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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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7話 歯車亭に降る雨

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。

 ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。

 そして現れる謎の少年。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

 雨の日が続いている。


 グラン・ロアの空は重たい灰色の雲に覆われ、工場の煙さえ湿って見える。石畳はいつも濡れていて、人々は肩をすぼめながら街を行き交っていた。


 《歯車亭ベーカリー》の店内も静かだった。

 客は来るけど以前のような賑わいはない。


 エマは焼き上がった黒麦パンを棚へ並べながら、向かいの通りを見ないようにしていた。

 見たくないものがある。

 それでも視界の端に入ってしまう。


 《ロイヤル・ギア・フーズ》の巨大な蒸気看板。

磨き上げられたガラス窓には、新しく掲げられた広告が写っている。

『新発売・蒸気スープパン』

 その文字を見た瞬間、エマの指先が止まった。 「どうして……」胸の奥が冷たくなる。


 店の外では、通行人たちが噂をしていた。

「ロイヤル・ギアも始めたんだな」

「安いし、あっちでいいかも」

「最近どこも真似するなあ」

 真似。その言葉が、針みたいに刺さる。

 エマは無言で棚へパンを置いた。


 けれど次の瞬間、祖父が低く呟く。

「……保温箱まで似せとるな」

 エマははっと顔を上げてロイヤル・ギアの方を見ると、店の向こうの《ロイヤル・ギア》の配達員が運んでいる金属箱には、見覚えのある配管構造が使われていた。


 二重蒸気循環式。

 エマが何日も徹夜して考えた仕組みだ。

 喉の奥がぎゅっと締まる。

「……うそ」

 思わず漏れた声は、震えていた。

 ありえない。

 設計図は工房から持ち出していないし、祖父にも見せていない部分だってある。


 なのに。どうして?

 頭の中で、一つの顔が浮かぶ。

 黒い髪。静かな目。

 工房で設計図を覗き込んでいた横顔。

 エマは強く首を振り、「違う」と、すぐに否定する。だか、その否定は自分に言い聞かせるみたいで、エマの頭は疑惑を否定できない。


 その時、店の扉がカラン、と鳴る。

 エマの身体がこわばる。まさか……

 予想通り、入ってきたのはルークだった。

 雨に濡れたコートを着たまま、入り口で静かに立っている。


 ルークが来るのは数日ぶりのこと。

 正体が知られてから、これまで彼は店へ来ていない。

 エマは胸の奥がざわつくのを感じる。

 会いたくなかったけど、でも本当は少しだけ会いたかった。

 そんなふうに思ってしまう自分が嫌になる。


「……何しに来たの」

 思ったより冷たい声が出る。

 ルークは少しだけ目を伏せた。

「話がしたい」

「私はしたくない」と即答する。


 ルークはその場から動かず、ただそこにいる。

 その沈黙が、余計にエマを苛立たせた。

 感情を抑えきれずに思わず声が荒くなる。

「もう十分でしょ。うちの店も、機械も、全部見たじゃない」

「違う」


「何が違うの!」エマは思わず叫んでいた。

 胸の中に溜まっていたものが、一気に溢れる。

「スープパンまで真似して! 保温箱も! あれ、私が作ったんだよ!」


 エマの話を聞いてルークの顔色が変わる。

「……なんだって?」

「とぼけないで!」エマは作業台を叩いた。

「保温箱の設計図、見てたでしょ!」

 工房で何度も何度も、隣に立って一緒に。

 

 あの時の時間が脳裏をよぎる。

 一緒に笑ったこと。

 失敗して蒸気まみれになったこと。

 作業台の下で、間近で見つめ合ったこと。


 全部が急に苦しくなり、消え入りそうな声で呟く。

「私、馬鹿みたいだった」

 エマの声は震えていた。

「信じていたのに……」


 その言葉に、ルークは息を詰まらせる。

 違う。本当に知らなかったんだ。

 父の会社が、ここまでしているなんて。


 けれど、そんな言葉を今さら信じてもらえるはずがない。

 何より、自分は《ロイヤル・ギア》の人間だから、言い逃れなんてできない。


 ルークは拳を握りしめた。それでも言わないと

「僕はやってない」

「でもロイヤル・ギアの人間でしょ!」

 エマの叫びが店内に響く。


 祖父は奥で黙ったまま聞いていた。

 

「最初から調べるために来たの?うちを潰すために!」

 エマは苦しそうに言った。

「違う!」

 今度はルークが声を荒げた。

 自分でも驚くほど大きな声で。


 店内が静まり返り、ルークは息を乱しながら続ける。

「そんなつもりじゃなかった……!」

 最初は確かに視察に来た。それは事実。


 けれど途中からルークの中で何かが変わった。

 エマが機械を作るところを見ていたいから。

 エマの笑う顔が見たいから。

 この店に来るのが楽しみになっていた。

 それだけは嘘じゃない。

「僕は……」もう言葉が続かない。

 何を言っても、言い訳にしか聞こえないから。


 エマは唇を噛みしめていた。

 怒りが治まらない。そしてとても悲しい。

 でも一番嫌だったのは、自分の中にまだ迷いがあることだ。

 本当に全部が嘘だったら、こんなに苦しくはならないのに……。

 ルークと一緒に笑っていた時間までが偽物だったとは、どうしても思えなかった。

だから余計に辛い。


「もう……帰って」

 エマはようやく絞り出すような声で伝える。

 ルークはその場から動けない。

 けれどエマはもう彼を見ていなかった。

 震える指で、作業台の上の設計図を握りしめている。

「今は、顔を見たくない」

 エマは静かに言う。それだけに、深くルークの胸に刺さる。


 ルークはしばらく立ち尽くしていた。

 何か言わなければと思うのに、言葉が見つからない。

 やがて彼は、ゆっくり視線を落とし「……ごめん」と、小さな声で伝える。

 エマは返事をしない。

 店の外では、冷たい雨が降り続いている。


 ルークは扉へ向かい、静かに店を出ると、からんと鈴が鳴る。

 胸の奥が、壊れた蒸気機関みたいに痛む。

 鈴の音が消えたあとも、エマはしばらく動けなかった。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。

 評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。

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