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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
4/63

第4話 長安の学童

 司馬章(しばしょう)孫操備(そんそうび)は、天理(てんり)討伐に必要な思超家(しちょうか)を求め、思超堂(しちょうどう)へと足を踏み出す。


 思超堂(しちょうどう)


 長安(ちょうあん)南部にそびえ立つ巨大な蔵書の館であり、あらゆる思想家がここに集う。

 あらゆる学問の書が保管されており、多くの学者がいた。

 右を向けば熱い議論を行う者。

 左を向けば清談を行う者。

 前を向けば読書に励む者。

 数多の学者が、この「長安(ちょうあん)の学童」の空気を楽しんでいた。


「ここが思超堂(しちょうどう)か……想像していた以上に大きいな」

「当然さ。ここは“長安の学童”だからね。思超家(しちょうか)だけじゃなくて、普通の学者もいる。というか、そっちが大半だ」


 孫操備が答えた。

 よく見ると、この場で思超家(しちょうか)らしき人間は一人もいない。

 皆、何かの学者であるかのようだった。


 二人は堂内へと足を踏み入れた。

 高く伸びる柱、天井近くまで積み上げられた戸棚、行き交う学者たちの清談の声。

 歩くだけでも知恵を得たような気分だ。

 司馬章(しばしょう)は少し前を歩き、戸棚の蔵書に触れる。

 論語、史記、春秋、詩経、漢書、孫子、荘子、荀子、墨子、韓非子…

 思想の垣根を超えた、あらゆる学問の書が立ち並ぶ。

 司馬章(しばしょう)の目に光が差し込む。

 司馬章(しばしょう)は手に取った「論語」を開こうとした。


「何してるんだ、司馬章(しばしょう)


 操備(そうび)の声で司馬章(しばしょう)は我に返り、「論語」を閉じた。

 操備(そうび)が後ろで待っている。

 彼は司馬章(しばしょう)の表情を見ると、少しニヤついた顔をした。


「気持ちは十分分かるが、まずはこっちだ」

「ハハ…すまん…」


「おや、お久しぶりですな。操備(そうび)殿」


 数名の学者が足を止め、声をかけてきた。

 思超堂(しちょうどう)の学者は、思想の異なる者とも友好的に交わる。

 変に他派と正面から対立するより、清談などの自由な議論を通して知恵を深める方が得だからだ。

 それ故に、ここは自由な学問が保証され、「長安(ちょうあん)の学童」と呼ばれている。


「こんにちは、皆さん」


 操備(そうび)が挨拶を返す。

 学者の一人が、もう一人の存在に気がついた。


「おや……そちらの方は?」

「炎を探求する思想家にして、炎を操る思超家(しちょうか)司馬章(しばしょう)です」

「どうも」


 司馬章が一礼する。

 学者たちは一瞬の沈黙ののち、何かに気づいたようにざわめいた。

 学者の一人が彼に問う。


「……ということは、君はあの司馬典(しばてん)殿の縁者か?」

「……はい。孫にあたります」

「そうか、そうか。司馬典(しばてん)殿はよくこの堂に足を運ばれてね。何度も我々と議論を重ねたものだ」


 彼らは和やかな喜びを出す。

 司馬典(しばてん)と聞いた瞬間から、全員が緩やかな笑顔になっていた。

 もう一人が訊く。


「最近はどうかね。ご健在であったかな?」


 司馬章は言葉に詰まった。

「亡くなりました」と告げるべきだと頭では理解している。

 だが、彼らの語り口から、祖父がどれほど深い親交を結んでいたかが痛いほど伝わってきた。


「祖父は……」


(また、じいちゃんに会えると……楽しみにしていたのかもしれない。それでも……)


「……亡くなりました」


「!」「!」「!」「!」


 学者たちは、その一言に言葉を失った。

 涙は流れない。

 だが、衝撃と悲しみを、眼が露わにしていた。


「……そう、か……それは……」


 彼らは皆、司馬章よりも年長であった。

 かつて彼も大切な者を失った。

 その記憶を胸に呼び起こしたのだ。

 だが同時に、相手を気遣い、言葉を選びながら告げたであろう。

 そんな彼の心中を察していた。


 堂内に、しばし静かな沈黙が流れた。

 それは悲しみではなく、追悼を意味する沈黙であった。


「ところで……司馬章(しばしょう)殿は、どういう理由でここへ?」


 一人の学者が、そっと話題を変える。


 司馬章(しばしょう)は、また言葉に詰まった。

 ここに来た真の目的…祖父を殺された復讐のためだとは、どうしても言えなかった。

 それを口にすれば、先ほどの話と結びつき、場の空気をさらに重くしてしまう。


「……旅をしてます。その道中で、力ある思超家(しちょうか)を仲間に迎えたいと思い、ここへ来ました」

「今、李光(りこう)はいますか?」


 操備(そうび)が代わって、学者たちに問いかける。


「ああ、彼なら三階にいるはずだ」


 操備(そうび)司馬章(しばしょう)に近づき、小声で囁いた。


「他にも思超家(しちょうか)はいるが、まずは李光(りこう)という思超家(しちょうか)を誘おう。アイツは、僕の友人なんだ」

「分かった」


 二人は階段へと向かった。その途中、司馬章(しばしょう)はふと思い立ち、孫操備(そんそうび)に声をかける。


「なあ……思超(しちょう)って、いったいどれほど種類があるんだ?」

「思想をまとめた書の数だけ、思超(しちょう)はあると思えばいい」

「俺、天理(てんり)とじぃちゃんが戦っていたとき……天理(てんり)が、真っ黒で、この世のものとは思えない“何か”を操っていた気がするんだ」


 孫操備は歩みを緩め、しばし考え込んだのち、静かに答えた。


「それは……陰だろうね」

「…陰?」

「いいかい、司馬章(しばしょう)思超(しちょう)は大きく六つの“式”に分類される。あの書を取ってくれ」


 司馬章(しばしょう)は足を止め、階段に沿った近くの書架から、一冊の分厚い書を抜き取った。

 表紙には、力強い筆致でこう記されている。


思超(しちょう)大全】


 司馬章(しばしょう)は、そっと書を開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 思超(しちょう)は、次の如く分類される。


 司質式(ししつしき)

 物質・感情など、言葉にできる概念そのものを我がものとし、自在に操る思超(しちょう)

 特定の対象に焦点を当てた思想・学問はここに繋がる。


 数学式(すうがくしき)

 数的な状態・状況を操作し、現象を成立させる思超(しちょう)

 数に関する原理を生み出した思想・学問はここに繋がる。


 成体式(せいたいしき)

 肉体を強化・変質させ、別の個体へと変化させる思超(しちょう)

 自らの存在の再定義を試みる思想・学問はここに繋がる。


 環境式(かんきょうしき)

 周辺の環境を変化させる思超(しちょう)

 世の存在の再定義を試みる思想・学問はここに繋がる。


 護獣式(ごじゅうしき)

 神・霊・獣などを顕現させる思超(しちょう)

 存在への崇拝または信仰の色を持つ思想・学問はここに繋がる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「理解できたかい?」


 孫操備が尋ねる。

 司馬章(しばしょう)は髪を掻きながら答えた。


「何となくな。つまり……俺は司質式(ししつしき)で、操備は数学式(すうがくしき)、ってことか?」

「そういうこと。こうして分類して考えれば、その思超(しちょう)家が何を信じ、何を探究しているのかも、自然と見えてくるだろう?」

「確かに……司質式(ししつしき)は、一つの概念を突き詰める思想家って感じがするな。護獣式(ごじゅうしき)は……宗教の信仰者に近いか」

「うん。だから天理(てんり)は、陰を具象化する司質式(ししつしき)思超家(しちょうか)かもしれないね。ま、詳しいことは、思超(しちょう)学の学者に訊くのが一番だ」


 司馬章(しばしょう)は、静かに頷いた。

 一見すれば不可解に思える思超(しちょう)であっても、その根にある思想を知れば、術の成り立ちは理解できる。

 思超(しちょう)とは、理由なき能力ではなく、意志そのものなのだ。

 司馬章(しばしょう)は、そう悟り、【思超(しちょう)大全】を戸棚にしまった。



 思超堂(しちょうどう) 三階


「やあ、李光(りこう)


 書架の間に立っていた一人の思超家(しちょうか)が、ゆっくりと振り返った。

 背は司馬章(しばしょう)より少し高く、同い年に見える。

 藍色の服は整っているようで、少しゆらっと乱れている。

 そして、金髪。変わった男だ。

 この男こそ、李光(りこう)であった。


操備(そうび)か……隣は?」


司馬典(しばてん)の孫、炎の思超家(しちょうか)司馬章(しばしょう)だ」

「……あぁ。噂に聞くあのじーさんの孫か。で、用件は何だ」


 李光(りこう)は余計な前置きを嫌うように司馬章(しばしょう)を睨んだ。

 視線は鋭く、まるで雷である。


 司馬章(しばしょう)は一歩前を出て、頭を下げた。


「頼む。俺の旅に同行してほしい」

「へぇ…どんな旅だ?」

「じぃちゃんを殺した男・天上王真理公子てんじょうおうしんりこうしを討つための旅だ」


 司馬章(しばしょう)は背を正し、凛とした眼差しで李光(りこう)を見据えた。


「…つまり、この俺に天理(てんり)を倒せ…ということか」


李光(りこう)、奴は反乱軍の兵士でもある。思超家(しちょうか)が戦争に加担するなんて、あってはならないことなんだ……僕からも頼む」


 孫操備(そんそうび)もまた、深く頭を下げた。

 李光(りこう)は目を閉じ、考える。

 …堂内に沈黙が落ちる。

 李光(りこう)はやがて、吐き捨てるように言った。


「雑魚との旅は、命を無駄に賭けるようなものだ」

「お、おい!李光(りこう)!言い方ってものがあるだろう!」


 操備(そうび)が声を荒げたが、李光(りこう)は取り合おうとしない。

 彼は、黄色い頭髪を向けて歩き去ろうとした。


操備(そうび)……俺が未熟なのが悪い。別の協力者を探すか、もっと強くなってから出直すよ」


 司馬章はそう言って友をなだめる。

 そして、彼も李光(りこう)に背を向けようとしたときだった。


「……オイ…俺は、お前が弱いとは言っていないぜ」

「え?」


 思わず司馬章(しばしょう)が振り返る。

 李光(りこう)は立ち止まり、わずかに振り返った。


「地下へ来い。決闘だ。お前が勝ったなら…その旅、付き合ってやる」

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