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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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第5章 7話 優しい失恋(前編)

 蒸気機関が発達した街、グラン・ロア


 下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。


 ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?


 メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?


 恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。


※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。

 窓から差し込む朝日が、使用人部屋にある木製のテーブルを優しく照らしていた。


 エマが着替え終わる頃、ミアが出勤してきた。いつもなら真っ先に「おはよう!」と元気よく飛び込んでくるミアだけど、その日は顔を俯かせて静かに挨拶をする。


「……おはよう」


 いつも通りに振る舞っているようで、どこか無理をして笑っている。エマはその笑顔を見ただけで胸が締めつけられた。


 昨日、ルークへ想いを伝え、丁寧に断られたばかりなのだから。


「ミア……」


「大丈夫! 心配しないで!」


 ミアは慌てて両手を振って隠そうとする。そのエマへの気遣いが、かえって申し訳ない気持ちになる。


「ちゃんと覚悟してたもん! ……もう大丈夫だから」


 そう言って笑うものの、その目元は少し赤い。きっと昨夜は泣いたのだろう。


 エマは何も言わず、ミアの隣へ腰を下ろした。


「今日、お昼休みに二人で少し街へ行かない?」


「街へ?」


「うん」


 エマは柔らかく微笑む。


「おいしいお菓子屋さん、知ってるの」


 ミアは一瞬だけ驚いたあと、小さく笑った。


「……行く」


     ◇


 午前中の仕事を終わらせて、二人は上層区の商店街を歩いていた。繁華街ということもあり、人通りは多い。焼き菓子の甘い香りに、果物屋の威勢のいい声。


 そんな活気に包まれた街を歩いていると、自然と気持ちも軽くなる。エマはミアを連れて歩き、小さな菓子店の前で立ち止まる。


「このお店! ここの蒸気プリンが美味しいんだよ。とってもふわふわなの!」


 まだ戸惑っているミアの手を引いて店内へ入ると、店主が笑顔で迎えてくれる。


 客席はほぼ満席だが、二人はちょうど空いた窓際の席に案内される。周りを見るとほとんどの客が噂の蒸気プリンを頼んでいるようだ。甘いバニラと、砂糖を焦がしたカラメルの香ばしさが合わさった心地よい香りが店内を満たしている。


「うわぁ……すごくおいしそうだね!」


 ミアがエマに向かって、待ちきれない様子で目を輝かせている。そんなミアの顔を見て、連れてきて良かったなと思う。


 蒸気プリンと紅茶を注文して、しばらくすると給仕さんがプリンと紅茶を運んでくれる。プリンを一口食べたミアは、思わず目を丸くする。


「おいしい!」


「でしょ?」


 食べている間だけでもミアが失恋のことを忘れられたらいいな。エマもつられて嬉しそうに笑う。


 しばらく二人で甘い時間を楽しんでいたが、やがてミアがぽつりとつぶやいた。


「ねぇ、エマ」


「なに?」


「失恋ってさ、こんなに苦しいんだね……」


 その言葉に、エマは静かに頷いた。少し後ろめたさを感じながら。


「私ね」


 ミアはスプーンを見つめたまま、伏し目がちに話し始める。


「ルーク様のこと、本当に好きだった」


「うん」


「優しいし、真面目だし、誰にでも同じように接してくれて。そんな人だから、好きになっちゃった」


 エマは何も言わずに耳を傾ける。


「でも、昨日のルーク様を見て思ったの『僕には、もう心に決めた人がいます』って言ってた。その顔がすごく幸せそうで……」


 ミアはゆっくり顔を上げ、少し寂しそうに笑う。


「だから、私は負けたって思ったんだ」


 エマの胸がどくん、と鳴る。その"心に決めた人"が、自分だということを知っている。だからこそ、胸が痛かった。


「きっと、その人はとても素敵な人なんだろうな」


 まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ミアは紅茶を一口飲む。


 ミアに対して、なんと言えばいいんだろう。エマは小さく微笑んだ。


「……そうだと、いいね」


     ◇


 屋敷へ戻ると、待ちかねていたようにレオンがこちらに向かってくる。


「あっ、レオンさん。ただいま戻りました」


 大きく手を振りながら近付いてきたレオンは、二人の顔を見るなり眉を下げた。


「あれ? 二人とも元気ないね」


「やだ、そんなことないですよ」


 ミアが笑おうとすると、レオンは困ったように首をかしげ、あごに手をやる。


「僕は人の笑顔を見るのは得意だし、作り笑いもすぐ分かるんだ」


「え……」


 レオンが二人の顔を覗き込むようにまじまじと見つめる。顔が近い、距離感おかしいよ……。エマは困惑してミアのほうを見る。図星を突かれたミアはただうつむくだけだった。


「何かあったの?」


 その優しい声にミアは顔を上げて、涙を押さえるようにゆっくりと事情を話した。


「なるほどね。それは大失恋だ」


 レオンは腕を組んで大げさに頷き、真面目な顔になる。


「ミアちゃんは、ルークのことを本気で好きだったんだね」


 堪えきれない涙が一粒、頬を零れ落ちてミアは静かに頷く。


「じゃあ、泣いて当たり前」


 ミアは顔を上げる。その目には堪えきれない涙が潤んでいた。


「でもね、失恋した女の子には、とびっきりの特効薬がある」


「特効薬? なにそれ?」


 何のことか分からずに聞くエマに対して、レオンは人差し指を立てる。


「それはね、甘い物さ」


 真顔で言い切るレオンを見て、(何を言ってるの、この人)とエマは呆れ、ミアも変える言葉がなく、静寂が訪れる。だけど……。


「ふふっ」


「もう! しょうがないなぁ」


 二人は思わず吹き出してしまう。いつの間にか、ミアの涙も泣き笑いに変わっていた


「よかった。笑えるなら大丈夫かな」



 二人を見てレオンは満足そうに笑う。その笑顔には、不思議と人を安心させる力があった。


「ほんとにレオンさんって……もう」


 エマがあきれたように、でも感心して見せると、


「女性を笑顔にするのは、男の仕事だから」


 さらりと言ってウインクする。


「もう、またそういうこと言う!」


 エマが笑いながら肩を叩くと、ミアにようやく明るい笑顔が戻ってきた。


     ◇


 その頃、一台の蒸気自動車がロイヤル・ギア家の屋敷へ到着した。自動車の扉が開き、一人の少女が静かに降り立つ。


 銀色の長い髪を風に揺らし、軍服を思わせる気品ある装いをまとった少女――アリシア・フォン・ベルクだった。


「本日は父から預かった書類を、アルバート社長へお届けに参りました」


「アリシア様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 執事へ丁寧に一礼して、アリシアは屋敷の中へ足を踏み入れようとしたそのとき、聞き覚えのある声がする。右手の方の庭園では、


「二人とも、こっちこっち! お茶を用意したから」


 初めて見る青年が楽しそうに手を振り、エマとミアをテラスの方へ案内していた。


 偶然その光景を入り口で見かけたアリシアは、足を止める。青年はどことなくルークに似ている。親族だろうか。


 青年に誘われて楽しそうに笑うエマとお友達。そして、その少し離れた場所で二人を見つめるルークの姿。


 ほんの一瞬だけ、アリシアの青い瞳が細められた。


「何でしょう……」


 胸の奥に、小さな違和感が生まれる。けれど、その正体はまだ分からなかった。


  「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました! 

今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


 この作品は、月・水・金曜日の更新を予定しています。


 少しでも楽しんでいただけていたら、書いていて良かったと感じます。


 評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。


 これからもよろしくお願いいたします!

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