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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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第4章 8話 ルークの帰ってくる場所

 蒸気機関が発達した街、グラン・ロア


 下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。


 しかしある日、「グラン・ロア再生計画」が動き出し、ルークの婚約者を名乗る少女が突然現れます。


 揺れ動くエマとルークの想い。そして、街の未来を左右する「グラン・ロア再生計画」に隠された真実とは。


 恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。


※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。

 閉店後の《歯車亭》は、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。窯の中では最後の薪がぱちりと音を立て、焼きたてのパンの甘い香りだけが店内を満たしている。


 そのとき、扉の鈴が小さく鳴り、聞き慣れた声がした。

「……まだ大丈夫かな?」 


 エマが顔を上げると、そこには疲れ切った表情のルークが立っていた。白いシャツの襟元は、汗がくっきりと縁取り、袖口は黒ずみ生地が少しけば立っており、肩は重そうに落ちている。


「ルーク! そんな顔して……大丈夫なの?」

「ああ……少し、疲れただけだ」


 その「少し」が嘘なのは一目で分かったけど、エマは何も聞かずに「座って」と、それだけ言って温かい紅茶を置く。

「ありがとう」

 ルークは礼を言うと、紅茶に口をつけた。


 湯気が二人の間をゆっくり漂い、静かな時間が流れてゆく。けれど、不思議と気まずくはなかった。


 やがてルークがぽつりと話し始める。

「父とまた言い争いになった」

 エマは何も言わずに、ただうなずきながら聞いている。

「会社のこと、再生計画のこと……何を言っても聞いてもらえない」

「……うん」

「期待されているのは分かる。でも、このままでいいとは思えない」


 エマは相槌を打つだけだった。安易に励ましもしないし、正論も言わない。ただ隣で聞いている。それだけで、ルークの張り詰めていた肩から少しずつ力が抜けていく。


「……不思議だ。」

「え?」

「エマに話していると、肩の力が抜ける。」


 ルークが笑うところを久しぶりに見た気がする、今のルークは会社で見せる御曹司の顔じゃない。誰かに気を遣う笑顔でもなく、心から安心した人にだけ浮かべる笑顔。そう思えた。


 ルークの表情を見て、エマの胸の奥が温かくなってくる。そして、エマはようやく気付いた。


 ルークがここへ来る理由。


 パンを食べるためだけじゃない。

 誰にも言えない気持ちを話せる場所。

 肩書きを忘れて本当の自分に戻れる場所。

 それが《歯車亭》なんだ。


 私は……アリシア様みたいに綺麗じゃないし、貴族でもない。政治の話についていけない。

 でも、ルークが疲れた心を休めて、本当の自分に戻れる場所なら私にも作れる。

 今のルークはそれを望んでいるみたいだ。


 胸を締め付けていた劣等感が、少しだけほどけていく。

「ねえルーク、お腹空いてない? ちょっと待ってて。」


 ルークが頷くのを見ると、エマは厨房へ向かい、できたての《蒸気リンゴパイ》を窯から出してお皿に乗せる。すると周囲に甘い香りとともに湯気が立ち上る。


「はい。できたばっかりだよ」

「エマ、ありがとう。」

 ルークは嬉しそうに笑って、パイを食べ始めたときに扉の鈴が再び鳴る。


「夜分遅くに失礼いたします。」

 扉の方から聞こえる静かな声に振り返ると、そこにはアリシアが立っていた。彼女の凛とした佇まいは、静まり返った店内でも目を引く。


「アリシア様? どうしてここに?」

「ルーク様がここに来ていると聞いて、伺いました。気になることがあったものですから」

 そう言ってアリシアが店内へ入ると、ふと足が止まった。


 ルークが笑っている。

 それも、自分の前では見たことのない、心から安心しきった笑顔で。

 隣に座っているエマも自然に笑っていた。

 二人の間には言葉以上の空気が流れている。


(……何、この気持ち。)

 アリシアは胸の奥が締め付けられるようで、息が少し苦しい。

(どうして……。)

 視線が二人から離れない。

(ルーク様は……エマさんの前では、あんな顔をなさるの?)


 その笑顔を、自分はまだ一度も見たことがない。どうして胸が痛むのか理由は分からないけど、この胸の鼓動だけははっきりしている。


「ルーク様」

 呼びかける声が少しだけ震える。

 アリシアの呼びかけにルークは我に返ったようだ。エマも顔を背け、その場の空気が変わる。

「ああ、アリシア、すまない。もうこんな時間か。」


 ルークが立ち上がろうとするとき、店の外から誰かの怒鳴り声が聞こえた。

「火事だ! 火事だ!」

 街の人たちの怒声に続いて、けたたましく鐘の音が鳴り響く。

「何の騒ぎですの!」


 三人が同時に外を見ると、夜空の向こうに黒煙がゆっくりと立ち上っていた。

「政府が下層区に火を放ったんだ!」

「政府の奴ら、もう我慢できるか!」

「これ以上政府の好き勝手にさせるな!」


 人々が通りを駆け抜けると共に、虚偽の情報や、根拠のない噂が怒りの波となって街中へ伝染していく。


 街の人たちの騒ぎを見つめながら、ルークは険しい表情を浮かべた。

「まずいな……。」

 グラン・ロアの夜が、大きく揺れ始めていた。


 「蒸気街のパン屋と御曹司」第4章が始まりました! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


 この作品は、月・水・金曜日の更新を予定しています。


 少しでも楽しんでいただけていたら、書いていて良かったと感じます。


 評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。


 これからもよろしくお願いいたします!

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