第6話 眩い決闘
思超堂・地下の間
李光は一瞬の内に五十発の帯電した拳を放つ。
司馬章はその全てを正面から受け止めた。
あらゆる刺激が筋肉を伝って全身に走る。
その痛みに耐えきれず、喉から血が湧き上がって来た。
故に、司馬章は歯を食い縛る。
その歯の隙間から血が溢れ、眼が充血しようとも。
雷の嵐が続く中、決して引くことはなかった。
そして李光の五十回目の突きと同時に、司馬章は火炎の左拳を放つ。
再び熱の衝突による大爆発が発生した。
李光はその瞬間、すぐに身を引く。
革靴と床の摩擦で、小さな雷が発生する。
摩擦で生じた雷は、彼の脚を伝って、腹と胸を通過する。
そして、両腕へと移り、留まる。
孫操備は李光の腕に着目した。
この闘いの中で、李光は常に両手に雷を纏っていた。
それは、自他ともに視認することが可能だ。
ツンツンとした青白い光の雷は、常に李光の頭ほどの大きさを保っていた。
だが、李光の両腕に纏う雷は…今だけはその三倍、大きかった。
___あの雷の量…アレを使うのか…李光
操備は息を飲む。
李光はかつてないほど、本気の眼をしていた。
闘いを好む李光が、闘いを愉しむ李光となる瞬間。
蒼い袖の先は火炎でチリヂリにほつれ、首筋には蒸発しそうな汗が滴る。
「この感覚…!!この感覚だ…!!俺の全身が俺の精神…すなわち!雷と一つになり、立ち塞がる者全てを畏怖させる!!最速最恐の雷鳴…!!!!」
李光は右足を下げ、右手の第一関節を曲げる。
左手は平手に、司馬章へ向ける。
右脚を曲げ、左脚を張る。
何かの拳法のような体勢だ。
司馬章は、すぐさまこの体勢の意味に勘づいた。
李光はこれから、秘技を使おうとしている。
彼の左手に雷は流れておらず、全雷が右手に集中する。
絶対に、何か大技を出すに違いない。
「お前がそう来るなら…」
司馬章も、李光と同じくらいの高さで重心を落とす。
その立ち方は、騎馬武者のような内股である。
左手は平手で上を向き、顎の前に添える。
右手は関節を軽く曲げ、肋骨に添える。
右手の前で、空気の渦が生じているようだ。
司馬章はゆっくりと左脚を下げる。
前構えは完成した。
両者は戦闘体勢を取ったまま、互いを睨み合っていた。
大技が来る。大技がぶつかる。
二人の構えが完成したとき、その場の全員が息を飲む。
___司馬章…君もか…!
孫操備が驚く。
___何故なら、司馬章が思超を習得したのは、つい先程のことだったから。
いちいち「技」やら「術」やらを作る暇はなかったはずだ。…ということは、司馬章は闘いの中で編み出したのか。いや、まさか。
彼は李光の俊敏な攻撃に翻弄され、ほぼずっと殴られ続けていた。
___その間に、編み出したのだとしたら…
操備は、瞳孔が開いた。
戦局は、膠着した。
次の一撃が最後だろう。
両者、構えを引き締め、一呼吸置いた。
突如、頑丈な石の床に亀裂が起こる。
李光の足元であった。
李光の右手に宿る雷は、うごめきながら変形を始める。
青白い光が観衆たちの眼を刺激する。
やがて雷は、彼の五倍以上もの大きさの人の形を成した。
「雷 伯 撃!!!」
李光の拳と、人の形をした雷の拳が合わさる。
次の瞬間、李光は音を置いて飛び出した。
一歩も踏み出さぬ内に、司馬章の間合いへ入る。
右手は関節を曲げたまま、司馬章の顔を掴むように迫る。
その李光の手を包む雷の手は、司馬章を全身飲み込まんとする。
司馬章の目前に、手が届いた瞬間のことだった。
「…華朱牙燃」
司馬章は左手を勢いよく下げ、同時に右手を放つ。
噴煙の如き大炎が、右手とともに撃ち出された。
「雷伯撃」と「華朱牙燃」が激突する。
火炎と雷が交錯し、火花と雷鳴が空間中に響き渡る。
それによって発生する熱の数々から、孫操備たちを守るように煙が広がる。
床の亀裂は止まらない。各地点で発生した亀裂は、徐々に大きくなる。
「そそそそ、操備君!?これ…一体大丈夫なのかね…!?」
煙を掻き分け、観衆の一人…地下の間を貸す許可を与えた館長が、冷や汗を流して操備を見る。
「館長さん…大丈夫だと思いますよ…あいつらなら!!」
操備は屈託のない笑顔で答えた。
「ソウイウコトジャネーヨォ!!!!!!」
館長は号泣する。
亀裂は床全体に広がり、壁まで到達していた。
「司馬章が倒れるのが先か…李光が倒れるのが先か…」
「決着が着くのが先か…ここが壊れるのが先か…」
孫操備の横で、館長が涙をほろほろと流す。
ちょっと申し訳ない。
操備もここは軽く苦笑いをした。
司馬章と李光の押し合いは続く。
互いの指先は、溶けてしまいそうな熱に満たされていた。
だが、溶けない。彼らは、思超家なのだから。
「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
二人の雄叫びが響く。
頬が震え、髪は逆立つ。
少しでも攻撃の手を止めてはならない。
少しでも全身の手を止めてはならない。
…少しでも、相手を超えようとする心に、乱れがあってはならない。
…キツい。苦しい。痛い。
幼子のように感情を曝け出すなら、そんなことを喚いているだろう。
だが、二人の顔は…笑っていた。
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
司馬章が喉の奥から声を振り絞り、更に大きな雄叫びを上げた。
李光はそれ以上、雄叫びを上げなかった。
だが、それで局面が揺らぐわけでもない。
二人の拳は同じ位置で静止し続ける。
そしてついに、火炎と雷光の衝突は止まった。
大きな爆発が起こり、両者の身体を吹っ飛ばす。
亀裂は更に大きくなる。
館長の滝のように落ちる涙。
そして、その涙のように落ちる二人。
煙は完全に消え、観衆は落ちゆく二人を完全に捉えた。
「「これは…?」」
観衆たちは目を凝らして二人を見る。
二人は、横になって倒れていた。
操備がそれを確認し、秒読みを始める。
二人が地に倒れたのはほぼ同時。
このまま「十」まで数え終えれば、この決闘は無効となる。
「十…九…八…」
ひび割れた石の床に、動かぬ青少年が二人。崩壊寸前の空間には静寂が張り詰める。
操備は数えながら、考えた。
思超の精錬には、一体何を必要とするのだろうか。
戦いに転用できる…いわば「強くなる」思超であれば、修行で自分自身を鍛え上げることも必要になるだろう。
そうでなくとも、基本的に己の思想を深めなければ、どんな思超であれ、進化はできない。
思超学の定説では、そうなのだから。
しかし、彼らはまた別の原因で、思超が精錬されたような気がした。
特に司馬章に至っては、思超を習得してばかりにも関わらず、李光と互角の闘いをできるようになっている。
これ以上、考えるのはやめよう。今は刻を数えよう。
操備は思考を止め、秒読みに意識を戻した。
「五…四…三…ニ…」
「やはり引き分けか!?」
「おあいこか…」
「これは相討ちだな…」
観衆たちは口々に「引き分け」を呟く。
良いものが見れた。さて、読書に戻ろう。
数人は二人に背を向け、地上へ戻ろうとしている。
全てが終わる。その時だった。
「い…」
何かを踏む、鈍い音が、操備の耳に届いた。
「ち…」
朱色の影が立ち上がる。
嘘だろ。おい。
孫操備は驚きを隠せなかった。
立ち上がったのは、司馬章の方であった。
秒読みが終わる。
李光はそれでも動かない。もちろん、息はしているが。
一方で、司馬章は全身コゲコゲになり、口から煙を吐いていた。
秒読みから少し経つ。瞬き一回分。
司馬章は白目を向けて前に倒れた。
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四刻(一時間)後
地上一階・館長の部屋
司馬章は目を開ける。
背の下がやけに柔らかい。どうやら、上質な綿で作られた布団の上で寝ていたようだ。
ゆっくりと腰を上げる。
見知らぬ部屋だ。さっきまで、地下の広間にいたはず…
右腕は包帯に巻かれており、朱色の羽織はかなりボロボロになっていた。
困った、縫い直すのが大変だ。
ふと、右から聞こえる寝息に引かれ、右を向く。
そこには自分と同じ、右腕に包帯を巻いた、蒼色の羽織がボロボロの李光がいた。
彼は大きな寝息…いや、いびきをかいて寝ている。
起こすかどうか迷ったが、先程の闘いで相当疲れてそうだ。
しばらくはそっとしておくことにした。
「…あれ、【世炎論】がない」
続いて司馬章は、二冊の【世炎論】を探す。
掛け布団の下を、左腕が動き回る。しかし、己の身体以外に当たるものはない。
まずい。こんなところで無くしたのか。
彼の顔に冷や汗が走った。
「んー…?」
右を見る。左を見る。それでも見当たらない。
彼の顔の冷や汗は止まらない。あたりをキョロキョロ、首を振る速度を上げる。
もちろん、そんなことをしても意味はない。
「ああああ…!俺のッ、【世炎論】がァ!」
「…うるせぇよ」
李光が小さく言い放つ。今の発言で目を覚ましたようだ。
「李光!」
「【お前の思超、世炎論】って言うんだな。やっぱあのジーサンと同じか」
「あのジーサンと同じって…お前もじぃちゃんと知り合いだったのか!?」
「なわけないだろ。あのジーサン、司馬典はちょっとした有名人だ。思超家なら大体知ってる」
「そうなのか…」
李光は、二人の寝ていた寝台の間にある棚を指差した。
「【世炎論】ならここにあるぜ。二冊とも」
司馬章の表情に光が差す。
安堵に満ちた笑顔で、すぐに棚に手を伸ばす。
「いだだだだだ」
右腕を動かすと、筋肉が変に内側から痛みを広げる。
その痛みに耐え、司馬章は二冊まとめて取り出した。
どちらも、あの闘いで焼けることなく司馬章の手に紙の感触を残す。良い感触だ。
「…痛まないか」
司馬章は李光に問う。
無駄な道場だと言わんばかりに、李光は彼を睨んだ。
「ナメるな」
「だよな…すまない」
「…」
「…どうした?」
「いや、ナメていたのは、俺の方だな」
「李光…」
「お前は覚えていないと思うが、さっきの決闘…勝ったのはお前だった」
「…え?」
李光は悔しさを抑えるように胸元の襟を左手で掴み、宣言する。
司馬章は気づかなかった。勝利の瞬間、彼は気絶していたからだ。
「雷伯撃」と「華朱牙燃」の激突の末に起こった爆発から、何も。
李光が腰を見下ろす。服のように蒼い眼が、冷たく澱む。
よっぽど敗北が悔しかったのだろう。戦闘に高い矜持を持っていたようにも見える。虎のような、交戦的な矜持。
「とにかく、俺は約束した。『お前が勝ったなら…その旅、付き合ってやる』…と」
「…本当か!」
「ただし!条件が一つだけある!」
「条件…?」
李光は人差し指を指した左手を勢いよく上へ挙げる。
「国取りだ」
「国…取り…」
司馬章は唖然とする。
壮大すぎる計画。交戦的な李光らしい野望。
李光の顔は自信に溢れていた。
「国…取りって、国…唐を乗っ取るのか!?」
「そこまでおおそれたことは出来ない。厳密に言えば、国取りの国取り…」
「いや、意味わかんねぇよ!」
司馬章がツッコむ。
李光は司馬章の反応を楽しむように笑ったが、一つの足音が聞こえると、冷静な顔に移り変わった。
「操備が来る。それから、詳しいことは話してやる」




