第5章 10話 昔の親友(後編)
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
職人ギルドでの出会いから数年後。アルバートとガレッジは、身分の違いなど気にも留めず、相変わらず毎日のように工房で顔を合わせていた。仕事が終われば図面を広げ、夜遅くまで議論を交わす。
「ここを歯車式にしたらどうだ?」
「いや、それならまずは蒸気圧を逃がした方が壊れにくい!」
「なるほど……それもそうだな」
意見がぶつかることはあっても、どちらも機械を良くしたいという思いは同じだった。だから議論は、いつも笑顔で終わる。
その頃のグラン・ロアは、急速に発展を始めていた。蒸気機関の需要は年々増え、新しい工場や工房が次々と建設されていく。
そんなある日、アルバートが真剣な表情で切り出した。
「ガレッジ、俺たちで会社を作らないか」
「何だと?」
考えもしなかった提案に、ガレッジは目を丸くした。
「まずは、これを見てくれ」
アルバートは机いっぱいに図面を広げる。それは今の工房より、遥かに大きな工場の図面だった。
「もっと多くの人へ、俺たちの機械を届けたい。でも工房だけでは限界がある。だから会社を作るんだ」
「ふむふむ」
ガレッジはしばらく図面を見つめたあと、満面の笑みを浮かべた。
「面白いじゃないか!」
「分かってくれるか!」
二人は互いの目を見つめ、固く握手を交わした。それが、後にグラン・ロア最大の企業となる《ロイヤル・ギア》の始まりだった。
◇
《ロイヤル・ギア》の創業当初は決して順風満帆とは言えなかった。新興企業に注文する客はまだ少なく、資金も足りない。試作品を作っては失敗し、徹夜で作り直す日々が続いた。
「くそっ、また蒸気漏れか!」
「ガレッジ、配管を押さえてくれ!」
「任せろ!」
新しいがまだがら空きの工場で、二人とも油まみれになりながら働いていた。先はまだ見えないが失敗ですら楽しく、二人とも笑っていた。夢へ向かって進んでいる実感があったからだ。
やがて、一台の蒸気運搬車が評判を呼ぶ。
「荷運びが半分の時間で終わる!」
「これは便利だ!」
口コミは瞬く間に広がり、注文が殺到した。グラン・ロアの仕事を任されることも増えて、会社は少しずつ大きくなっていく。
やがて職人を雇うようになり、工場が活気に溢れてくると、二人は肩を叩き合って喜んだ。
◇
だが、会社が成長するにつれ、少しずつ歯車は噛み合わなくなっていく。
ある日の会議で、ガレッジは新しい設計図を机へ置いた。
「この蒸気炉なら職人の負担をもっと減らせる。」
しかし、アルバートは資料へ目を通したあと、静かに首を振る。
「性能は素晴らしいが、これでは製造コストが高すぎる。考え直した方がいい」
「職人の負担が減る分、新しい仕事ができるじゃないか」
「これだけの金額をすぐには出せない」
初めて二人の意見が平行線をたどった。そして、その日を境に同じような議論が増えていく。
ガレッジは、使う人の笑顔を最優先に考えた。
アルバートは、多くの人へ届けるために会社を守ることを考えた。
どちらも間違ってはいないが、立場が変われば見える景色も変わっていった。
◇
数年後。
ロイヤル・ギアは、グラン・ロアでも有数の企業へ成長していた。社員は増え、工場は拡張され、新しい取引先も次々と決まる。アルバートは経営者として、多くの決断を迫られるようになっていた。
社長室の窓から街を見下ろしながら、アルバートはぽつりと呟く。
「グラン・ロアのため、社員のためにも会社を守らなければならない……」
その頃、工房ではガレッジが試作品を磨いていた。
「もっと良い物が作れる」
二人は同じ街を見ていた。それでも、見ている未来は少しずつ違い始めていた……。
◇
書庫へ、再び静寂が戻る。アルバートは写真を見つめながら、小さく笑った。
「今思えば、すれ違いはあの頃から始まっていたのかもしれない」
「父さん、それで……二人に何があったの?」
アルバートは答えず写真を額縁へ戻し、ゆっくりと立ち上がる。
「その話をするにはまず、ガレッジと話をしなければならない」
エマは息をのむ。じいちゃんは、この話を受け止めてくれるのだろうか。
アルバートは窓の外へ目を向けた。夕焼けに染まる空は、三十年前と変わらない色をしている。
「もう逃げるのはやめよう」
それは誰に向けた言葉でもなく、長年、胸の奥へしまい込んできた後悔に向けた言葉だった。
その決意は、止まっていた二人の時間を再び動かそうとしていた。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
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