3.手抜きの練習
次の日から、ダンスとエスコートの練習が始まった。
シアは俺を叱らないので、レーネに慣れている俺は落ち着かない。出来ていないところはもっと叱咤してもらわないと逆にイライラする。
そんなことを思って、順調にレーネに飼い慣らされている自分にげんなりした。ジュリアンも将来こうなるのだろうと思うと、哀れだった。
「戦える人はダンスが上手いのですよ」
シアはそう言って俺にダンスを教える。
女パートも男パートも踊れるシアは俺をリードしながら優雅に踊っていた。俺は慣れない筋肉を使って全身筋肉痛だった。
出来なくても僕がどうにかしますと笑うシアに煽られている気になって、俺はガムシャラに練習した。それをシアはずっとつきっきりで見てくれている。
けれど、仕事はいいのだろうか。何をしているのかはよく知らないけれど、忙しいはずだ。
「俺にかかりきりでいいのか?」
「もちろんです。フェイ以上に大切なことなんてありませんから、ちゃんとお休みをいただいています」
シアはニコニコと完璧な笑みを浮かべている。胡散臭いなと思ったけれど、シアがいいというならいいのだろう。
俺は気にせずに練習を続けることにした。
慣れてくると、段々周りを見る余裕が出てくる。目が合ったシアはとても楽しそうに見えた。
俺に花が綻ぶような笑顔を向ける。
「ダンス好きなのか?」
「まさか。フェイ以外と踊るのは嫌いですよ。だから、というわけではないですけど、僕はパーティなんてほとんど出たことありませんし、公の場で踊ったのだって数えるほどです」
「へえ」
意外だった。確かにシアは目立つのは好きではないといっていたけれど、俺の目からは社交的なように見えていた。それに王弟だというならば、どうしても顔を出さなければいけないこともあるのではないのだろうか。
「あ、信じていませんね!誓って僕にはフェイだけですよ」
別にそれは疑っていない。どちらかといえば王弟というのが疑わしく思えてきた。
まあ、俺が深く考えても答えは出ないので、真面目に踊ることにする。
考えながら踊れるならば、それはダンスの感覚を掴んだということだからいいのかもしれないけれど、疲れるので。
そんな風にダンスは思いの外早く踊れるようになってきていた。代わりに困ったのはエスコートの方だ。
基礎の基礎はレーネに叩き込まれているけれどそれだけで、しかも、シアは指摘してくれないのだ。
俺を正すのではなく、シアが俺に合わせて満足している。
違う。そうじゃない。
これはレーネを召喚した方がいいのではないかと思いながら、俺は四苦八苦していた。
正しい動きを聞いてもシアは、フェイはそれでいいのですよとしか言わず、しっかりしろと怒っても喜ぶし、腹が立って殴っても喜ぶし。
シアはどうしてこうなんだ。
「シア、お前やる気あんのか?」
「ありますよ!」
「じゃあなんで真面目に教えてくれねえんだ!お前に見合うように俺はこれをやってんじゃねえのかよ!」
イライラしながら怒鳴ると、シアはしょんぼりと体を縮め、小さな声で呟いた。
「すぐに出来たらフェイが戻ってしまうじゃないですか……」
「はあ?」
そんな理由だとは思わなかった。まさか、ここにとどめたいからだったとは。
呆気に取られて俺は言葉を続けられない。
「わかってますよ!馬鹿みたいだって思っているのでしょう。けど、僕はフェイがいないと心が寒いんです」
消えてしまいそうな声音で言うものだから、心配になってシアを覗き込もうとした。けれど、そうするより先にシアが動いた。
「毎日泣き暮らしているのですよ!」
キリッとした顔でシアはこちらを見た。キメ顔なのだろうか。色々台無しだった。
そもそもシアを心配するなんて馬鹿馬鹿しいことだった。雰囲気につられてしまったけれど、本気で凹むようなたまではないと思う。
「なんでもいいけど、来週レーネが確認しにくるから出来てなきゃ叱られるんじゃねえの」
その時は俺も巻き添えになるから是非ともやめてほしいと思いながら、息を吐く。
さっきのシアの所為で冷えた手先を誤魔化すように俺は手を握り込んだのだった。
◆◆◆
二日後、来週と言っていたレーネが抜き打ち監査に来た。いかにシアが信用されていないかがわかる。
「じゃあ、踊ってくださいな」
レーネは来て早々、座ることもなく、俺たちをホールへ追い立てる。俺とシアは大人しくレーネに従った。
ダンスは自分の中で上手く出来たような気がした。レーネは軽く頷いてから勢いよく扇子をさした。シアに。
「お兄様!見ないうちに下手になったのではないですか?フェイスにばかり気を取られていないで、指の先まで意識して踊ってください」
冷たく言われて、シアは言葉を返せなくなっていた。自覚があるらしい。
今日もレーネの切れ味は抜群だ。
「特に女装をするのであれば、男性にはない嫋やかさの表現が求められますわ。正体を隠す気がないからといって、美しく見えなくていいというわけではありませんのよ!どちらかといえば一番美しく会場全体の視線を奪うようにしなければいけないことはわかっていますわよね?ドレスを着たら誤魔化せるなんて甘っちょろいことを考えているのなら、フェイスのパートナーは私が務めますから。よろしいですわね、お兄様」
シアはしおしおと萎びている。その姿があまりにも哀れみを誘って思わず声を出して笑ってしまった。
すると、レーネから視線が飛んでくる。叱られたくなくて気配を消していたのを忘れていた。
どんな言葉で刺されるのか肩をすくめて待っていると、レーネは思った以上に穏やかな声で話し始めた。 さっきシアにダメ出ししていた時とは大違いだ。あれは別人だったのではないかと思うほど激烈な感じだった。
「フェイスは及第点といったところですわね。貴族でないと思うなら上々でしょう。後は体に馴染むまで何度も踊れば問題ありませんわ」
こんなに軽く合格点が出るとは思わなかった。シアがあれだけ言われていたから俺もつねられると思っていたので、ホッとした。
「ああ、けれど、フェイス。慢心してはいけませんよ?あなたに限ってそんなことはないでしょうけれど、意識しなくなればすぐに形は崩れますからね」
その言葉にビクリと肩を揺らしながら俺は頷いた。
「後はエスコートですけれど、お兄様にはペナルティを設けた方がいいかしらね。手を抜いていらっしゃるようだから」
シアは絶望したように崩れ落ちた。
真面目にやっていればそんなこと言われなかっただろうに。レーネに対してのシアは脇が甘い。いや、俺に関することだからなのだろうか。
「待ってください、レーネ。どうかフェイを取り上げるのだけはやめてください」
「それはお兄様次第ですわ」
シアは涙目だ。それをレーネは鋭い目で見ている。
この二人は本当に気安い仲だ。従兄妹とはこんなにも親しくなれるものなのだろうか。あれ、そもそも従兄妹にしては年が離れているのでは。いや、シアが何歳か知らないけれど。
王の弟が王の息子と同い年の娘と従兄妹だ。シアは一体いくつなのだろう。グルグルと考えていると、二人の決着がついたらしい。まあ、決着といっても、シアが負ける結果しかないのだけれど。
「フェイ!どうか。どうか!真面目にやりますから見限らないでください」
縋りつかれて、眉根を寄せる。
想像以上にシアが荒ぶっている。一体レーネは何を言ったのだろうか。ゾッとしながら、俺はシアの髪をぐちゃぐちゃにかき回した。
流石にあれ以上追い討ちをかけるのは可哀想だった。けれど、髪を絡めてやろうと思って触ったのに、サラサラで全く乱れなかったのには納得がいかない。やはり殴ればよかったかもしれない。
そんなことを思いながらエスコートの練習に入っていく。
今以上に所作の綺麗なシアが見れるのなら、面倒そうなパーティとやらも楽しみな気がしてきた。




