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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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5話 蒸気の匂いがする場所

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。

 ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。

 そして現れる謎の少年。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

 朝の工房は、いつも少し騒がしい。


 蒸気オーブンの圧力弁が鳴り、パン生地をこねる機械が低く唸る。焼き上がったパンの香りが店いっぱいに広がり、開店前からエマは走り回っていた。


「ルーク! そっちの黒麦パン、並べて!」

「これか?」

「違う、それ昨日の!」

「見分けがつかない!」

「つくよ!」


 エマは棚の前へ駆け寄り、呆れたようにため息をついた。

「焼き色が違うでしょ、ほら良く見て」

 ルークは真剣な顔で二つのパンを見比べる。

「……同じに見える」

「ふふん、まだまだだね」

 エマは勝ち誇ったように半分笑いながら、焼きたての籠を受け取った。


 でも、昨日、顔が触れそうなほど近づいた瞬間を思い出すたび、胸の奥がそわそわする。


 視線が合うと、平然を装っても逸らしてしまいたくなる。悟られないようにいつも通りに軽口を叩くけど、気づかれてないかな?大丈夫、私?


 でも、ルークが今日も変わらずに工房へ来てくれていることが、少し嬉しいと思ってしまう自分がいた。

 ルークは昨日と全く変わってない様子だ。その様子にちょっと不満だけど。意識しちゃうのは私だけなの?


 毎朝お馴染みの光景。ルークは毎日のように《歯車亭》で働いている。

 最初はただパンを買いに来るだけだったのに、いつの間にか店を手伝うようになり、今では開店準備までしている。


 祖父も最初こそ警戒していたが、今では「薪運びなら役に立つ」と言って普通に仕事を任せていた。

 もっとも、ルークは不器用だが。

 接客では言葉が固いし、機械を触ればだいたい壊しかける。


 この前なんて、蒸気こね機に変な触り方をして、生地を天井まで吹き飛ばした。

 あれを思い出すたび、エマは笑いそうになる。

「……また笑ってる」

「だって、あの時の顔ったら」

「もう、忘れろよ」

「え〜、無理」


 エマは肩を揺らしながら思う。

 こんなふうに誰かと笑い合う時間が、自分にできるとは思っていなかったから。


 工房で機械をいじっている時は楽しいけど、それは一人でもできる楽しさだ。

 でもルークが来るようになってから、《歯車亭》の空気は少し変わった。

 前より賑やかで、前より明るい。

 それがなんだか不思議だった。


 開店の鐘が鳴り、いつもの常連客たちが店へ入ってきた。

「おはよう、エマちゃん」

「あら、ルークくん、もうお店には慣れた?」

「問題ありません」

 ルークは真面目な顔で答える。


 その様子に客たちは笑った。

「せっかく顔がいいんだから、もっと愛想よくしなよ。その方が全然いい。ファンがついちゃうかも」

「……努力します」

 ぎこちない返事に、また笑いが起きる。


 エマはその光景を見ながら、胸の奥がほんのり温かくなってゆく。

 ルークは上層区画の人間で、最初はもっと冷たい人かと思っていたけれど、実際は世間知らずで不器用で、妙なところで真面目なところがある。

 パンの袋を結ぶだけで真剣な顔をするし、子どもに話しかけられると妙に緊張する。


 そんなルークは時々、ひどく寂しそうな顔をすることがある。特に、《ロイヤル・ギア》の話題になるときは。なんでだろう。


 昼過ぎ。

 客足が落ち着くと、エマは配達用の小型機械へ荷物を積み込んでいく。

 それは四本足の鉄製運搬機。

 蜘蛛みたいな見た目のせいで、祖父には「かわいくない」と不評だ。


「それ、本当に安全なのか」

 荷物を積み終わると、後ろからルークの声がする。

「失礼だなあ。ちゃんと動くよ」

「“ちゃんと”って言いながら前に暴走しただろ」

「今回は改良済み!」

 エマは胸を張った。


 だが次の瞬間、小型機械は突然がしゃんと揺れ、積んでいたパン籠をひっくり返した。

「あっ……」

 二人の間に沈黙が流れ、ルークがゆっくり目を細める。

「改良済み?」

「……細かい調整ミスです」


 エマは慌ててパンを拾い集めると、その隣へルークもしゃがみ込む。

「貸してごらん」

「いいよ、自分でやる」

「二人のほうが早い」

 そう言って、彼は落ちたパンを丁寧に拾い始めた。

 

 その横顔を見ながら、エマは少しだけ不思議な気持ちになる。

 最初、ルークは“綺麗な人”だと思った。

 傷一つない手。汚れていない服。整った顔。

 まるで工場の展示品みたいだと。


 けれど最近は違う。

 薪を運び、粉をかぶり、時々すすで顔を汚しながら、《歯車亭》の中に馴染んでいく。

 その姿を見るたび、エマは胸の奥がくすぐったくなった。


「……ルークってさ」

「なんだ」

「なんで毎日来るの?」

 聞いた瞬間、ルークの手が止まる。

 エマは何気ないつもりだった。

 けれど妙に静かな空気になってしまい、少し後悔する。


 ルークは落としたパン籠を戻しながら、ぽつりと言う。

「ここにいると落ち着くから」

「こんなごちゃごちゃしたところがる?」

「ああ」短い返事だった。

 けれど、その声はいつもより柔らかい。

「ここにいると……息がしやすい」


 エマは目を瞬かせた。

 ルークは滅多に自分のことを話さない。

 だからその言葉は、重く胸に残った。

「変なの」

 エマは照れ隠しみたいに言う。

「工房なんて油臭いし、うるさいし、蒸気まみれなのに」

「だから……いいんだ」

 ルークは静かに笑った。

「ちゃんと人がいる感じがする」


 その言葉を聞いた瞬間、エマの胸がどくんと鳴った。

 どう返事をすればいいのか分からない。


 だから彼女は誤魔化すように、小型機械の頭を軽く叩いた。

「ほら、配達に行くよ。今度こそちゃんと歩いて」と、機械を作動させると、蜘蛛のような運搬機はぎしぎしと音を立てながら前へ進む。


 だが数歩後、突然変な方向へ曲がってゆく。

「ああっ、そっち壁!」

 がこん、と鈍い音がする。

 エマは頭を抱え、ルークは吹き出した。

「やっぱり暴走するじゃないか」

「笑ってないで止めて!」


 二人で慌てて機械を追いかける。

 狭い路地にルークの笑い声が響き、エマの追いかける足音が響く。


 空は相変わらず灰色だった。

 けれどエマには、その日だけ少し陽が差し込んでいるように見えた。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。

 評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。

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