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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
5/63

第5話 恐雷説

 思超堂(しちょうどう)・地下の間


 その広さは民間十戸分にも及ぶ。

 本来は、思超(しちょう)の実験に使われる部屋だ。

 この日だけ、孫操備(そんそうび)思超堂(しちょうどう)の館長に許可を貰い、司馬章(しばしょう)李光(りこう)思超(しちょう)対決に使用することとなった。


「決闘とはいえ、命までは奪わん。腕や脚を欠くような真似も、無しだ」


 間の中央で、李光(りこう)司馬章(しばしょう)が向かい合う。

 李光(りこう)の宣告に、司馬章(しばしょう)も同意したように頷いた。


 両者はその場から二十歩下がる。

 互いの目を見つめながら。

 彼らの周りには、孫操備(そんそうび)をはじめとする、多くの学者が集まっている。

 地下の間全体に、緊迫した空気が満ちていた。


「どちらか倒れてから、十を数え終えるまでに立ち上がらなければ、決着とする」


 李光(りこう)の声が冷たく届く。


「あぁ…!!」


 司馬章(しばしょう)は熱い声で返した。


 李光(りこう)は両手で蒼い服の上から両肩を掴む。

 すると、指先から青白い光が小さく飛び出した。

 パチ…パチ…

 と音を立てて、青白い光は弾ける。


(あれは…雷…?)


 司馬章(しばしょう)は少し気に留めた。

 すぐに彼も戦闘体制をとる。

 左足を後ろへ、左拳を強く握る。


 次の瞬間、李光(りこう)は交差して肩を掴んでいた両手を、勢いよく解き放す。

 青白い光は爆発的に広がり、李光(りこう)の拳を包み込む。

 李光(りこう)は、獲物を狩る獣のように、第一関節を曲げている。


「始めろ!!!操備(そうび)!!」


 李光(りこう)が叫ぶ。


「始めぇえええ!!!!」


 孫操備(そんそうび)が大声で号令をかけた。

 その瞬間、李光(りこう)は爆速で司馬章(しばしょう)の間合いに入り込んだ。

 その歩数、僅か二歩。

 李光(りこう)の青白い光を(まと)った右拳が、司馬章(しばしょう)の腹を殴り飛ばした。


(速い…!!)


 司馬章(しばしょう)は宙を回り、十歩後ろに落ちた。

 頑丈な床のため、背中に痛みが一度に走る。

 なんて速さだ。ちくしょう。

 司馬章(しばしょう)は鼻下を軽く擦り、立ち上がる。

 李光(りこう)は右拳を左手に打ちつけ、青白い光を増幅させていた。


「お前…雷は怖いか…?」

「雷…?」


「俺の思超(しちょう)は【恐雷説(きょうらいせつ)】。人が雷を恐れる理由を突き詰めた、雷を操る思超(しちょう)だ」


 李光(りこう)がもう一度、右拳を左手に打ちつける。

 青白い光…すなわち雷は、バチバチと音を上げる。


「俺と同じ司質式(ししつしき)思超家(しちょうか)か」

「あぁ!司質式(ししつしき)最速の思超(しちょう)だ!!!」


 李光(りこう)は少し興奮気味に答えた。

 今だ。

 司馬章(しばしょう)は地面を思い切り蹴った。

 足から炎を噴射し、脚力を上げながら走る。

 そのまま、火炎を(まと)った右拳で、李光(りこう)の顔面を狙った。


炎打えんだ!!!!」


 孫操備(そんそうび)が技名を唱えて戦ったことに憧れ、彼もまた、自分の攻撃に名を付け、技にする。

 火炎渦巻く拳が、李光(りこう)の金髪に触れようとした直前、


「遅えよ、鈍足」

「!?」


 李光(りこう)が雷を帯びた足で跳び、司馬章(しばしょう)の背後に回った。

 そのまま彼の朱色の上着越しに背を掴み、地に叩き落とす。

 司馬章(しばしょう)はこめかみを強く打ちつけ、短く太い悲鳴をあげた。


 李光(りこう)の攻撃は止まらない。

 司馬章(しばしょう)が立ち上がる前に、彼の背を掴み上げる。

 そして、左脚の膝蹴りが、司馬章(しばしょう)の腹に炸裂した。

 腹筋は雷の流れに刺激され、強制的に柔らかくなっていく。

 司馬章(しばしょう)は腹の中の空気を吐き出してしまった。


「どうした!この程度か!?これじゃあ、天理(てんり)への復讐どころじゃねえぞ!!!」


 李光(りこう)の口角が上がる。

 蹴りを喰らった司馬章(しばしょう)は、地に倒れる寸前、李光(りこう)に向かって強力な火炎を放射した。

 だがそれも、雷を(まと)った李光(りこう)の手足に掻き消される。


 司馬章(しばしょう)は着地と同時に横へ転がり、李光(りこう)の攻撃をかわす。

 その間、ふと考えた。

 あの速さについていけないのであれば、常に炎を(まと)えば良いのではないか…と。


「虫みてぇに逃げてんじゃねぇ!」


 李光(りこう)は興奮しながら怒鳴り声を上げる。

 より速い速度で、転がり回る司馬章(しばしょう)を殴りつけた。

 司馬章(しばしょう)はこの一撃には何とか耐えた。

 少し李光(りこう)と距離を置くと、素早く立ち上がる。


「ハァッ!」


 司馬章(しばしょう)の全身が発火した。

 表面から赤き炎が轟々と燃え上がる。

 再び李光(りこう)の拳が迫って来た。

 だが、司馬章(しばしょう)は避けようともしない。

 身体の周りの炎に当たった瞬間、熱さのあまり、手を下げるだろう。

 そんなことを考え、ただ平然と立ち尽くしていた。


 しかし、それは誤算であった。

 炎の熱をもろともせず、李光(りこう)の拳は司馬章(しばしょう)の頬を捉えた。

 一発ではない。一瞬で、十発。雷が十度も点滅する。

 李光(りこう)の連撃は、司馬章(しばしょう)を火炎の鎧ごと打ち飛ばした。


「がああぁぁッ!!!」


 司馬章(しばしょう)は倒れ、動きを止めた。


「十…九…八…」


 操備(そうび)の秒読みが始まる。

 李光(りこう)は雷を解除して、その様を見下ろした。

 だが、司馬章(しばしょう)は微動だにしない。


(殺してないよね…李光(りこう)

(そんな顔で見るな。あれくらいで死ぬワケないだろ)


 二人はじっと視線を合わせた。

 だが、本当に李光(りこう)が殺したかのように、司馬章(しばしょう)は動かない。


(ちょっ…李光(りこう)…!?これマズいよね!?)

(違う違う違う違う!!絶対死んでない!!…多分!)


 急に李光(りこう)が冷や汗を流した。

 観衆の学者たちも、青ざめた顔をしている。


((思超家(しちょうか)っておっかねぇ…))


「六…五…四…」


 それでも秒読みを止めることはできない。

 ついに、残り「三」に到達した。


「俺の勝ち…だな」

「ニ…」


 そして、「一」に到達する。


 そのときだった。


 突如、李光(りこう)の目前…ギリギリのところで、司馬章(しばしょう)が起き上がっていたのだ。

 李光(りこう)は突然の出来事に驚き、固まってしまった。

 司馬章(しばしょう)は、今すぐにでも、李光(りこう)の顔を殴り上げようとする表情だ。


「マズいッ…!」


 この距離じゃ間に合わない。殴られる。

 李光(りこう)が、彼の攻撃を覚悟したとき、

 司馬章(しばしょう)は掌を前にそっと出した。


「決闘…再会で」


 司馬章(しばしょう)操備(そうび)に伝える。

 その行動に、その場の全員が目を丸くしていた。

 李光(りこう)も、唖然としながら訊ねる。


「何故…今、俺をやらなかったんだ…?」


「卑怯なやり方でお前を旅に同行させても、それは奴隷と変わらないじゃないか」


 李光(りこう)は口を閉ざした。

 司馬章(しばしょう)の真剣な顔。

 まるで、こちらの心まで燃やしていくかのような、情熱の眼差し。

 司馬章(しばしょう)の方が背が少し低いからだろうか。

 彼を見上げる眼は、何かを本気で超えていきたいと思う、上へ上へと燃え上がる炎にも見えた。


「俺は、俺の実力を持ってお前に勝つ!それでも嫌なら断ればいい。また他をあたるだけのこと。俺は、この力を以て、お前と志を一つにしたいだけなのだから!!!!」


 李光(りこう)の全身が、帯電した時よりも痺れた。

 いや、彼だけではない。既に仲間となった孫操備(そんそうび)、そして観衆の学者たちも、司馬章(しばしょう)の言葉に震えていた。


(まだ会ったばかりだけど…やっぱ君最高だよ…!司馬章(しばしょう)…!!)


 司馬章(しばしょう)はそのまま戦闘体制をとる。


李光(りこう)。続きだ!!いくぞ!」


 李光(りこう)は、しばらく固まっていた。

 だが、今の言葉で再び戦闘体制に入る。

 両者は、その場で睨み合いながら、孫操備(そんそうび)の掛け声を待つ。


「始め!!!」


 操備(そうび)の声が空間中に響き渡る。

 早速、李光(りこう)司馬章(しばしょう)の首元を掴む。

 同時に力を入れ、放電を試みた。


 だがその瞬間、李光(りこう)の右腕に炎が流れ込む。

 そして、司馬章(しばしょう)の炎は瞬く間に李光(りこう)を飲み込んだ。


「ぐッ…!!」


 李光(りこう)が慌てて下がった瞬間を、司馬章(しばしょう)は逃さなかった。

 炎の力で前に勢いよく飛びかかる。

 彼の右手には、肘まで広がる火炎が(まと)わりつく。


「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


 司馬章(しばしょう)は雄叫びを上げ、右拳を前に放つ。

 流石の李光(りこう)も、この距離は交わしきれない。

 李光(りこう)は両腕を交差し、雷を帯電した。


(雷は人々を恐れさせるもの…完全なる“攻”の存在!!!…だから、“防”には不向きッ!!)


「炎打ァアアアアアァァ!!!!!!!!」


 火炎の右拳が、李光(りこう)の両腕に炸裂する。

 爆風が空間全体に広まり、操備(そうび)や観衆たちは目を守る。

 李光(りこう)は足から雷の波を流し、前から加わる司馬章(しばしょう)の力を相殺しようとした。

 だが、単純な攻撃力と質量では、司馬章(しばしょう)の方が遥かに上だった。


 赤熱の業火が李光(りこう)を遠くへ突き飛ばした。

 煙がもくもくと昇り、二人の行方を眩ませる。


 その時、一閃の雷が煙を切り裂いた。

 煙が消え、互いに三十歩以上離れた二人の姿が見える。

 どちらも等しくボロボロ。だが、あの激突を耐え抜いたのだ。


「「おお…」」


 観衆たちが感嘆の声を上げる。だが、その声は二人に届かない。

 李光(りこう)は両腕を下に垂らし、脱力しながら言った。


「…見事だ。さっきの言葉、訂正する。恥ずかしい限りだ」

「…俺もだ。思超家(しちょうか)の実力を侮っていた。打倒天理(てんり)なんて、傲慢も良いところだ」


 しばらくの静寂の後、二人は一斉に叫んだ。


「「これでッ…最後だ!!!!」」

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