第5章 10話 昔の親友(前編)
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
夕暮れの書庫で古びた写真を見つめるアルバートの瞳は、遠い昔を映していた。やがてアルバートは二人に対して語り出す。
「今から三十年ほど前の話だ」
静かな声が響く。ルークとエマは向かい合って腰を下ろし、黙って耳を傾けていた。
「当時の私は、お前たちくらいの年齢だった」
アルバートは懐かしそうに微笑む。
「家業を継ぐ前で、毎日工房に籠もっては機械ばかりいじっていた」
「父さんも……?」
ルークが思わず口にする。仕事一筋の父にも、そんな頃があったことが意外だった。
「今のお前と同じさ。新しい機械を作りたくて、失敗ばかりしていた」
アルバートは小さく笑い、そしてまた視線を写真へ落とした。
「そんなある日、ギルドが主催する若手職人の技術発表会へ参加したんだ」
◇
三十年前――。
グラン・ロアの職人ギルドでは、大勢の若い職人たちが自慢の発明品を並べていた。
「次はアシュフォード家のご子息、アルバートさんの作品です!」
名前を呼ばれ、一人の青年が壇上へ上がる。まだ二十歳そこそこのアルバートだった。
「これは新型の蒸気圧制御弁です。従来のものよりも燃料消費を二割程削減できます」
見た目も美しく完成度の高い機械に、会場から感嘆の声が上がった。
「さすがアシュフォード家だ」
「完成度が高い。」
審査員たちも満足そうに頷く。発表を終えたアルバートが安堵の息をついたとき、後ろから元気な声が飛んできた。
「おい! お前!」
ふじつけな声に振り返ると、そこには油で汚れた作業着姿の青年が立っていた。
ぼさぼさの黒髪に日焼けした肌。なぜか憎めない人懐っこい笑顔。その青年は遠慮なくアルバートの肩を叩いた。
「よく出来てるが、ちと惜しかったな!」
「……は?」
見知らぬ人からの突然の一言に、アルバートは目を丸くする。
「なんですか貴方は。惜しいって、どこがですか?」
「そこ!」
青年はアルバートの抗議も気にせず、制御弁の図面を指差した。
「蒸気の逃がし口を、あと三ミリ広げたらもっと効率が上がる。あと、この配管は曲げるよりも真っすぐ繋いだ方が圧力が安定する」
アルバートは思わず図面を見返した。確かにその通りだった。細かいところまで詰めたつもりだったが見落としていた。彼のその外観に反して細かいところに気づくことに驚きを隠せない。
「君は……誰だ?」
アルバートの驚愕の表情に対して、青年は満面の笑みを浮かべた。
「俺の名はガレッジ・クラフト! 下層区の工房で働いてるんだ」
ガレッジは裏表のない笑顔で名乗った。
「下層区?」(そんな大きな工房があるとは聞いてないが)
半信半疑でアルバートが聞き返すと、
「そう、親父の工房でな」
ガレッジは胸を張る。嬉しそうに話す姿は、まるで子どものようだった。アルバートは思わず笑ってしまう。
「その、君は……初対面の相手にずいぶん遠慮がないんだな」
「そうか? 誰であろうといい物はいい。改善するところは言う。それだけだろ?」
ガレッジは首をかしげる。
あまりにも真っすぐな言葉。身分も家柄も関係ない、純粋に機械が好きだからこその言葉。ガレッジは初めて出会うタイプの人間だった。
◇
その日の夕方、すっかり意気投合した二人は会場の片隅で、気付けば何時間も機械談義を続けていた。
「蒸気圧をもっと細かく制御できれば」
「じゃあ歯車比を変えよう」
「いや、それだと耐久性が……」
「だったら素材を変えればいい!」
紙いっぱいに図面を書き込み、失敗案も成功案も関係なく語り合う。ふと気付けば会場には誰もいなくなっていた。
「もう閉館ですよ!」
少し怒った声の係員に声を掛けられる。
「すみません!」
慌てて機材を片付け、会場を後にする。二人は顔を見合わせると、お互いに笑いが止まらなかった。
◇
帰り道の夕焼けに染まる橋の上で、ガレッジが空を見上げた。
「なあ、アルバート」
「どうした?」
「俺さ、機械って人を幸せにするためにあると思うんだ」
ガレッジは自分の台詞に少し照れくさそうに笑う。だけどアルバートは茶化したりせずに黙って聞いている。
「重たい荷物を運んだり、危ない仕事を代わったり、パンを早く焼けるようになったり。そうすれば、みんなが笑えるようになるだろ?」
そう語る瞳は、夕日に負けないくらい輝いていた。
「だから、世界一人に優しい機械を作りたい」
ガレッジは決意を新たにするように拳を握る。
「そうだな。私も同じだ」
ガレッジはアルバートを見て目を丸くした。
「本当か!」
「ああ、便利さだけじゃなく、人の暮らしを支えて笑顔を増やす機械を作りたいと思ってる」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑った。
「やっぱり気が合うな!」
「そうみたいだ」
その日から二人は、毎日のようにお互いの工房へ通い合い、機械について語り、夢を語り合うようになった。
まだ誰も知らない。
この二人が、やがてグラン・ロアの未来を変える存在となることを。
そして――。
誰よりも固い友情が、いつか悲しい決別を迎えることになることを。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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