第5章 9話 古い写真(前編)
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
レオンが庭園から去った後、迎えの蒸気自動車が来たのを見たアリシアは、控えの運転手に声をかける。
「少しだけ、お時間をいただけますか」
急いで屋敷の中に戻り、社長室の扉を叩く。アルバート・アシュフォードはまだ執務中だった。息を切らしている様子のアリシアを見て、アルバートは穏やかに微笑む。
「何か気になることでも?」
アリシアは一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せた。
「……一つだけ、お願いがあります」
「何でしょう?」
「レオン様を、少し気に掛けて差し上げてください」
その言葉に、アルバートはわずかに眉を動かした。
「レオンを?」
「はい」
アリシアは静かにうなずく。
「今は詳しく申し上げられませんが、あの方は何かを抱えています」
アルバートはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「分かりました。気に留めておきましょう」
その返事を聞き、アリシアはほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます」
深く一礼すると、アリシアは部屋を後にする。
蒸気自動車が屋敷を後にするのを見届けたアルバートは、遠ざかる車を見送りながら小さく息を吐く。
「何かを抱えている、か……」
幼い頃から知っている甥の顔を思い浮かべる。陽気で、人懐っこく、誰からも好かれる青年。そんなレオンに悩みがあるとは、考えたこともなかった。
「アリシア嬢が、あそこまで言うとは……」
胸の奥に、小さな引っ掛かりが残った。
◇
その翌日、アルバートは執務室で一冊の古い帳簿を閉じると、執事へ声を掛けた。
「ルークを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ほどなくして、ルークが部屋へ入ってくる。
「社長、お呼びですか」
アルバートは机の上に積まれた資料へ目を向け、ルークに資料を手渡す。
「このリストにある少し昔の資料を探したいのだが、手伝ってくれるか」
「昔の資料ですか?」
「書庫に保管してあるはずなんだが、整理が追いついていなくてね」
「かしこまりました」
ルークはすぐにうなずくが、リストにある量を見て、
「この量は一人では時間が掛かります。エマにも手伝ってもらおうと思いますが、良いですか」
「もちろんだ」
◇
「書庫のお掃除ですか?」
マーサから話を聞いたエマは、不思議そうに首をかしげた。
「ええ、埃っぽい場所ですから大変ですけれど、ルーク様からのご指名です」
「はい、頑張ります!」
エマは袖をまくり、小さく気合を入れる。その様子を見てマーサは子どもを見守るように優しく笑った。
◇
午後になり、ルークと二人で屋敷の奥にある書庫に向かう。鍵のかかった重厚な扉を開くと、紙と木の匂いがふわりと漂ってくる。
「すごい……」
書庫の光景にエマは思わず声を漏らした。本棚は天井近くまで高く並び、古い図面や設計書、帳簿が棚にぎっしりと収められている。
「ロイヤル・ギア創業当時の資料もあるんだ。父さんでも場所を忘れることがあるくらいだから」
「なんか宝探しみたいだね」
エマが笑うと、ルークもつられて笑った。
「確かに。じゃあ早速始めようか。手早くやらないと今日中には終わらなそうだ」
「そうだね」
二人は本棚ごとに役割を決め、資料を整理し始める。高い場所は脚立へ乗り、低い場所はしゃがみ込んで埃を払う。静かな書庫には、本をめくる音だけが響いていた。
◇
「ねぇルーク、この棚、少し動かせそうだよ」
奥の埃を取るために、壁際の古い本棚へ手を掛けるが、一人では動かせそうにない。
「一人では重そうだね。一緒にやるよ」
ルークも隣へ来て一緒に押すと、ぎぎぎ……と重たい音を立て、本棚がゆっくり動く。
すると、ことん、と何かが棚の裏から滑り落ちた。
「あれ? 何だろう、これ」
エマはしゃがみ込み、小さな額縁を拾い上げる。額縁は長い年月を経て、木枠は少し色褪せていた。手で埃を払うと、一枚の古い写真が現れた。
「これ……アルバートさん?」
「えっ、どれどれ」
ルークも横から覗き込むと、そこには二人の若い青年が肩を組み、満面の笑みを浮かべて写っていた。一人は、今よりずっと若いアルバート。そして、もう一人は……。
「これ、うちのじいちゃん?」
エマは目を見開いた。見間違えるはずがない。祖父、ガレッジ・クラフトの若い頃だった。
「父さんと、ガレッジさんが……」
ルークも言葉を失い立ちすくむ。そのとき、書庫の扉が静かに開いた。
「どうだ、資料は見つかったか――」
アルバートは二人の手元にある写真を見るなり足を止めた。穏やかな表情が驚きへ変わる。
「……まだ残っていたのか」
静かな声が、書庫に響いた。
その一言には、長い年月を越えた懐かしさと、消えることのなかった後悔が滲んでいた。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
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