第4章 12話 令嬢の反逆
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
しかしある日、「グラン・ロア再生計画」が動き出し、ルークの婚約者を名乗る少女が突然現れます。
揺れ動くエマとルークの想い。そして、街の未来を左右する「グラン・ロア再生計画」に隠された真実とは。
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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二人が振り返ると、扉の前にレイウッドと執事が立っていた。
「アリシア、それほどまでに真実を知りたかったのか……なら、隠す必要もないか」
レイウッドはゆっくりと瞼を開く。その瞳にはもはや隠す意思はなかった。
「そうだ。それが『グラン・ロア再生計画』の真の目的だ。貧困と犯罪にまみれた下層区を一掃し、グラン・ロアを世界一の大都市へと導く。そのための犠牲ならば、歴史は必ず受け入れる」
レイウッドの声に迷いはなかった。
アリシアは震える拳を胸元で握り締める。
「お父様。本当に、お母様と同じ景色を見ていたのですか……お母様が願っていた国は、こんな国ではありません! 私はお母様に『国のために生きなさい』と言われて育ちました。優秀な人間? そのために、罪なき人々を排除することが、国のためと本気で思ってられるのですか!」
「黙れッ!」
突然、雷鳴のような怒声が書庫を震わせ、レイウッドの肩が激しく上下していた。
「私ほど……彼女を理解していた者はいない!」
レイウッドの豹変ぶりに全員が息を呑む。
「お前の母は病気で死んだ! なぜ? 治療設備が不足していたからだ! 必要な施設も予算も足りなかった。私は二度とあんな悲劇を起こさせない!」
レイウッドは拳を握り思いの丈を爆発させる。
「グラン・ロアを発展させ、どこよりも豊かな都市にする。それが彼女への償いだ」
レイウッドの想いを受けたアリシアは唇を強く噛んだ。この人は……父は冷酷だからこんな計画を立てたのではない。母を救えなかった後悔が、
数々の女性を描くことでも埋められなかった心が、この人をここまで追い詰めてしまったのだ。
——だからこそ、止めなければならない。
「お母様は、人を切り捨てて築く未来など望んでいなかったでしょう、誰かの涙の上に築かれた繁栄など、国ではありません!」
アリシアの反論にレイウッドは激昂し、「ニ人を拘束しろ!」と執事に命令する。
「アリシア様。申し訳ありませんが、お静かにしていただけますか。動かれますとアリシア様の大事なお仲間を傷つけることになります」
執事が銃をセレナに向け、動かないように伝える。そしてアリシアが今まで聞いたことのない程の冷酷な声でセレナに指示を出す。
「ガウンを脱いで端に投げて、手を頭の後ろに組むんだ。抵抗されては困るからな」
セレナは言われた通りに、ガウンを脱いで端に捨てて、手を頭の後ろで組む。セレナの一糸纏わぬ身体が執事の前で露わになり、恥辱に顔を歪める。
「セレナさんっ! 止めて! こんなことっ!」
大切な仲間の露わな姿を見て、アリシアはどうにかしないと思考を巡らせる。
アリシアがセレナの顔を見ると、眼はアリシアの方を向いていた。僅かに目元を緩める仕草がまるで『任せて』と言っているように。
セレナは執事たちの視線に耐えられない様子を見せるために少し俯き、足を閉じて腰を落とす。……足のバネを生かせるように。
「さあ、観念して私に付いてきて貰うぞ」
執事が銃を突きつけたままセレナに近づく。セレナは表情を読み取らせないように俯き、執事に話しかける。
「私はこれからどうなるのかしら?」
執事は勝ち誇った表情を見せて伝える。
「ここで言う必要はない。立つんだ」
執事の取り付く島もない態度に、セレナは声を震わせて、ほぼ聴き取れない位の小声で呟く。
「私は……この資料以外にも……計画を転覆させる……資料を……」
セレナは何か重要なことを言っているようだが、小声でここからは聴き取れない。
執事が話を聴き取ろうとして、セレナの方にかがみ込もうとしたとした瞬間を、セレナは見逃さなかった。
次の瞬間、セレナは右足で力強く床を蹴り、腰を上げると同時に、骨盤を前方に突きだしながら左足を上げて身体全体を素早く回旋させる。鞭のように加速した左足が執事の側頭部を捉え、執事はそのまま崩れ落ちる。
執事が崩れ落ちた瞬間、セレナは素早くガウンを掴み、ついでに執事が落とした拳銃も頂く。
アリシアも資料を掴むと二人は目を見合わせて、呆然としている伯爵を横にしてアトリエを飛び出し、廊下を駆け抜ける。
「こちらですわ!」
アリシアがセレナを先導して、出口に向かって駆け抜ける。セレナはガウンを羽織りながらその後を追う。給仕達はアリシアの突飛に見える行動に、手を出しあぐねて道を開けている。
屋敷を出ると、セレナは近くに隠していた『小型蒸気二輪車』を起動させると、アリシアに「早く乗って!」と伝える。
「こんな機械に乗るのは初めてですわ!」
今はここから離れるのが先だ。セレナはアリシアの意見もそこそこに流して、蒸気機関の音に耳を澄ます。出力は安定してる、これなら行ける。
「何とかするから捕まって!」
そう言うと同時にスロットルを回すと、車体は急加速して一気に駆け抜ける。行く場所はルークの屋敷だ。
夜の帳が下りるころ、アリシアとセレナが屋敷へ駆け込んできたと聞いて、ルークはすぐさま二人のもとに駆けつける。
月明かりに照らされたアリシアたちの姿を見た瞬間、彼は安堵したように息をつく。だが、アリシアの整えられた髪や化粧は乱れ、ドレスには土埃が染み込んでいる。隣のセレナに至ってはガウン一枚で、目も当てられない格好だ。
「二人ともその姿、まさか屋敷で何かあったんですか!……まずはセレナさん、着替えてください」
セレナは使用人に連れられて、屋敷に入る。
アリシアは地面に座り込んだまま、ルークを見上げる。
「アリシア様、お怪我はありませんか?」
その一言には打算も遠慮もなかった。ただ目の前の彼女が無事かどうか、それだけを気遣う真っ直ぐな響きだった。
アリシアの瞳からは疲労の色が伺えるが、仕事をやり遂げた達成感によって頬は紅潮し、安堵の笑顔を浮かべる。
「私は大丈夫です。でも、急いでお話ししなければならないことがあります」
「本当の資料を見つけたんですね。」
アリシアは黙って頷く。
「ええ、でもそのためにお父様と争ってしまいました。お父様は私たちを拘束しようとしたので、セレナさんと逃げてきたのです」
「アリシア様、そのためにこんな危ない目にあって……」
アリシアの震える肩を見たルークは、何も言わずに自分の上着を脱ぎ、そっと彼女の肩へ掛けた。
「もう大丈夫ですよ。後は休んでください」
ルークの落ち着いた声に、張り詰めていたアリシアの表情がわずかに緩む。
そしてルークは彼女から差し出された資料を受け取り、一枚、また一枚と目を通して、最後のページを閉じると、ルークは資料をしっかりと握り締め、小さく息を吐く。
ルークは、真実を命懸けで届けてくれた彼女への感謝を込めて伝える。
「これがあれば、父上と話ができます」
その声に迷いはない。ロイヤル・ギア社の未来も、この街の運命も、すべてはこれから始まる父との対話にかかっていた。
「蒸気街のパン屋と御曹司」第4章が始まりました! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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