知っていてよくそんな風に話せますね」
「シャルルさんが他の患者と同じがいいって言ったんでしょう?」
「それでもそんな風に喧嘩を売ってくる人なんて……」
シャルルはそこまで言って、閃いたかのように手を叩いた。
「そうです!こうやって言い合えるってすごく友達っぽくないですか!?つまり、ミーシャ先生と私は友達と言ってもいいのでは?」
また始まった。シャルルのこの感情の起伏は大丈夫なのだろうか。王族って感情を制御しないといけないのでは。それとも、公の場ではちゃんとしているから問題ないとかそういうのだろうか。
急にテンションが跳ね上がったシャルルにミーシャ先生はポカンとしてから、すぐに薬棚を漁り始めた。小さな声で鎮静剤という言葉が聞こえた。
いつものことだとどうやって伝えようかと思いながら、ミーシャ先生を止め、シャルルを落ち着かせたのだった。
猫騙しって本当に効くんだな。




