4.二人の世界
ようやくパーティの日がやってきた。
あの後、どうにかレーネのペナルティを回避したシアは、俺とデートと称する服の買い出しに出かけることが出来た。ペナルティが発動していたらその買い物はレーネと俺で行って、服は独断と偏見でレーネが選ぶ予定だったらしい。それを聞いたシアは許可が出たことに心底安堵していた。
シアが選んだのは言っていた通りプラチナブロンドのドレスだった。アクセントにシルバーグレーのフリルがあしらわれていて、とても豪華だった。
正直学生の中に混ざったら浮くのではないかと思ったけれど、貴族のパーティというのを俺は知らないので、そんなものなのかもしれない。
俺の服はいやらしくない程度に赤系統でまとめられていた。シアの髪のようなピンクブロンドにされたらどうしようかと思っていたので、ホッとした。周りの目なんて気にならない俺でも、流石に似合わないと思うものは着たくない。
そんな服装で俺とシアはホールの入り口に立っていた。
どうしてこんなに最後まで待っているのかはわからないけれど、身分とか色々決まり事があるらしい。
隣のシアを見る。結局、シアの身長はそのままだった。ヒールを履いているのでいつもより高いかもしれない。明らかに目立つ高さだけれど、シアもレーネも問題ないという。
俺より高いのだけれど本当にいいのか、と訝しく思うのだけれど、反論出来る材料もない。
じっと観察しているとシアがこちらを向いて小首を傾げる。シアなのに可愛かった。
メイクをしてドレスを纏ったシアは、シアが女だったらこうだったのだろうと思うような出来だった。
つまり、超絶美人だ。こうして見るといつも綺麗だと思っている顔は誰よりも美しいのだろうと気がついた。
「見惚れているのですか?フェイ」
シアは妖艶に笑う。瞳に負けない真っ赤なルージュが目に毒だ。
「やっぱり綺麗な顔してんなと思って」
俺の言葉にシアの頬が染まる。今更照れるようなことだろうか。出会った時から思っているのだけれど。
「フェイが外見を褒めるなんて珍しいですね。女の人の方が好きですか?」
褒めたことなかっただろうかと考える。
わざわざ口に出すことでもないから、言ったことはなかったのかもしれない。けれど、そんな言葉は言われ慣れているだろうに。
「いや、別に。顔変わんねえし。いっつも殴りたくなるようなお綺麗な顔してるからな」
「本当ですか!よかったです」
シアの返事の意味が理解出来ない。いい部分なんて一つもないだろう。やはりシアは頭が可笑しい。
苦い顔をしていると名前を呼ばれた。ようやく入場出来るらしい。
シアを伴って、落ち着いて歩く。会場中が息を呑む音が聞こえた。
視線が突き刺さっているのにシアは自然体だった。そんなシアが滑らかな動きで歩くと前に道が出来ていく。それは中々愉快な光景だった。
どこまで歩くのだろうか、隣で引き立て役に徹していると、辿り着いたのはレーネの前だった。
「レーネ」
凛とした声はシアの声なのに、シアの声ではないかのようだった。上に立つ者の芯があるそれに周りは聞き入っている。
「声をかけていただき光栄です」
レーネは普段と違い畏まった様子でカーテシーをした。
女性の中で一番身分が高いはずのレーネがそんな風にへりくだる姿に周りがざわついている。赤い目がどうのとか、髪の色がどうのとか、女の王族がどうのとか、好き勝手なことを吐いている。
そんな様子に辟易としていると、王が入場してきて、周りのざわめきがピタリと止んだ。王は舞台上の席に座って、何かを話している。聞き流していると、ジュリアンが小さな声で話しかけてきた。
「全く隠す気がないけどこれでいいのか!?」
小声で叫ぶなんて器用なことをやってのけるジュリアンにすごいと感心する。
「隠す意味もないでしょう。あのお方が王弟だとわかる人は上級貴族でも少ないですし。他の人は精々彗星の如く美女が現れたとしか思いませんわ。それに、虫の駆除の必要がなくなりますから、わたくしが楽になりますの」
レーネが俺の代わりに答えた。ジュリアンは困り顔で口元を引き攣らせている。
そんな理由だったのか。へえ、と無感動に頷いていると、シアが会話に加わってきた。
「虫!?誘ってきた女だけではないのですか!」
シアは崩れかけた表情に慌てて扇子で口元を隠した。
「あなたのお気に入りがモテないとでも?」
不思議そうなレーネにシアは絶望したようで、目が死んでしまった。
それでも美しさは損なわれないのだから、綺麗な顔というのは得だ。けれど、ジュリアンは怖いらしく、ヒッと小さな声と共に一歩距離を取った。そして、エリックは来なくて正解だと呟いた。
確かにそうかもしれない。俺は思わず頷いた。
今日、エリックは欠席していた。ダンスがあまりにも上達しないので諦めたのだ。
それに、これは内申書の評価に関わる行事ではない。それより勉強している方がいい、とサボっている。
真面目なエリックにしては珍しいけれど、人生で絶対に使うことのない技能を習得するのは無駄だと力説していた。それほどまでにダンスをしたくないようだった。
運動神経がないというのも大変らしい。
そんなことを思っていると、急に音楽がかかり始めた。いつの間にか話は終わったらしい。
チラリとシアを窺う。頷かれたので、中央まで歩み出た。ファーストダンスとやらを踊るらしい。
教えられたようにステップを踏む。見ると周りが感嘆しているのがわかった。
「フェイ。僕のことだけを考えてください。折角ちゃんとした場で踊っているのですから」
いつもそこそこの割合で頭にはシアのことがあるけれど、と思いながらシアに目を向けた。
シアは俺のことだけを見ていた。俺を赤い瞳に閉じ込めてうっそりと笑っている。そして、俺もシアだけを自分の瞳に閉じ込めている。
そう認識した瞬間、世界から音が消えたように錯覚した。
俺とシアだけの閉じた世界。それはとても甘くて少し寂しい気がした。
パチリと一つ瞬きをする。
意識が現実に戻ってきたタイミングでダンスが終わった。
俺はシアの手を引いてテラスに出る。
「ねえ、何を考えていたのですか」
シアは覗き込むように俺を見ている。その瞳は翳っているように見えた。
「何がだ?」
尋ねるとシアは言い淀むように口元を動かした。
ダンスで熱された体を夜風が冷やしていく。それが、少し寒い。
「ダンスの時、フェイ笑っていました」
そりゃあ笑うこともあるだろう。そう思ったけれど、シアは首を振る。そうではないらしい。
「笑っているのに迷子みたいでした」
「ああ……。閉じた世界が浮かんだんだ」
迷子という言葉は言い得て妙だと思った。
その世界の俺とシアはきっと迷子だ。誰もいない世界だったならきっとシアは途方に暮れてしまうだろう。俺はシアに手を引いてもらっているから平気だけれど。
閉じた世界に耐えられないのはきっとシアの方だ。
「きっとお前は寂しいから……それだけだ」
「僕はフェイだけいればそれでいいのです」
シアの言葉に俺は答えなかった。それが本心かどうかなんてどうでもよかったし、今後それが嘘になっても構わなかった。
ただ、シアは不満そうだったので、頬をしっかり摘んでおいた。レーネに釘を刺されているから、それ以上触れない。メイクや髪が崩れるからここではダメらしい。崩れたところで今のシアは女にしか見えないと思うけれど。
手を離すとシアの頬は赤くなっていた。やりすぎたかと思ったけれど、シアは恍惚と笑っている。
俺は近くに人のいるところでそんな表情をしているシアに苦い気持ちになって、更にデコピンをした。人から見えない場所だと言ってもその顔はあまり良くない気がする。
額が赤くなったシアはキョトンとしていた。デコピンなんて初めてしたからかもしれない。
「澄ましてろ」
どう言っていいかわからなくて俺はそう言った。
すると、シアはキラキラと目を輝かせ始めた。
「ヤキモチですか!」
そんなことを妄言を吐くシアに溜息しか出ない。
「はあ……帰りてえ」
呟くと、後ろから声がかかった。
「帰ってもよろしいですわよ。十分目立ちましたから」
レーネだった。
レーネは疲れたように息を吐いた。
「こんなに質問責めにされたのは初めてですわ。ジュリは他の方にダンスに誘われていますし……久々に嫌なパーティです」
「ジュリアンはどこにいったんだ?」
他人からダンスに誘われたとしてもレーネ側から離れなさそうに思うのだけれど。
「踊っていますわ。不快になりたくないですから初めに決めていましたの。誘われたら踊ると。もっとも本人は声がかかるとは思っていなかったようですけれど」
やれやれと言いたげに肩をすくめるレーネを不思議に思う。
普通、その約束はレーネのためではなく、ジュリアンのために結ばれるものだろう。さっきのシアの言葉ではないけれど、他の人間と踊ってるのを見てヤキモチを焼くのはジュリアンの方に思える。
「レーネは誘われねえのか」
「わたくしは面倒ですので逃げてきたのです。ジュリは情けない顔でわたくしを見ていましたけれど、上手く立ち回る練習には丁度いいでしょう」
レーネは笑顔を保っている。けれど、どこか固いように感じた。
「しおらしいレーネというのも珍しいですね」
シアは真面目な顔で呟く。けれど、レーネは煽られたと思ったのか口を尖らせる。
「わたくしにだって怖いものはありますわ。例えどんな相手であれ、貶されるのって結構傷つくのですよ。わたくしはお兄様と違って至って普通の感性を持っていますので」
「シアと比べんのは間違ってんだろ。頭可笑しいんだから」
シアは俺とレーネの言葉に綺麗な笑顔で態とらしく首を傾げている。
レーネは溜息を吐いて、扇子を開いた。
「それをわかっていて一緒にいるフェイスは変態ですわね」
「はあ?それもシアのことだろ」
「いいえ。わたくし常々思っていましたの。フェイスも十分頭が可笑しいと。それに類は友を呼びますから、お兄様と親しくなる方がまともなわけありませんわ」
レーネは力なく首を振った。まるで手遅れだと言われているかのようだった。
「そんなに俺は可笑しいのか……?」
「僕と同じなのですから嬉しいでしょう?」
「別に嬉しくねえけど」
そこまで言って、自分が可笑しいかどうかはわからないけれど、シアと俺はお互い化け物同士なのだと思い出した。そういう意味では類は友を呼んでいる。
「もう帰ろうぜ」
ショックを受けたように固まってしまったシアに声をかける。こんなところで問答する意味なんてないのに、無駄なことをした。
俺は微妙な顔をしたシアの手を引いて、この場を後にした。
馬車に乗ったシアは何故だかメソメソしていたけれど、家に帰って着替えたら元通りになっていた。
その日、無事に面倒事が済んで気が抜けた俺は早々に眠ってしまった。そして、目が覚めると、隣にシアが寝ていて、思わずベッドから蹴落としていた。




