2.シアの隣に帰る
家に帰るとさっきの今なのにシアが出迎えてくれた。忙しいはずなのに、シアがいるから驚いた。
「おかえりなさい、フェイ。会いたかったですよ」
抱きつかれて、殴るよりも先に思わず抱きしめてしまった。
まるで、自分が会いたかったと思っているように見える気がして、カッと体が熱くなる。とてつもなく恥ずかしい。
「ただいま、シア」
顔が見られないように肩口に顔を埋めてモゴモゴと返事をする。シアは何故だか硬直していた。
俺はどうにか落ち着こうとゆっくり息をした。鼻腔をくすぐるシアの匂いに段々と落ち着いてくる。スッキリとした草っぽい匂いにどこか安堵を感じた。
この匂いを初めて嗅いだ時は薬みたいであまり好きではなかったけれど、慣れてくると悪いものが浄化されるような気がして悪くない。
そんなことを思っていると、さっきから1ミリもシアが動いていないことに気がついた。
顔を上げると、シアは頬をピンクに染めていた。それだけ見ると恋をしている少女のようなのだけれど、涙をポロポロと流しているものだから綺麗な顔が台無しだった。
「おい、大丈夫か」
「ええ、大丈夫です。桃源郷はここにあったのだと感動しているだけですから」
安定の変態具合だ。どうやら正常らしい。
俺はいつものようにシアを突き飛ばして殴った。シアはキラキラと目を輝かせている。気持ち悪いし、怖い。
背筋がぞわぞわするのに耐えながら、俺はシアを放って屋敷の中に入っていく。
後ろからついてくるシアはスキップしそうなくらい嬉しそうな雰囲気を纏っていた。
その姿に少し口元が上がって、すぐに手で押さえる。なんだこれ。
「あ!」
そんな俺に気づかなかったシアは大きな声を出して、急に走り出した。
シアの奇行は今に始まったことではないので、俺はそのまま部屋に荷物を置きに行き、談話室に向かった。
家にいる時は基本、この談話室で過ごすことが習慣になっていた。シアもここにいるからすぐに殴れるし。
そんな談話室に俺が入ったタイミングでちょうどシアもやってきた。シアは何かを胸元に大切そうに抱いていた。不思議に思いつつもソファに座る。シアがゼロ距離で隣に座ったけれど、もう怒る気はなくなっていた。
元々気持ち悪いとは思っても嫌悪感はなかった。それに、もうこの温度にすっかり慣らされている。そして、拒否することを諦められるくらいには、シアが大切だった。
「フェイ!約束のものが出来たのです!」
シアはいそいそと胸に抱いていたものを俺に差し出した。よくわからないままに受け取ると、それは小さい箱だった。
シアに目を向けると大きく頷かれたので、俺はそれをゆっくり開けた。何故だか粗末にしてはいけないもののような気がした。
中から出てきたのは指輪と鎖だった。
「名前が覚えられないと言っていたでしょう?だから、指輪の内に僕の名前を彫ってあります。ネックレスにしてずっとつけていてくださいね」
言われて内側を見る。ソフィア・ヴァイスハインと彫ってあった。そうだ、そんな名前だ。
さらに観察していると、石が嵌め込まれている。真紅のそれはシアの瞳の色だった。
「ずっと僕と一緒のようで嬉しいでしょう?」
シアはふふんとドヤ顔で俺を見ている。殴られ待ちなのだろうか。絶妙に苛立つ顔をしている。
俺はいつものように腕を振りかぶった。けれど、殴ることは出来なかった。俺は急に手を引かれて、シアの方に倒れ込んでいた。そして、シアは首の後ろに手を回すように俺を抱きしめた。
「は……?」
驚きでキョトンとしてしまう。
動くことも出来ずにされるがままになっていると、小さくシアが笑ったのがわかった。ムッとして体を起こすと、首元の何かを弾かれる。
「よく似合っていますよ」
目を落とすと、さっきもらった指輪がチェーンに通されて首にかけられていた。
「ちゃんとした指輪はまた送らせてください」
シアは俺の手をとって指に口付ける。
どうにもむず痒い気持ちになって俺は手を払った。シアはそれでもヘラヘラ笑っているので舌打ちをして顔を背ける。俺だけペースが崩されたような気がして納得がいかない。
やっぱり殴ろうともう一度手を振り上げると、今度は受ける気満々のシアが目に入る。気持ち悪い。俺はその感覚をどうにかしたくて、振り下ろした。
シアはやはり鼻血をたらしながら笑っている。いつもそんなピンポイントなダメージを受ける意味が本当にわからない。
結局、俺は溜息を吐いて呆れるしかなかった。
こんなやりとりをすると帰ってきたという感覚が強くなる。
俺は慣れないネックレスをいじりながら、紅茶を飲んでいた。
レーネに叩き込まれた所為で、意識しなくても音を鳴らさずに飲めるようになっていた。
「……所作が綺麗になりましたね」
シアは口を尖らせている。
前に帰ってきた時も同じ反応をしていた。俺に自分以外の手が入るのが嫌らしい。正直意味がわからない。
「レーネはスパルタだからな」
「……そんなにレーネがいいんですか」
また面倒なことを言い出した。
「いいもなにもお前が俺のことレーネに頼んだんじゃないのか」
使命感に燃えていたレーネを思い出す。
何もなければ到底俺と関わりあいたいとは思わないだろう。
「頼むわけないじゃないですか。僕はそのままのフェイでよかったのですよ。けど、レーネがフェイといたいなら我慢しろと」
シアは項垂れてしまった。
レーネには勝てないらしい。シアが言い負かされるということはレーネが正しいということだろう。
「じゃあ、我慢しろ。俺がなんのためにレーネの扱きに耐えてるのかわかんなくなるだろうが」
全部シアのためだったはずだ。
「フェイが冷たいです……」
シアはメソメソし始めた。これを間に受けると長くなるので、無視をして話をすることにした。
「そんなことより、パーティのパートナーの話だろ。レーネが連絡するって言ってたけど?」
「ああ、僕のフェイに粉をかけた厚顔無恥な女の話ですか」
そうだけれどそうではない、と思う。
女よりも俺が踊れないことの方が問題だろうし、本当にシアをパートナーに出来るのかの方が重大だ。
「シアがパートナーになるんだろ?女装でもすんのか?」
「そうですね。女装か魔術を使うか……フェイはどちらがいいですか?」
「あー、女装の方がめんどくさくなさそう」
言ってから、この長身で女装出来るのだろうかと思った。顔は綺麗だからメイクとやらでどうにかなるのだろうけれど、高身長は誤魔化せないだろう。
「わかりました。では頑張って着飾りますね。髪も長いことですし」
シアはこともなげにそう言った。
特に問題はないらしい。そんなことよりも自分が着るドレスをどうしようかとワクワクしているようだった。女装趣味まであったのだろうか。
引く事実なのに、似合ってしまいそうなのが悔しい。
「何色のドレスがいいでしょう。フェイ、希望はありますか?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「え……。だって、パートナーですし。あなたのシアがドレスを着るのですよ?」
不思議そうに言われて、俺が可笑しいのかと一瞬思ったけれど、あなたのシアで正気に戻った。俺が選ぶ必要はないだろう。
「何も希望がないのでしたら、フェイの髪と瞳の色にでもしましょうかね。プラチナブロンドにシルバーグレーなんてゴージャスでいいですから。僕の髪と瞳も浮きませんし」
シアはうんうんと頷きながら勝手に納得している。
「フェイの髪は本当に綺麗な色していますよね。伸ばせばもっと素敵ですよ?」
「鬱陶しいからぜってぇ嫌だ」
大体男で髪を伸ばしていいのは、顔が綺麗な奴だけだ。
シアは残念そうに眉を下げながら、今度服を見繕いに行きましょうねと笑っている。
こういう時、偉い人間は家に呼んだりするのではないのかと首を傾げていると、考えを読んだかのようにシアが答える。
「デートしたいじゃないですか」
はにかむ姿に心臓が変に跳ねた。不整脈だろうか。健康優良児なはずなのだけれど。
俺はわかったと頷いて、会話をきったのだった。




