第5章 4話 帰国した従兄弟
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
「レオン様、お帰りなさいませ!」
玄関ホールにメイドたちの明るい声が響く。
エマもミアと並び、その様子を遠くから見守っていた。
馬車から降りてきた青年は、陽の光を受けて柔らかな金色の髪を揺らす。
長身で、整った顔立ち。どこかルークによく似た青い瞳を持ちながら、その雰囲気はまるで違っていた。
「みんな、久しぶり」
レオンはにこり、と人懐っこい笑みを浮かべ、メイドたちに向けて手を上げる。
「元気そうで安心したよ」
そう言うと、先頭にいたマーサと軽く握手を交わし、メイドたちには気さくに手を振る。
「海外のお土産もあるから、あとでみんなで分けてね」
「はい、ありがとうございます!」
レオンの優しい対応でホールに、ぱっと笑顔が広がった。
そんなレオンの様子を見て、エマは小声でつぶやく。
「優しそうな人……」
「でしょ!」
ミアがエマに向き合い、興奮気味に身を乗り出す。
「レオン様って、昔から私たちメイドにも分け隔てなく接してくれるんだって!」
自分の話題に気づいたのか、レオンの視線がこちらを向いた。私を見ている?
「あれ? 見かけない顔だね。」
レオンは軽く首をかしげると、すっと二人の前まで歩いてきた。
「君たち、新人さん?」
「は、はい!」
エマとミアは二人で思わず背筋を伸ばす。
「エマ・クラフトです!」
「ミア・ハートウェルです!」
緊張して声が重なってしまう。
「へぇ。君が噂のパン屋さんの子かな」
エマの方を向いて、レオンは楽しそうに笑う。
「ルークから聞いてるよ。下層区においしいパン屋さんがあるって。」
褒められてエマは少し照れくさくなった。
「あ、ありがとうございます」
「今度、僕にも食べさせてくれないか」
レオンの自然な笑顔に、緊張がふっとほどける。
「それじゃ、よろしくね、エマ」
そしてミアの方を向いて
「ミア、君たちもこれからよろしくね」
レオンは手を振って去ってゆく。さらりと名前を呼ばれたことに、エマは少しだけ驚いた。
◇
「ねぇ、今の見た? あの子たち名前で呼ばれてたよ!」
「レオン様、やっぱり素敵!」
レオンが立ち去ると、周囲のメイドたちは一気にざわつき始めた。
ミアまで目を輝かせてエマを見る。
「すごいね、エマ! 初対面なのに、あんなに気さくに話しかけられて!」
「そうかな?」
エマは苦笑しながら、あまり注目されたくないと弁明する。
「誰にでも優しい人なんじゃない?」
「それがまた素敵なのよ!」
恋する乙女たちの会話に、エマは返す言葉もなかった。
◇
その日の午後、用事を済ませて屋敷に戻ってきたルークのもとへ、レオンがひょっこりと顔を出した。
「ルーク、相変わらず仕事熱心だね」
「レオン、長旅お疲れさま。迎えに行けなくて悪かったね」
「気にしない気にしない。グラン・ロアの跡取りは何かと忙しいんだろ?」
レオンは向かいの椅子へ腰掛けると、机の上の書類を見て肩をすくめた。
「凄い書類の量だな。相変わらず真面目」
「君が自由すぎるだけだよ」
「そうかい? 人生は楽しんだ者勝ちだぜ」
レオンはそう言って笑うが、ルークを見てすぐに話題を変え、身を乗り出した。
「それよりさ、新人の子のエマちゃん、かわいいね」
ルークの手がぴたりと止まる。
「……エマ?」
「うん。明るくてよく笑うし、俺、ああいう子が好きなんだよね。」
レオンが楽しそうにエマのことを話し続けることを遮るように、ルークは静かに紅茶を置いた。
「あまりからかうものじゃないよ」
「からかう? 俺は結構本気だけど?」
レオンの言葉に、ルークは返事ができなかった。その様子を見てレオンはにやりと笑う。
「その顔。エマちゃんのこと、気になるの?」
「別に。」
「へぇ。」
レオンは意味ありげに笑った。
◇
その日の夕方、エマが中庭で花壇に水をやっていると、後ろから声をかけられた。
「あ、エマちゃん、見つけた」
振り返るとレオンが手を振りながら、こちらに向かってくる。
「エマちゃん、お仕事頑張ってるね。手伝おうか?」
「あ、大丈夫です。もう終わりますから」
「そうか。じゃあ、終わったら少し散歩しない? うちの庭、案内してあげるよ」
「えっ、でも……」
(いきなり誘われても困るんですけど……)
「この屋敷、広いから迷子になるよ。それに綺麗な花が咲いてるところがあるんだ」
戸惑っているエマを横目に見ながら、レオンはゆっくりと歩き出す。
放っておくわけにもいかないので、手早く片付けて、エマも後をついていく。
庭園には色とりどりの花が咲き、噴水の水音が心地よく響いていた。
「お掃除に夢中で気づかなかったけど、こんなにきれいだったんだ」
「でしょ? うちの自慢の庭だよ」
レオンは花を一輪摘み、くるりと指先で回す。
「これ、君に似合いそうだ」
そう言うと、エマの髪にそっと花を飾った。
「えっ?」
(いきなりですか! 対応に困るんですけど!)
「うん、思った通り。可愛いね」
自分から言っておいて、照れくさそうに笑っている。でも、優しそうな顔、『可愛いね』と、堂々と言える。その言葉にエマの頬が赤くなる。
「そ、そんな、可愛いなんて……」
「褒め言葉は素直に受け取って」
レオンのあまりに自然な仕草に、エマもつられて笑ってしまう。
「ありがとうございます」
そんな二人のやり取りを、少し離れた回廊からルークが見つめていた。
小さな花を髪に飾られて、頬を赤らめて楽しそうに笑うエマ。そして、その隣で屈託なく笑うレオン。
胸の奥が少しだけざわつく。これはレオンのいつもの挨拶だ。ルークは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
それでも、恋という感情は理屈では動いてくれない。
ルークの視線に気づいたのか、レオンはルークと一瞬だけ目を合わせると、小さく口元を緩めた。
(ごめん、ルーク。少しだけ、付き合ってもらうよ。)
その笑みの意味を知る者は、まだ誰もいなかった。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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