4.弟子なのかなんなのか
次の日、ノルマを終えてシャルルの隣でぼんやりとしていた時に、大きな声でリュシーがやってきた。
「おはようございます!師匠」
目を輝かせて俺の前まで走ってきたリュシーは、けれど、近くまできて首を傾げた。
「師匠はやらないんすか?」
そこでは、新兵たちが死にそうな顔で打ち合っていた。連続で3回勝てたら抜けられるのだけれど、実力が拮抗している相手と組まされているので、かなり厳しい。
「もう終わった」
「流石師匠っす!」
「……で?」
問うと、リュシーはキョトンとした。そして、じっとこちらを見ている。
「何しにきた」
「何って弟子になりにきたに決まってるじゃないっすか!」
リュシーは頬を膨らませて怒っている。
さて、これはどうしたものか。困っていると隣からシャルルの笑う声がした。
「ふふっ。あなたはどうしてフェイス君に弟子入りしたいんですか?見たところ騎士団の子じゃないですよね?」
言われて確かに服が違うと気がついた。
それは昔自分が着ていたようなボロボロの服で、リュシーが平民で尚且つ貧しいところの人間だとわかった。
「あたし騎士になりたいんす!もちろんお金が欲しいってのもあるけど、女の騎士がいないって可笑しいじゃないっすか!力では男に勝てなくても女の方が汎用性高いっす!」
「え、女なのか?」
短く切られた髪と、未発達で華奢な体をジロジロと見てしまう。言われてみると女っぽい顔立ちをしているような気がしないでもない。
そんな俺の反応にシャルルは苦笑した。
「もう!レディに失礼っすよ!」
リュシーはぷりぷりと怒っている。
こんな大人ばかりで、尚且つ怖いであろう人間の前で自然体でいられるなんて子供の恐れ知らずとは怖いものだ。肝の座り方に感心してしまう。
「それであなたはどうやってここにきたんですか?簡単に入れるような警備じゃないと思うんですけど」
「あたし、食堂の見習いとして雇ってもらおうと思って昨日きてたんす。だから、今日もそのルートでこっそり……。あ!もしかしてこれって捕まっちゃう感じ!?」
「うーん。どうしましょうかねー」
子供相手になると大人はしっかりするらしい。
まともに話しているシャルルを見てシアのことを思い出す。
「ごめんなさい!謝るので許してほしいっす!捕まったら孤児院追い出されちゃう!」
「ちょっとこっちきてもらっていいですか?」
シャルルは何かに気づいたように、いきなりリュシーに手招きをした。リュシーは警戒しながら、近寄ってくる。
シャルルが捕まえる気ならとっくに捕まっているのにと俺はぼんやり二人を見ていた。
シャルルは近づいてきたリュシーの頭に手をかざした。じんわりとした光が手から溢れる。魔術だ。
何をしているのかわからなくて首を傾げていると、シャルルが満面の笑みで頷いた。
「あなた、名前と年齢は?」
「あたしはリュシー!12っす!」
「ちょうどいい年ですね。あなた魔術の適性があります。魔術師を目指す方が絶対にいい!もちろん剣技は出来るに越したことはないので学ぶべきですが、あなたがなるのは騎士ではなく魔術師であるべきです」
シャルルは饒舌に、そして、プレゼントでももらったかのような喜色満面の笑みでリュシーの両肩を掴んだ。
「ソフィアにあなたの教育を任せれば……。いや、いっそのこと一緒に住んでマナー類から全て学ばせればいいですね。フェイス君という見本もいることですし、あそこからなら学校にだって通えるので合理的です」
シャルルは一人で話して一人で納得しているけれど、リュシーは目を白黒させていた。
「初の騎士団所属の女魔術師!いいじゃないですか。私は支援を惜しみませんよ!学ぶ環境は整えますからね!」
圧の強いシャルルにリュシーは理解の追いつかないまま頷いている。可哀想だ。
「なんで、お前そんなテンション上がってんだよ」
「優秀な人間を登用出来るのは素晴らしいことでしょう!働くのに身分差なんてどうでもいいんです!出来る人間がやる方が効率がいいんですから!今の国政は無駄が多すぎなんですよ!」
シアが言っていたようにシャルルは有能らしい。国の未来のことを自然に考えている口ぶりは王としての資質を十分に持っているように見えた。馬鹿王子となんて比べるまでもない。
王太子になってしまうのも仕方がないような気がした。
「師匠……。結局あたしはどうなるんすか……?」
リュシーはシャルルに聞こえないくらいの声音でこそこそと俺に尋ねる。正直、尋ねられても困る。
「さあ?とりあえず筋トレでもやるか?」
「弟子にしてくれるんすね!……でも、この人無視していいんすか」
「いい」
リュシーに適当なものを指示しながら、シャルルに声をかける。
「おい。とりあえず、訓練メニュー組んでやれよ」
「はーい!ちゃんとリュシーちゃん用に組みます」
他の奴らの分も組んでやれよ、と思ったけれど楽しそうなシャルルの気分に水を差すのは可哀想な気がして、言うのはやめた。
帰る時間になった。けれど、困ったことに外は土砂降りで、子供を一人で帰すのは気が引ける。
シャルルの一存でリュシーを家に連れて帰ることになった。外に出る前にシャルルがリュシーに何かを吹き込んでいたことが気になるけれど、見なかったことにして帰宅する。
家に着くといつも通りシアが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、フェイ!濡れませんでしたか?寒かったでしょう」
シアは俺のこと以外全く目に入っていないらしい。
ふわふわのタオルを渡された俺は、後ろをついてきていたリュシーの頭にバサっと被せた。
リュシーは目を瞬かせて、俺を見上げている。
「リュシーだ」
リュシーを放置して、シアに向かってリュシーを紹介する。
シアは思考が追いつかないらしく、俺とリュシーを交互に見ている。
「えっと、リュシーっす!んーと、シャルルさんから師匠の家の子になるんだよって言われたっす!お願いしますっ!パパ!」
俺は思わずギョッとリュシーを見た。
シアをパパと呼ぶなんて、反応が読めなさすぎて、振り向くのが怖かった。けれど、動かないわけにもいかず、そっと振り返る。
シアは色のない顔でじーっとリュシーを見てから、自分で頬をつねった。
「悪夢じゃない……」
呆然とそう呟く姿は途方に暮れた迷子のようだった。
「子供は好きじゃありません。理解し難い原理で動きますから。それを迎え入れる……。フェイとの愛の巣に?」
シアには珍しく思考が全て口から出ている。重症だ。
「やっぱりダメっすか?女のあたしは魔術師にはなれないんすかね……」
しょんぼりと俯いたリュシーにシアがたじろいでいる。百面相をし始めたシアに溜息が漏れた。
そんなに、許容し難いことだろうか。一人住人が増えるなんてわけないと思うのだけれど。このだだっ広い家が賑やかになっていいのではないだろうか。
「……とりあえず、談話室で話を聞きます」
突っぱねることが出来なかったらしいシアは、とりあえず落ち着いた場で話を聞くことにしたようだった。俺はリュシーを連れて、談話室に向かった。
談話室は雨が降っていたからだろう、火が入れてあった。
リュシーは暖かな部屋に入って目を輝かせている。
「絵本に出てくるお家みたいっす!すごい!」
跳ねて回りそうなリュシーを捕まえて、わしゃわしゃと髪を拭いてやる。放っていると、風邪をひくまでそのままでいそうな雰囲気を感じた。
すると、扉を開けたシアがガシャンと何かを落とした。持ってきていた紅茶をトレイごと落としたようだった。
「フェイが世話を焼いている……。僕ではない誰かの世話を……」
「シア」
固まって動かなくなったシアを呼ぶとハッとして、足元を見た。そして、さっと魔術で片付けて、執事に飲み物を頼んだ。
確かに、今のシアに溢さずに何かを持ってくることは難しいように思えた。
いつも通り俺の隣に座ったシアは少し落ち着いたようで、胡散臭い笑顔を浮かべていた。代わりにリュシーが溢れそうなほど目を見開いて固まっている。
俺は溜息を吐いてから、シャルルに託された手紙を渡した。
シアはそれを手で開けた。いつもならペーパーナイフで丁寧に開けるのに、余程怒っているらしい。
シアが手紙を読みはじめると、リュシーが小さな声で話しかけてきた。
「……師匠とパパって好い仲なんすか?」
リュシーは小指を立てて首を傾げている。
「好い仲ってなんだ?」
「えぇ!?えっーと、好い仲って恋人とか夫婦とかそういうのっす」
「じゃあ、ちげえ」
何をどう見たらそんな甘ったるい関係に見えるのか謎すぎる。
リュシーは俺とシアを交互に見ながら眉を下げた。そして、両手で顔を覆ってしまった。
「うぇ〜ん!子供にはその距離目に毒っすよ!開いちゃいけない扉開きそうっす!」
鼻声になり始めた気がして、シアと距離を取ろうと腰を浮かせる。けれど、シアが許すわけもなく、腰に手を回して引かれ、さっき以上に距離が近くなってしまった。
「この家の子になりたいというのなら、開けてはいけない扉を開けてでも慣れてください」
シアの言葉にリュシーが指の間から俺とシアを見た。そして、ギュっと一度目を閉じてから、勢いよく目を開いた。
「わかりました!パパ!あたしは師匠とパパの生活を全力で愛でるっす!」
子供をこの家に連れてきたのは不味かったかもしれない。明らかにシアから悪影響を受けている。
シャルルはこうなることがわからなかったのだろうか。いや、わかっていたはずだ。シャルルは子供の頃からシアと親戚なわけだから、影響を受けることは身に染みている。
もしかして、逆に、染まりすぎて悪影響だと忘れてしまったとかそういうことだろうか。
「いいお返事ですね。はぁ……それで、あなたはこの家の子になるとはどういうことかわかっていますか?」
「どう意味っすか?」
「貴族になる覚悟があるかどうかという話です。平民が貴族の養子になる場合、身に覚えのない誹謗中傷を受けるなんてザラです。例えそれが女性の進出の一例を作るためであっても、いえ、だからこそ厳しいことばかり言われるでしょう」
シアは睨みつけると言えるほど鋭い視線でリュシーを見た。リュシーは背筋を伸ばして、目を潤ませながらも逸らさずにシアの目を見ている。
「そうなった時、血縁でないあなたを誰も守りませんよ。貴族の世界は非情ですから」
シアの言葉を聞きながら、それは嘘だと思った。
貴族は結構温かいし、もしリュシーがこの家の子になっていじめられることがあったらシアは権力を使って相手を叩き潰すだろう。
シアは身内に甘いし、シャルルの懐き方を見ていたら子供も好きなのだとわかる。シャルルが幼い頃はよく遊んでもらったと話していたし。
「けど、あたしは騎士団に入りたい!魔術師になって女だって誰かを守れるって証明したいんす!」
リュシーが両手を握りしめてプルプル震える姿は、小動物のようだ。
なるほど、子供とは手を差し出してあげたくなるものなんだな、と納得しながら成り行きを見ていると、シアは両手で顔を覆い、項垂れてしまった。
「魔術師の適性がある人間は稀ですし、志がある人間は歓迎すべきですけど、フェイと僕の家に異分子が……。いや、そうです。彼女はパパと言いました。つまり僕の子ということですよね。なら、フェイと僕の子供ということで、本来ならそれはありえないわけですから、そのために養子を取るのだと思えば……。でも、僕とフェイの蜜月があまりにも少なすぎませんか?いえ、人材は大事です。それをシャルルに教えたのは僕なのですから……。そう、彼女は僕とフェイの愛の結晶です。今から育てていくのです。だから……」
シアが壊れたようにぶつぶつと呟いている。少し怖い。
そう思ったのは俺だけではないようで、リュシーは向かいで青ざめている。
「あたし、パパに何かしちゃったっすか!?」
「それはない」
言い切ってから肩を叩きながらシアに声をかける。
顔を上げたシアは虚な目で、けれど、俺と目が合った瞬間、光が戻った。
「とりあえず、話はわかりました。あなたの出来次第でうちの子になる話は考えます。じゃあ、ご飯にしましょうか。食べたいものはありますか?」
シアは澄ました顔でリュシーに声をかける。さっきまでのぐだぐだした姿があるで嘘のようだ。
リュシーは目をグルグルさせてどれが現実かわからなくなっていた。
「なんでも食べるっす!」
「そうですか……。では、出来たら呼びます」
シアはそう言ってこの部屋を出ていった。
リュシーは大きく息を吐き出して、深呼吸している。そして、落ち着いてから、俺を質問攻めにし始めた。
「パパって料理出来るんすか?」
「すげえ美味い」
「そうなんすか!?パパって貴族なんすよね?」
「かなり偉い」
「かなり偉い!なのに料理が上手!え、男の人っすよね?」
「男以外にどう見える」
「いや、顔が綺麗なんで女の人でも通用するなーって」
さっきの今でこの反応が出来る子供は、大物になると思う。胆力がありすぎだ。
俺は、リュシーと適当な会話をしながらシアを待った。
この時の俺は、シアが用意したご飯がオムライスで、可愛い絵が描かれているのにリュシーが大興奮で跳ねるのを、知らなかった。
そして、急いで食べるリュシーに親のような言葉をかけるなんて想像も出来なかった。
シアが、それほど子供が好きだなんて思いつきもしなかった。
そして、シャルルが懐く理由もわかった気がしたのだった。




