第5話 恐雷説
思超堂・地下の間
その広さは民間十戸分にも及ぶ。
本来は、思超の実験に使われる部屋だ。
この日だけ、孫操備が思超堂の館長に許可を貰い、司馬章と李光の思超対決に使用することとなった。
「決闘とはいえ、命までは奪わん。腕や脚を欠くような真似も、無しだ」
間の中央で、李光と司馬章が向かい合う。
李光の宣告に、司馬章も同意したように頷いた。
両者はその場から二十歩下がる。
互いの目を見つめながら。
彼らの周りには、孫操備をはじめとする、多くの学者が集まっている。
地下の間全体に、緊迫した空気が満ちていた。
「どちらか倒れてから、十を数え終えるまでに立ち上がらなければ、決着とする」
李光の声が冷たく届く。
「あぁ…!!」
司馬章は熱い声で返した。
李光は両手で蒼い服の上から両肩を掴む。
すると、指先から青白い光が小さく飛び出した。
パチ…パチ…
と音を立てて、青白い光は弾ける。
(あれは…雷…?)
司馬章は少し気に留めた。
すぐに彼も戦闘体制をとる。
左足を後ろへ、左拳を強く握る。
次の瞬間、李光は交差して肩を掴んでいた両手を、勢いよく解き放す。
青白い光は爆発的に広がり、李光の拳を包み込む。
李光は、獲物を狩る獣のように、第一関節を曲げている。
「始めろ!!!操備!!」
李光が叫ぶ。
「始めぇえええ!!!!」
孫操備が大声で号令をかけた。
その瞬間、李光は爆速で司馬章の間合いに入り込んだ。
その歩数、僅か二歩。
李光の青白い光を纏った右拳が、司馬章の腹を殴り飛ばした。
(速い…!!)
司馬章は宙を回り、十歩後ろに落ちた。
頑丈な床のため、背中に痛みが一度に走る。
なんて速さだ。ちくしょう。
司馬章は鼻下を軽く擦り、立ち上がる。
李光は右拳を左手に打ちつけ、青白い光を増幅させていた。
「お前…雷は怖いか…?」
「雷…?」
「俺の思超は【恐雷説】。人が雷を恐れる理由を突き詰めた、雷を操る思超だ」
李光がもう一度、右拳を左手に打ちつける。
青白い光…すなわち雷は、バチバチと音を上げる。
「俺と同じ司質式の思超家か」
「あぁ!司質式最速の思超だ!!!」
李光は少し興奮気味に答えた。
今だ。
司馬章は地面を思い切り蹴った。
足から炎を噴射し、脚力を上げながら走る。
そのまま、火炎を纏った右拳で、李光の顔面を狙った。
「炎打!!!!」
孫操備が技名を唱えて戦ったことに憧れ、彼もまた、自分の攻撃に名を付け、技にする。
火炎渦巻く拳が、李光の金髪に触れようとした直前、
「遅えよ、鈍足」
「!?」
李光が雷を帯びた足で跳び、司馬章の背後に回った。
そのまま彼の朱色の上着越しに背を掴み、地に叩き落とす。
司馬章はこめかみを強く打ちつけ、短く太い悲鳴をあげた。
李光の攻撃は止まらない。
司馬章が立ち上がる前に、彼の背を掴み上げる。
そして、左脚の膝蹴りが、司馬章の腹に炸裂した。
腹筋は雷の流れに刺激され、強制的に柔らかくなっていく。
司馬章は腹の中の空気を吐き出してしまった。
「どうした!この程度か!?これじゃあ、天理への復讐どころじゃねえぞ!!!」
李光の口角が上がる。
蹴りを喰らった司馬章は、地に倒れる寸前、李光に向かって強力な火炎を放射した。
だがそれも、雷を纏った李光の手足に掻き消される。
司馬章は着地と同時に横へ転がり、李光の攻撃をかわす。
その間、ふと考えた。
あの速さについていけないのであれば、常に炎を纏えば良いのではないか…と。
「虫みてぇに逃げてんじゃねぇ!」
李光は興奮しながら怒鳴り声を上げる。
より速い速度で、転がり回る司馬章を殴りつけた。
司馬章はこの一撃には何とか耐えた。
少し李光と距離を置くと、素早く立ち上がる。
「ハァッ!」
司馬章の全身が発火した。
表面から赤き炎が轟々と燃え上がる。
再び李光の拳が迫って来た。
だが、司馬章は避けようともしない。
身体の周りの炎に当たった瞬間、熱さのあまり、手を下げるだろう。
そんなことを考え、ただ平然と立ち尽くしていた。
しかし、それは誤算であった。
炎の熱をもろともせず、李光の拳は司馬章の頬を捉えた。
一発ではない。一瞬で、十発。雷が十度も点滅する。
李光の連撃は、司馬章を火炎の鎧ごと打ち飛ばした。
「がああぁぁッ!!!」
司馬章は倒れ、動きを止めた。
「十…九…八…」
操備の秒読みが始まる。
李光は雷を解除して、その様を見下ろした。
だが、司馬章は微動だにしない。
(殺してないよね…李光)
(そんな顔で見るな。あれくらいで死ぬワケないだろ)
二人はじっと視線を合わせた。
だが、本当に李光が殺したかのように、司馬章は動かない。
(ちょっ…李光…!?これマズいよね!?)
(違う違う違う違う!!絶対死んでない!!…多分!)
急に李光が冷や汗を流した。
観衆の学者たちも、青ざめた顔をしている。
((思超家っておっかねぇ…))
「六…五…四…」
それでも秒読みを止めることはできない。
ついに、残り「三」に到達した。
「俺の勝ち…だな」
「ニ…」
そして、「一」に到達する。
そのときだった。
突如、李光の目前…ギリギリのところで、司馬章が起き上がっていたのだ。
李光は突然の出来事に驚き、固まってしまった。
司馬章は、今すぐにでも、李光の顔を殴り上げようとする表情だ。
「マズいッ…!」
この距離じゃ間に合わない。殴られる。
李光が、彼の攻撃を覚悟したとき、
司馬章は掌を前にそっと出した。
「決闘…再会で」
司馬章は操備に伝える。
その行動に、その場の全員が目を丸くしていた。
李光も、唖然としながら訊ねる。
「何故…今、俺をやらなかったんだ…?」
「卑怯なやり方でお前を旅に同行させても、それは奴隷と変わらないじゃないか」
李光は口を閉ざした。
司馬章の真剣な顔。
まるで、こちらの心まで燃やしていくかのような、情熱の眼差し。
司馬章の方が背が少し低いからだろうか。
彼を見上げる眼は、何かを本気で超えていきたいと思う、上へ上へと燃え上がる炎にも見えた。
「俺は、俺の実力を持ってお前に勝つ!それでも嫌なら断ればいい。また他をあたるだけのこと。俺は、この力を以て、お前と志を一つにしたいだけなのだから!!!!」
李光の全身が、帯電した時よりも痺れた。
いや、彼だけではない。既に仲間となった孫操備、そして観衆の学者たちも、司馬章の言葉に震えていた。
(まだ会ったばかりだけど…やっぱ君最高だよ…!司馬章…!!)
司馬章はそのまま戦闘体制をとる。
「李光。続きだ!!いくぞ!」
李光は、しばらく固まっていた。
だが、今の言葉で再び戦闘体制に入る。
両者は、その場で睨み合いながら、孫操備の掛け声を待つ。
「始め!!!」
操備の声が空間中に響き渡る。
早速、李光は司馬章の首元を掴む。
同時に力を入れ、放電を試みた。
だがその瞬間、李光の右腕に炎が流れ込む。
そして、司馬章の炎は瞬く間に李光を飲み込んだ。
「ぐッ…!!」
李光が慌てて下がった瞬間を、司馬章は逃さなかった。
炎の力で前に勢いよく飛びかかる。
彼の右手には、肘まで広がる火炎が纏わりつく。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
司馬章は雄叫びを上げ、右拳を前に放つ。
流石の李光も、この距離は交わしきれない。
李光は両腕を交差し、雷を帯電した。
(雷は人々を恐れさせるもの…完全なる“攻”の存在!!!…だから、“防”には不向きッ!!)
「炎打ァアアアアアァァ!!!!!!!!」
火炎の右拳が、李光の両腕に炸裂する。
爆風が空間全体に広まり、操備や観衆たちは目を守る。
李光は足から雷の波を流し、前から加わる司馬章の力を相殺しようとした。
だが、単純な攻撃力と質量では、司馬章の方が遥かに上だった。
赤熱の業火が李光を遠くへ突き飛ばした。
煙がもくもくと昇り、二人の行方を眩ませる。
その時、一閃の雷が煙を切り裂いた。
煙が消え、互いに三十歩以上離れた二人の姿が見える。
どちらも等しくボロボロ。だが、あの激突を耐え抜いたのだ。
「「おお…」」
観衆たちが感嘆の声を上げる。だが、その声は二人に届かない。
李光は両腕を下に垂らし、脱力しながら言った。
「…見事だ。さっきの言葉、訂正する。恥ずかしい限りだ」
「…俺もだ。思超家の実力を侮っていた。打倒天理なんて、傲慢も良いところだ」
しばらくの静寂の後、二人は一斉に叫んだ。
「「これでッ…最後だ!!!!」」




