2.自称友人が増えた
数日が経った。相変わらず、訓練は俺基準で新兵はボロボロだった。
「これいいのか?」
目の前で息も絶え絶えにへたりこんでいる奴らを見てシャルルに尋ねる。
「さあー?まあ、どこかの誰かさんが手を出したくないと思うほど隣国をぶちのめしてくれたおかげで戦争は起きそうにないのでねー。構わないでしょう」
シアのことだろうか。
確かに戦場でのシアは派手だった。魔術を外さず敵を屠る姿は惚れ惚れするほど美しかった。あれが敵なら恐れるのも頷ける。
「あのー?あなたのこと言ってるんですけどねー」
「俺?」
シャルルは目を瞬かせて、遠い目で笑った。
「いやあ、ソフィアとそっくりですねー。天然な分だけフェイス君の方が質悪いかも?」
よくわからないが褒められてはいないので眉を寄せる。天然というのもよくわからないが、何よりシアに似ているというのが納得出来ない。
「別に貶していませんよ?それより!言っていた食事、行きましょうよー」
「いや、シアがご飯作ってるし」
「わかりました!じゃあ私がそちらにお邪魔します!」
シャルルのやる気のない顔が一転、目を輝かせて俺に詰め寄ってくる。どうしたものか。
連れて帰ったらシアはなんと言うだろう。親しい仲なのだとは思うけれど。
「大丈夫ですよー。ソフィアは怒りませんから!いやー、ソフィアのご飯なんて久々だなー」
どうやらシアのご飯が美味しいことを知っているらしい。そんな人間が俺以外にいたなんて驚いてポカンと口を開けてしまう。
「ほら!早く行きましょう!」
動かない俺を気にすることなく、シャルルは歩き出す。俺はその背中をぼんやりと眺めて、そして、溜息を吐いて追いかけた。
家に帰ってきた。家に入った途端抱きついてきたシアをいつものように突き飛ばそうとすると、後ろからついてきていたシャルルがそれより先に話しかけてきた。
「ソフィアが可笑しくなったって本当だったんですね」
「シャル!?」
シアは珍しく素っ頓狂な声を上げている。
本気で驚いているらしい。
「私も夕食を御相伴にあずかりにきましたー」
「何がどうなってそうなったのですか……。ちゃんと誰かに連絡してからきましたか?」
「子供じゃないんですから大丈夫ですよー?」
シアは俺から離れ、呆れたような顔で、キッチンに戻っていく。俺とシャルルはそれに続いて食堂へ向かった。
食事はいつも通りにとても美味しかった。黙ったまま食べていると、向かいのシャルルが笑いながら俺とシアを見ている。
「ソフィアのご飯は相変わらず美味しいですねー」
「フェイのために作っているのですから当たり前です」
シアは胸を張っている。それは誇るところなのだろうか。
「今度、私のためにも作ってくださいよー」
「嫌です」
シアはバッサリと笑って断っている。それがわかっていたのか、シャルルは残念ですと残念そうに見えない顔で言った。
「お前ら仲良いな」
「ふふ、仲良く見えるらしいですよ。ソフィア」
「まあ、甥っ子ですからね」
シャルルが甥っ子だなんて驚きだ。あまり似ているように見えないのは、髪の色も目の色もシアとは違うからだろうか。
「レーネの身内か?」
「まさか!だったらもっとまともですよ。シャルは兄の子です」
兄。シアに兄なんていただろうか。確か、シアは王弟で──。
「王族……?」
「不本意ながらそうですねー。本当ならソフィアみたいに隠居生活を送る予定だったんですけどー」
シャルルはやさぐれた表情で、ぐでっと机に倒れた。王族なのにマナーはいいのだろうか。レーネがここにいたらボコボコにされそうな様相だった。
「どっかの異母弟が馬鹿なことをするから、私に王太子なんてものが回ってくるんです。最悪ですー」
どうやらシャルルは苦労しているらしい。
偉い人はもっと好き勝手出来るものかと思っていた。シアは結構好きにしているように見えたし。
「シャル、そうはいいますけどね、周りはお前を王太子にしたかったのですよ。第二王子は正妃が母親だといってもあまりにも出来が悪いですし。それにお前の方が先に生まれていますから、順当な結果でしょう」
「だったら、学校ぐらいは通わせてほしかったですよー。遊学くらいは許されても良かったと思いません?王城をほとんど出たことがない私を王太子に据えるなんて頭可笑しいですよー」
酒は飲んでいないはずなのに管を巻いているシャルルに次の王がこれでいいのかと心配になる。今のシャルルはかなり情けない。
「あー、まあ、お前が産まれて王妃はすごく怒ってましたからね。正妃の自分より側室の方が先に身籠るなんて、と。後、お前が無駄に優秀ですから。もっと手をぬけば良いのに」
「外に出ずに出来るのが勉強くらいしかなかったんですよー!大体、王族の証である赤い瞳じゃない時点で王位継承権なんてないと思いませんか?」
シャルルはなんだか目が据わっている。大丈夫だろうか。けれど、止めようにもどう声をかけていいかわからない。
チラリとシアを見る、シアはシャルルを優しい顔で見ていた。シアにとってシャルルは大切な相手らしい。
「ねー!フェイス君もそう思うでしょう?」
いきなり声をかけられてビクッと肩が跳ねる。
シャルルは俺の返事を待つことなく言葉を続ける。
「いや、そうですよねー。友達なんですから思いますよねー!優しいのはフェイス君だけです」
「ちょっと待ってください!フェイはあげませんよ!」
「嫌ですねー。ソフィアのお気に入りなんていりませんよ。私は楽しくお話ししてくれるお友達が欲しいんですー。周りには頭が硬いか、可笑しい人間しかいないんですからー」
俺は楽しくお話し出来るタイプではないと思うのだけれど。
シアはとても微妙な顔をしている。シャルルはそんなシアの顔を微塵も見ておらず、机に顔面を押しつけていた。
「フェイスくーん、仲良くなりましょうねー」
顔を上げることなくシャルルは俺に手を伸ばして、そして、力尽きたように手から力が抜けた。ガンといい音がした後、シャルルは微動だにしなくなった。
「これ、大丈夫か?」
シアの方を見ると片手を頭に当てて息を吐いている。
「シャルがお酒ダメなの忘れていました……」
「酒なんて飲んでねえだろ?」
シアは緩く頭を振った。
「これワイン煮込みなので……。今日は泊めるしかないですね。まったく困った子ですよ」
マトモな大人ぶったシアなんてかなりレアだ。ジロジロ見てしまう俺に気づかずに、シアはシャルルを担いで行ってしまった。
なんだか体の奥が冷えた気がする。この感覚は一体なんだろう。胸に手を当て考えていると、シアが戻ってきた。
シアは俺と談話室に向かい、温かな紅茶を握らせた。それをちびちびと飲んでいると、いつもの通り隣に座ったシアが俺に手を回して体重をかけてくる。
「妬きましたか?」
この胸の奥の冷えは妬いているということなのだろうか。わからないけれど、シアがそばにいると寒さは感じないような気がした。
「僕にはフェイしかいませんよ。けど、もし妬いてくれたなら少し嬉しいです」
「……嬉しいのか?」
シアはふふっと笑って肩に顔を埋める。
「嬉しいですよ。フェイが僕のことをとても好きだと言っているような気がしますから」
「それは」
「わかっていますよ。冗談です」
シアは体を離し、俺の言葉を遮るように言ってから、もう寝ましょうと俺が持っていたカップを奪った。されるがままシアを見ていると、眉を下げて額に口付けられる。
シアの様子がどこか可笑しい気がして、俺は文句を言うことなくそのまま受け入れた。そして、シアが部屋を出ていくまで何も言わずに見送った。
「なにがわかったてんだよ」
ポツリと呟く。
俺自身がわからないことをどうしてシアがわかるというのだろう。俺はシアの反応に納得出来ないでいた。
モヤモヤしたものをどうしていいのかわからなくて、俺は脱力して背もたれに体を預ける。
レーネに見られたら怒られるだろうけれど、誰もいないから許してほしい。
「あ"ー」
声を出しても心は晴れない。
いつもならシアを殴りに行くのだけれど、こればっかりはそうもいかない。殴ったって、きっとスッキリしないだろうから。
俺は眠れない夜を過ごすことになったのだった。




