第5章 3話 恋するメイド
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
ある日、《歯車亭》の釜が壊れてしまい、パン屋が開けられなくなりました。途方に暮れるエマにルークが出した提案は、お屋敷のメイド!?
メイド修行のなかでできた新しい友達、そして海外から戻ってきたルークそっくりの従兄弟になぜか迫られて、エマはどうなってしまうのか!?
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
ロイヤル・ギア社の屋敷で働き始めて数日が過ぎた。
広い屋敷にも少しずつ慣れ、エマはメイド服の裾を気にすることなく歩けるようになっていた。
「おはよう、エマ!」
エマが着替えていると、朝から元気いっぱいの声が飛んでくる。
「おはよう、ミア」
ミアは今日も笑顔だ。二人は同い年ということもあり、休憩時間にはいつも一緒に過ごすようになっていた。
「今日は手分けして窓を全部拭くんだって」
「高いところ、手が届くかな?」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
◇
午前の仕事を終えた昼休み、食堂は今日も賑やかにメイドたちが話を弾ませている。
ミアと一緒に食事を終えた頃、年上のメイドが新聞を手に、誰ともなく喋り始める。
「そういえば、ルーク様とベルク家のお嬢様の婚約話、本当になくなったみたいね」
「新聞にも載ってるの? 見せて見せて」
「政略結婚って大変よねぇ。」
その話題にエマはスープを飲む手を止めて、耳をたててしまう。二人の婚約話が白紙になったこと、ここのみんなはどう思ってるんだろう……。
「でもさ、これでルーク様はまだ独身ってことでしょ?」
別のメイドが悪戯っぽく小さく笑う。
「きゃー!」
「夢見ちゃう!」
「もしかしたら私たちにも!」
食堂中に笑い声が響き、エマは思わず苦笑した。(私とルークは一応、恋人というか……)
もちろん口には出せない。恋人同士だと公表しているわけではないのだから。
そのとき、隣でみんなの話を聞いていたミアが、真剣な顔でエマに向き合う。
「ねえ、エマ、ちょっといいかな」
「なに、ミア、どうしたの?」
「エマにお願いがあるの」
何だろう。エマが思わずごくり、と唾を飲み込むと、ミアは意を決して告白する。
「私……ルーク様に告白したい!」
「えぇっ!?」
予想外の展開に思わず大声が出て、立ち上がりそうになる。
「しーっ! 声が大きい!」
ミアは慌ててエマの口を押さえた。
「ご、ごめん……」
心臓がどきどきする。まさか、そんな相談を受けるなんて思ってもみなかった。
「ほら、ルーク様の婚約話が、なくなったでしょ? だったら、私にもチャンスあるかなって」
ミアは頭を掻いて、少し照れながら笑う。
「そ、それは……」
「エマたち下層区の子にも、ルーク様は普通に話してるでしょ?」
「え? うん……」
「新人の私たちにも優しくしてくださるし、身分なんて気にしない方なんだなって」
ミアの言葉を聞いて、エマは返事に困る。
確かにルークは誰にでも優しい。だからこそ、ミアも惹かれ、告白しようと思ったんだろう。
「お願い! エマ、手伝って!」
ミアはエマに祈るように両手を合わせ、頭を下げた。
「わ、私が? 何をすればいいの?」
「ルーク様と話すきっかけ作って欲しいの」
エマは頭の中が真っ白になり、その場で固まってしまう。
(どうしよう……恋人なのに、恋人の告白を応援するの?)
「ねぇ、エマ、お願いだから手伝って!」
ミアから上目遣いで、期待に満ちた瞳を向けられる。
「ううっ……」
今すぐ断りたい。でも、何と言えばいいのだろう。自分たちの関係はまだ公にはしていないのに。それにミアは私たちのことを何も知らない。だからこそ、その笑顔を曇らせたくなかった。
「……少しだけ、なら」
「本当!? エマ、ありがとう!」
エマの返事にミアは目を見開いて飛び上がるほど喜ぶ。ミアにぎゅっと抱きつかれたエマは、棒立ちになって苦笑するしかなかった。
「あはは……」
(ルーク……どうしよう)
◇
夕方。
仕事を終えたエマは中庭でルークと顔を合わせた。エマの様子に気付いたようで、ルークは優しく声を掛ける。
「今日は元気がないようだけど、何かあった?」
「えっと、その……」
ミアのことを相談したい。でも相談したら、きっとルークも困る。
「ううん、大丈夫。疲れだけだよ」
無理に笑ってみせるが、どうしても顔が引きつる。ルークは心配そうに見ていたが、それ以上は聞かなかった。
「困ったことがあったら、ちゃんと話して」
「……うん」
その優しさが、今は少しだけ苦しかった。
◇
次の日
着替えるために使用人部屋へ入ると、ミアがすでに着替えていた。机いっぱいに紙を広げて、何か書いている。エマに気づくと、顔だけ振り返り、満面の笑みを浮かべて
「エマ、おはよう! ちょっとこれ見て!」
「おはようミア。朝から元気だね。って何、それ?」
ミアはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、自慢げにエマの前に紙を広げる。
「完成したわ。これが私の告白大作戦!」
そこには箇条書きで大きく書かれている。
第一案 手紙を渡す。
第二案 庭園で二人きり。
第三案 花束を渡して想いを伝える。
「ねぇエマ、この中だったら、どれがいいと思う?」
ミアが目を輝かせながら聞いてくる。その様子に気圧されてエマは思わず額に手を当てた。
(これは……しばらく大変なことになりそう)
早く行かないと、とミアをたしなめて使用人部屋から出ると、屋敷の玄関からメイドたちのざわめきが聞こえてくる。
「レオン様が帰って来られたって!」
「海外からお戻りとは聞いていたけど、いきなり今日帰ってきたの!?」
メイドたちのざわめきを見て、エマとミアは顔を見合わせる。
「レオン様って誰?」
「知らないの? ルーク様の従兄弟よ。すっごく格好いいって噂なんだから!
◇
メイドたちが慌ただしく出迎えの準備をしている頃、屋敷の正面玄関では、一人の青年がゆっくりと馬車を降りていた。
柔らかな金色の髪。ルークによく似た整った顔立ち。その青い瞳は、屋敷を静かに見渡しながら、悪戯っぽく笑う。
「久しぶりだな、グラン・ロア」
彼――レオン・アシュフォードの、笑みの奥に秘められた本当の目的を、このとき知る者はまだ誰もいなかった。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第5章が始まりました!
今回が最終章、この物語は終わりとなりますが、最後までよろしくお願いします。
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