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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
6/63

第6話 眩い決闘

 思超堂(しちょうどう)・地下の間


 李光(りこう)は一瞬の内に五十発の帯電した拳を放つ。

 司馬章(しばしょう)はその全てを正面から受け止めた。

 あらゆる刺激が筋肉を伝って全身に走る。

 その痛みに耐えきれず、喉から血が湧き上がって来た。

 故に、司馬章(しばしょう)は歯を食い縛る。

 その歯の隙間から血が溢れ、眼が充血しようとも。

 雷の嵐が続く中、決して引くことはなかった。


 そして李光(りこう)の五十回目の突きと同時に、司馬章(しばしょう)は火炎の左拳を放つ。

 再び熱の衝突による大爆発が発生した。


 李光(りこう)はその瞬間、すぐに身を引く。

 革靴と床の摩擦で、小さな雷が発生する。

 摩擦で生じた雷は、彼の脚を伝って、腹と胸を通過する。

 そして、両腕へと移り、留まる。


 孫操備(そんそうび)李光(りこう)の腕に着目した。

 この闘いの中で、李光(りこう)は常に両手に雷を(まと)っていた。

 それは、自他ともに視認することが可能だ。

 ツンツンとした青白い光の雷は、常に李光(りこう)の頭ほどの大きさを保っていた。

 だが、李光(りこう)の両腕に(まと)う雷は…今だけはその三倍、大きかった。


 ___あの雷の量…アレを使うのか…李光(りこう)

 操備(そうび)は息を飲む。

 李光(りこう)はかつてないほど、本気の眼をしていた。

 闘いを好む李光(りこう)が、闘いを愉しむ李光(りこう)となる瞬間。

 蒼い袖の先は火炎でチリヂリにほつれ、首筋には蒸発しそうな汗が滴る。


「この感覚…!!この感覚だ…!!俺の全身が俺の精神…すなわち!雷と一つになり、立ち塞がる者全てを畏怖させる!!最速最恐の雷鳴…!!!!」


 李光(りこう)は右足を下げ、右手の第一関節を曲げる。

 左手は平手に、司馬章(しばしょう)へ向ける。

 右脚を曲げ、左脚を張る。

 何かの拳法のような体勢だ。


 司馬章(しばしょう)は、すぐさまこの体勢の意味に勘づいた。

 李光(りこう)はこれから、秘技を使おうとしている。

 彼の左手に雷は流れておらず、全雷が右手に集中する。

 絶対に、何か大技を出すに違いない。


「お前がそう来るなら…」


 司馬章(しばしょう)も、李光(りこう)と同じくらいの高さで重心を落とす。

 その立ち方は、騎馬武者のような内股である。

 左手は平手で上を向き、顎の前に添える。

 右手は関節を軽く曲げ、肋骨に添える。

 右手の前で、空気の渦が生じているようだ。

 司馬章(しばしょう)はゆっくりと左脚を下げる。

 前構えは完成した。


 両者は戦闘体勢を取ったまま、互いを睨み合っていた。

 大技が来る。大技がぶつかる。


 二人の構えが完成したとき、その場の全員が息を飲む。


 ___司馬章(しばしょう)…君もか…!

 孫操備(そんそうび)が驚く。

 ___何故なら、司馬章(しばしょう)思超(しちょう)を習得したのは、つい先程のことだったから。

 いちいち「技」やら「術」やらを作る暇はなかったはずだ。…ということは、司馬章(しばしょう)は闘いの中で編み出したのか。いや、まさか。

 彼は李光(りこう)の俊敏な攻撃に翻弄され、ほぼずっと殴られ続けていた。

 ___その間に、編み出したのだとしたら…

 操備(そうび)は、瞳孔が開いた。


 戦局は、膠着した。

 次の一撃が最後だろう。

 両者、構えを引き締め、一呼吸置いた。


 突如、頑丈な石の床に亀裂が起こる。


 李光(りこう)の足元であった。

 李光(りこう)の右手に宿る雷は、うごめきながら変形を始める。

 青白い光が観衆たちの眼を刺激する。

 やがて雷は、彼の五倍以上もの大きさの人の形を成した。


雷 伯 撃(らい はく げき)!!!」


 李光(りこう)の拳と、人の形をした雷の拳が合わさる。

 次の瞬間、李光(りこう)は音を置いて飛び出した。

 一歩も踏み出さぬ内に、司馬章(しばしょう)の間合いへ入る。

 右手は関節を曲げたまま、司馬章(しばしょう)の顔を掴むように迫る。

 その李光(りこう)の手を包む雷の手は、司馬章(しばしょう)を全身飲み込まんとする。


 司馬章(しばしょう)の目前に、手が届いた瞬間のことだった。


「…華朱牙燃(かしゅがねん)


 司馬章(しばしょう)は左手を勢いよく下げ、同時に右手を放つ。

 噴煙の如き大炎が、右手とともに撃ち出された。


「雷伯撃」と「華朱牙燃」が激突する。

 火炎と雷が交錯し、火花と雷鳴が空間中に響き渡る。

 それによって発生する熱の数々から、孫操備(そんそうび)たちを守るように煙が広がる。

 床の亀裂は止まらない。各地点で発生した亀裂は、徐々に大きくなる。


「そそそそ、操備(そうび)君!?これ…一体大丈夫なのかね…!?」


 煙を掻き分け、観衆の一人…地下の間を貸す許可を与えた館長が、冷や汗を流して操備(そうび)を見る。


「館長さん…大丈夫だと思いますよ…あいつらなら!!」


 操備(そうび)は屈託のない笑顔で答えた。


「ソウイウコトジャネーヨォ!!!!!!」


 館長は号泣する。

 亀裂は床全体に広がり、壁まで到達していた。


司馬章(しばしょう)が倒れるのが先か…李光(りこう)が倒れるのが先か…」

「決着が着くのが先か…ここが壊れるのが先か…」


 孫操備(そんそうび)の横で、館長が涙をほろほろと流す。

 ちょっと申し訳ない。

 操備(そうび)もここは軽く苦笑いをした。


 司馬章(しばしょう)李光(りこう)の押し合いは続く。

 互いの指先は、溶けてしまいそうな熱に満たされていた。

 だが、溶けない。彼らは、思超家(しちょうか)なのだから。


「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」

「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


 二人の雄叫びが響く。

 頬が震え、髪は逆立つ。

 少しでも攻撃の手を止めてはならない。

 少しでも全身の手を止めてはならない。

 …少しでも、相手を超えようとする心に、乱れがあってはならない。

 …キツい。苦しい。痛い。

 幼子のように感情を曝け出すなら、そんなことを喚いているだろう。

 だが、二人の顔は…笑っていた。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


 司馬章(しばしょう)が喉の奥から声を振り絞り、更に大きな雄叫びを上げた。

 李光(りこう)はそれ以上、雄叫びを上げなかった。

 だが、それで局面が揺らぐわけでもない。

 二人の拳は同じ位置で静止し続ける。


 そしてついに、火炎と雷光の衝突は止まった。

 大きな爆発が起こり、両者の身体を吹っ飛ばす。

 亀裂は更に大きくなる。

 館長の滝のように落ちる涙。

 そして、その涙のように落ちる二人。

 煙は完全に消え、観衆は落ちゆく二人を完全に捉えた。


「「これは…?」」


 観衆たちは目を凝らして二人を見る。

 二人は、横になって倒れていた。

 操備(そうび)がそれを確認し、秒読みを始める。

 二人が地に倒れたのはほぼ同時。

 このまま「十」まで数え終えれば、この決闘は無効となる。


「十…九…八…」


 ひび割れた石の床に、動かぬ青少年が二人。崩壊寸前の空間には静寂が張り詰める。

 操備(そうび)は数えながら、考えた。

 思超(しちょう)の精錬には、一体何を必要とするのだろうか。

 戦いに転用できる…いわば「強くなる」思超(しちょう)であれば、修行で自分自身を鍛え上げることも必要になるだろう。

 そうでなくとも、基本的に己の思想を深めなければ、どんな思超(しちょう)であれ、進化はできない。

 思超学(しちょうがく)の定説では、そうなのだから。

 しかし、彼らはまた別の原因で、思超(しちょう)が精錬されたような気がした。

 特に司馬章(しばしょう)に至っては、思超(しちょう)を習得してばかりにも関わらず、李光(りこう)と互角の闘いをできるようになっている。

 これ以上、考えるのはやめよう。今は(とき)を数えよう。

 操備(そうび)は思考を止め、秒読みに意識を戻した。


「五…四…三…ニ…」

「やはり引き分けか!?」

「おあいこか…」

「これは相討ちだな…」


 観衆たちは口々に「引き分け」を呟く。

 良いものが見れた。さて、読書に戻ろう。

 数人は二人に背を向け、地上へ戻ろうとしている。

 全てが終わる。その時だった。


「い…」


 何かを踏む、鈍い音が、操備(そうび)の耳に届いた。


「ち…」


 朱色の影が立ち上がる。

 嘘だろ。おい。

 孫操備(そんそうび)は驚きを隠せなかった。

 立ち上がったのは、司馬章(しばしょう)の方であった。

 秒読みが終わる。

 李光(りこう)はそれでも動かない。もちろん、息はしているが。

 一方で、司馬章(しばしょう)は全身コゲコゲになり、口から煙を吐いていた。

 秒読みから少し経つ。瞬き一回分。

 司馬章(しばしょう)は白目を向けて前に倒れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 四刻(一時間)後


 地上一階・館長の部屋

 司馬章(しばしょう)は目を開ける。

 背の下がやけに柔らかい。どうやら、上質な綿で作られた布団の上で寝ていたようだ。

 ゆっくりと腰を上げる。

 見知らぬ部屋だ。さっきまで、地下の広間にいたはず…

 右腕は包帯に巻かれており、朱色の羽織はかなりボロボロになっていた。

 困った、縫い直すのが大変だ。

 ふと、右から聞こえる寝息に引かれ、右を向く。

 そこには自分と同じ、右腕に包帯を巻いた、蒼色の羽織がボロボロの李光(りこう)がいた。

 彼は大きな寝息…いや、いびきをかいて寝ている。

 起こすかどうか迷ったが、先程の闘いで相当疲れてそうだ。

 しばらくはそっとしておくことにした。


「…あれ、【世炎論(よえんろん)】がない」


 続いて司馬章(しばしょう)は、二冊の【世炎論(よえんろん)】を探す。

 掛け布団の下を、左腕が動き回る。しかし、己の身体以外に当たるものはない。

 まずい。こんなところで無くしたのか。

 彼の顔に冷や汗が走った。


「んー…?」


 右を見る。左を見る。それでも見当たらない。

 彼の顔の冷や汗は止まらない。あたりをキョロキョロ、首を振る速度を上げる。

 もちろん、そんなことをしても意味はない。


「ああああ…!俺のッ、【世炎論(よえんろん)】がァ!」

「…うるせぇよ」


 李光(りこう)が小さく言い放つ。今の発言で目を覚ましたようだ。


李光(りこう)!」

「【お前の思超(しちょう)世炎論(よえんろん)】って言うんだな。やっぱあのジーサンと同じか」

「あのジーサンと同じって…お前もじぃちゃんと知り合いだったのか!?」

「なわけないだろ。あのジーサン、司馬典(しばてん)はちょっとした有名人だ。思超家(しちょうか)なら大体知ってる」

「そうなのか…」


 李光(りこう)は、二人の寝ていた寝台の間にある棚を指差した。


「【世炎論(よえんろん)】ならここにあるぜ。二冊とも」


 司馬章(しばしょう)の表情に光が差す。

 安堵に満ちた笑顔で、すぐに棚に手を伸ばす。


「いだだだだだ」


 右腕を動かすと、筋肉が変に内側から痛みを広げる。

 その痛みに耐え、司馬章(しばしょう)は二冊まとめて取り出した。

 どちらも、あの闘いで焼けることなく司馬章(しばしょう)の手に紙の感触を残す。良い感触だ。


「…痛まないか」


 司馬章(しばしょう)李光(りこう)に問う。

 無駄な道場だと言わんばかりに、李光(りこう)は彼を睨んだ。


「ナメるな」

「だよな…すまない」

「…」

「…どうした?」

「いや、ナメていたのは、俺の方だな」

李光(りこう)…」


「お前は覚えていないと思うが、さっきの決闘…勝ったのはお前だった」


「…え?」


 李光(りこう)は悔しさを抑えるように胸元の襟を左手で掴み、宣言する。

 司馬章(しばしょう)は気づかなかった。勝利の瞬間、彼は気絶していたからだ。

「雷伯撃」と「華朱牙燃」の激突の末に起こった爆発から、何も。

 李光(りこう)が腰を見下ろす。服のように蒼い眼が、冷たく澱む。

 よっぽど敗北が悔しかったのだろう。戦闘に高い矜持を持っていたようにも見える。虎のような、交戦的な矜持。


「とにかく、俺は約束した。『お前が勝ったなら…その旅、付き合ってやる』…と」

「…本当か!」

「ただし!条件が一つだけある!」

「条件…?」


 李光(りこう)は人差し指を指した左手を勢いよく上へ挙げる。


「国取りだ」


「国…取り…」


 司馬章(しばしょう)は唖然とする。

 壮大すぎる計画。交戦的な李光(りこう)らしい野望。

 李光(りこう)の顔は自信に溢れていた。


「国…取りって、国…唐を乗っ取るのか!?」

「そこまでおおそれたことは出来ない。厳密に言えば、国取りの国取り…」

「いや、意味わかんねぇよ!」


 司馬章(しばしょう)がツッコむ。

 李光(りこう)司馬章(しばしょう)の反応を楽しむように笑ったが、一つの足音が聞こえると、冷静な顔に移り変わった。


操備(そうび)が来る。それから、詳しいことは話してやる」

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