第5章 6話 告白大作戦
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。
※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
「エマ、今日だからね!」
朝一番で、使用人部屋でミアがエマに向かって拳をぎゅっと握って言った。その瞳は緊張と期待でいっぱいで、なんか嫌な予感がする。
「きょ、今日? えっと……なんだっけ?」
「何言ってんのよ! 今日は、私がルーク様に想いを伝える日! そう決めたの!」
ミアは鼻息も荒く、胸を張って大きくうなずく。ミアの自信満々な様子を見て、エマは持っていた服を危うく落としそうになった。
「そ、そうなんだ……。ミア、頑張ってね」
エマの煮え切らない態度に、ミアは目を細め、ジト目で見つめる。
「何言ってんの。エマも手伝ってくれるって言ったでしょ」
ミアはエマの返事を聞く前に話し続ける。エマが快く協力してくれると信じて疑わないようだ。
「これ、昨日一晩ずーっと考えたの!」
ミアはそう言って、何度も書き直した跡のある小さな手紙を見せる。
「いきなり告白だと『重い女』って思われそうだから、まずは手紙を渡そうと思って」
えへへ、とミアは照れくさそうに笑った。
「でも、一人じゃ絶対緊張して、何も言えなくなる。だから、エマにそばにいてほしいんだ」
そう言って、真っすぐエマを見つめる。その表情は真剣そのもので、決して憧れだけじゃない。ミアは本気でルークと付き合いたいと思ってる。
その表情に、エマは胸が締めつけられる。ミアは私たちのことを何も知らない。純粋に親友を頼っている。だから、その気持ちに真剣に答えないといけないと思う。
「……分かった」
エマは意を決して、小さくうなずく。するとミアの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう! エマ、私、頑張るよ!」
ミアの喜ぶ様子を見て、エマの心の中の応援したい気持ちと、ルークとの関係を隠している罪悪感が入り混じり、胸のモヤモヤがいつまでも消えなかった。
◇
その日の午後。屋敷の庭園の中、色とりどりの花が咲く小道で、エマとミアは木陰に身を潜めていた。
「この時間はだいたいここを散歩してるけど、ルーク様、来るかな……」
ミアは何度も手紙を握り直している。手が震えて、今にも手紙は破れそうだ。
「ミア、深呼吸して。少し落ち着こう」
エマが優しく声を掛けると、ミアは少し落ち着きを取り戻したようだ。
「すぅ……はぁ……」
ミアが言われた通りに、息を整えたそのとき、入り口から聞き慣れた声が聞こえる。ルークだ。こちらに向かって歩いてくる。
「あっ……」
ルークは二人に気づくと穏やかに笑って近づいてくる。
「今日はここでお仕事?」
「うん、今終わったところ」
言いながらエマは一歩下がり、ミアを指でつついて合図する。(ミア、今だよ)
「う、うん!」
ミアは震える足でルークの前へ進み、勇気を振り絞って声をかける。
「ルーク様。少し、お時間をいただけますか?」
「もちろん、いいよ」
ルークは足を止め、ミアに静かに向き直る。
ルーク様がこんなに近くにいる。胸の鼓動が止まらない。ミアは顔を真っ赤にして、胸の前で手紙を握り締めた。
「私……」
緊張で声が震える。でもここまで来たら止められない。ミアは思いの丈を一気に、勢いに任せてしゃべり出す。
「ルーク様のことが、好きです!」
いきなり告白!? まずは手紙からじゃないの? ミア、混乱してる? 止めたほうがいいかな……。
二人の間に静かな風が吹き抜けた。ルークは思いがけない告白に、返事を考えあぐねているようだ。
「まだここでお勤めして間もないですし、ご迷惑かもしれません。でも……」
あと一歩、勇気を振り絞って最後まで続ける。
「もしよかったら、お付き合いしてください!」
そう言ってミアは深く頭を下げた。ルークの返事が来るまでの沈黙が永遠に感じる。
ルークは優しい表情を変えずに、静かにミアに伝える。
「ありがとう」
その一言で、ミアは何となく答えを悟った。やっぱり、と思う気持ちと、なぜかホッとした気持ちが絡み合う。
「でも、ごめんね。僕にはもう心に決めた人がいるんだ」
ルークはまっすぐミアを見つめて、はっきりと伝える。こちらこそ見なかったが、見ていたエマの胸がどくりと鳴る。
「その人を大切にしたいと思っています」
穏やかな声だけど、その決意は揺るがない。
「だから、あなたの気持ちには応えられません」
ミアは少しだけ唇をかみ、それでも笑顔を作った。目にはじわりと涙が浮かんでいる。
「そうですよね……でも、ちゃんと伝えられてよかったです」
ルークは小さく頭を下げた。
「勇気を出して言ってくれて、ありがとう」
ミアも頭を下げ返す。
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございました」
◇
ルークが去ったあと、ミアはしばらく空を見上げていた。
「終わっちゃった」
上を向いたまま、ぽつりとつぶやく。
「ミア……」
こういうとき、なんて言ったらいいんだろう……。
「泣かないって決めてたんだけどなぁ」
笑おうとしても、ミアの瞳から涙がこぼれてくる。エマは何も言わず、そっとミアの肩を抱いた。
「ありがとう。最後まで付き合ってくれて」
「そんな……私、何もしてないよ」
「ううん、エマがいてくれたから、私、ちゃんと最後まで伝えられたんだ」
ミアは涙をぬぐいながら、エマに向かって笑ってみせる。その笑顔は少し寂しいようで、どこか晴れやかでもあった。
そのミアの笑顔を綺麗だな、とエマは思う。自分にもこんな笑顔ができるかな……。ふと、そんな考えが頭をよぎる。
◇
その日の仕事が終わり、帰ろうとしたころ、中庭でエマはルークと鉢合わせた。ルークはエマに近づいて
「今日はありがとう。ミアさんを見守ってくれて」
と、それだけ言う。そんなルークの言葉にエマは慌てて取り繕う。
「私は何もしてないよ。ただ、成り行きというか……。でも、ミアが真剣だから、ちゃんと付き合ってあげないといけないと思って」
ルークは少しだけ困ったように笑う。
「本当は、君にだけは先に話しておきたかった」
「なあに?」
「君とのことは、まだ屋敷では公表していないから」
「うん、分かってる」
二人は顔を見合わせて、ほんの少しだけ距離が近づいた。ミアのことを思うと、少し胸が痛いけど……。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この作品は、月・水・金曜日の更新を予定しています。
少しでも楽しんでいただけていたら、書いていて良かったと感じます。
評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。
これからもよろしくお願いいたします!




