3.脆い剣は木刀に負ける
あの日から、シャルルがかなりフランクに接してくるようになった。もう醜態を晒したからこれ以上失うものはないらしい。
だから、今日もやる気のないシャルルの話を聞き流しながら、新兵たちを見守っていた。いい加減終わった人間から休憩という制度をやめてほしい。暇だ。
自分と話す時間が出来るからとシャルルがわざとその方法を取っているのは知っているけれど、俺は特に話したいこともない。
そんなことを思いながらぼんやりしていると、急用でシャルルが一瞬席を外すと言う。すぐ戻ってくるからそれまで休憩していろと全体に言ってシャルルは行ってしまった。
シャルルがいなくなった途端、全員が地面に転がった。助かったと泣き出すものもいる。まあ、一時間ぶっ通しで筋トレというのは苦しいだろうから仕方がない。
シャルルの訓練は頭が可笑しい。時間内に出来なかったら、出来なかった回数に元の回数を足してもう一度、だ。俺は1度目で終われたけれど、それが出来なければ永遠に増え続ける。つまり、終わらせる気がないのだ。
水でも取ってきてやろうかと、立ち上がると偉そうな奴に声をかけられた。
「調子乗ってる新兵ってのはお前かあ?」
言われて首を傾げる。
合っているのは新兵というところくらいだ。
「訓練をずっとサボってるんだってな」
サボってはいない。早く終わるだけで。
こんな風に絡まれた時の対処がわからなくて、眉を寄せる。困った。
チラリと視線を動かすと偉そうな奴の後ろにいる人間と目が合った。その男は俺の目を見た途端、ヒッと後ずさった。
「そいつはダメです!やめときましょう!」
「うるせえ!俺はここでの常識ってのを教えてやらねえといけないんだ!」
必死に止める後ろの奴の言葉に耳を貸さずにその男はこちらに寄ってくる。
「そいつ、三年前にあのお方と手合わせしてたんですよ!」
「ああ?そんな奴存在するわけねえだろ!手を抜いてもらってたに違いない!」
「それこそあるわけないですよ!?」
後ろの男は涙目でガタガタと震えている。それを見た男は鼻で笑って俺を殴り飛ばそうとした。騎士団とは血の気の多い人間しかいないらしい。
上官の時は殴られた方がマシだと思ったけれど、どこの誰ともわからない奴に殴られるのは納得がいかない。殴りかえすつもりで拳を握ると、ストップがかかった。
「私が少し離れただけで、問題が起きるってどういうことですかー?そんなに日頃の行い悪いですかねえ……」
呆れたような顔でシャルルは男と俺の間に割って入った。
「お前誰だ?」
「一応新兵を預かっている身ですけれど、あなたこそ誰ですかー?あ、興味ないので答えなくていいです」
シャルルは面倒そうにまだ何も言っていない男を制した。
「面倒なので訓練という名の決闘しましょう。それでいいですよねー?」
シャルルに問われた男は舌打ちをして嫌そうに頷いた。
本当に決闘するのだろうか。もしするならどこまでやっていいのか。剣を持って手加減というのはなかなか難しい。力をコントロールなんてしなくてもいいところでしか剣を持ったことがないから、全くの未知だ。
「フェイス君もいいですかー?」
「逆にいいのか?」
叩きのめしていいのならばそうする。けれど、それが不味い時もあると、馬鹿王子を殴った時に知った。だから、誰かの許可がおりない限りはやりたくない。
「ハンデがあればいいんじゃないですかねー?」
シャルルは適当にそう言った。本当に問題ないのか不安になる返事だ。
けれど、シャルルがにっこりと笑ったので、思うところがあるのだろう。
◆◆◆
「じゃあ始めましょうかー」
開けた場所に立った俺は木刀を渡されていた。正直これでもやりすぎないか不安だ。
向かいに立つ男はそれが不満なようで顔を真っ赤にして怒鳴っている。興奮しているからか、何を話しているのかは全く聞き取れなかった。
そんな風にぼんやりとしていると、いつの間にかギャラリーがわいていた。見るところなんてないのに、と思いながら木刀を構える。
「はじめ!」
その声と同時に踏み込んだ。軽く剣をぶつけたつもりだったのに、バキッと剣が折れて、男の顔面に木刀がめりこんだ。
思わずポカンとしてしまった。
周りからは総スカンを食らっている。イカサマに見えたらしい。俺もそう思う。まさか、たまたま折れかけの剣だったわけはないだろう。
「はーい。この結果に納得いかない人は名乗りをあげてください。フェイス君と戦ってもらいますー」
シャルルはそんなことを言い始めた。俺を見せ物にするらしい。
そんなことをして大丈夫なのだろうか。対外的な意味でも、シアが飛んできそうだという意味でも。
「はーい。じゃあ行きますよー。はじめ!」
知らない内に次の試合が始まった。切り込まれたのを受けて押し返す。そして、こっちから踏み込んだ時に、また相手の剣が折れた。どういうことだ。剣の手入れが足りていないのだろうか。木刀より耐久性の低い剣なんて相当だと思う。
チラリとシャルルを見る。シャルルはまたしてもにっこり笑った。
「はーい。次の人ー」
どうやら手を挙げる人がいなくなるまで続けるらしい。俺は仕方なくシャルルのお遊びに付き合ってやることにした。
管理の悪い剣がこれ以上なければいいなと思いながら。
やっと終わった。もう日が落ちそうだ。
結局、剣は折れ続けた。剣の在庫がなくなるからという理由で、最終的に木刀での試合になっていた。
当たり前だが、俺に勝てる人間などおらず、周りには疲れ果てた兵士たちがゴロゴロと落ちている。
結局、シアは来なかった。意外だと思いながら、俺は竹刀を片付けに向かった。
武器庫の方へ歩いていると、後ろから声をかけられた。それは年若い声音で、さっきの続きだろうかと足を止めて振り返った。
「さっきの!超かっこよかったっす!いつも横暴な奴らをバッタバッタと!あんたみたいになりたいので、弟子にしてください!」
ガバッと勢いよく頭を下げられて困惑する。
そもそもこの人間は誰だろうか。新兵の中にはいなかったように思う。というかそれ以前にかなり若い。
「誰だ……?」
「あたしはリュシーっす!よろしくお願いします師匠!」
許可なんて出していないのに、なぜだか弟子が出来た。俺の周りには話を聞かないやつしかいないらしい。
疲れていた俺は、リュシーを無視して家に帰ることにした。本気ならまた訪ねてくるだろう。
無視されたリュシーは、明日も来るっす!と叫んで走り去っていった。あんな元気いっぱいに俺に話しかけてくる人間は久々に見た。幼い頃以来ではないだろうか。
なんだか懐かしい気持ちで俺は家路についたのだった。




