表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/43

第4章 6話 疑惑

 蒸気機関が発達した街、グラン・ロア


 下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。


 しかしある日、「グラン・ロア再生計画」が動き出し、ルークの婚約者を名乗る少女が突然現れます。


 揺れ動くエマとルークの想い。そして、街の未来を左右する「グラン・ロア再生計画」に隠された真実とは。


 恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。


※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。

 ロイヤル・ギア社の紋章が描かれた蒸気自動車が、ベルク公爵家の屋敷の正門をくぐる。


 磨き上げられた石畳に左右対称に整えられた庭園。噴水から立ち上る白い蒸気が、朝日に照らされて幻想的に揺れていた。


 下層街とはまるで別世界だ。自動車の窓からルークは物思いにふけっていた。

「ルーク様、よくおいでくださいました。どうぞこちらへ」


 執事に案内され、応接室へ通される。豪奢な調度品が並ぶ部屋の中央では、一人の令嬢が紅茶の支度をしていた。


「お待ちしておりました、ルーク様」

 アリシア・フォン・ベルクは、いつも通り涼やかな微笑みで一礼する。


「急なお招きにもかかわらず、お越しいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。私もアリシア様にお会いしたく思っていました」

 アリシアがルークに椅子を進めると、ルークはアリシアの向かいに腰を下ろす。


 ティーカップから立ち上る湯気だけが、静かな部屋にゆっくりと溶け、優雅な時間が流れていく。


 婚約者同士とはいえ、こうして二人きりで会うのはまだ数えるほどしかないため、互いに何を切り出すべきか迷い、短い沈黙が流れた。


 やがて、アリシアが静かに口を開く。

「単刀直入に申し上げます。」

 真っすぐな青い瞳がルークを見据える。

「……私は、『グラン・ロア再生計画』に疑問を抱いております。」


 その一言に、ルークの目が大きく見開かれた。

「やはり、あなたもでしたか。」

 ルークは小さく息をつき、肩の力を抜く。


「婚約の話を聞かされた日から、何かがおかしいと思ってた。再開発の話も、親父の様子も……全部、噛み合わない。」


 ルークの話を聞いて、アリシアの表情がわずかに和らぐ。

「疑問に思っていたのは、私だけではなかったのですね。」

「ええ。私もです」


 二人はそれだけで、胸につかえていた重いものが少しだけ軽くなる気がした。

 二人は静かに視線を交わす。互いが敵ではなく、同じ疑問を抱く協力者なのだと確信したのだから。


「では――」

 アリシアは姿勢を正し、静かに切り出した。

「お互いが知っていることを、一つずつ話しませんか。」


「まずは、私から話しましょう」

 ルークは今知っている情報を全て話し出す。

 下層区の人間を『移転対象』と記し、その後の計画が記されていないこと。


 そして父は最後に『政府が相手だ。穏便に済ませろ』と消極的な態度を取っていることから、本心では計画に賛同しているわけではないのかもしれない。

 あくまで僕の推測だけど、と付け加えておく。


「ルーク様、そこまでおっしゃっていただき、ありがとうございます。次は私の番ですね」


 アリシアは一呼吸おいて、話し始める。

「私も先日の説明会のあと、再生計画を見直すために事務局に行き、統計資料を確認したところ、見慣れない項目を発見いたしました」

 

「街の様々なデータの最後に『区域浄化指数』という見慣れない項目があったのですが、この項目についての説明がないことを不自然に思いました。


 そして父に聞いたところ『その項目は精査の段階で破棄されたものだ。気にする必要はない』と、はぐらかされてしまいました。」


「私はどうしても気になったので、屋敷の中を探したのですが、それらしい資料は何処にもなくて、探していないのはアトリエくらいです」


 ひと通り話し終えたアリシアは、小さく息をついた。冷静な表情は崩していないものの、その瞳にはわずかな疲労の色が滲んでいる。


「少し、休憩にしませんか?」

 彼女が静かに給仕を呼び、二、三言指示を出すと、ほどなくして銀の盆が運ばれてきた。


 すると、ふわりと甘く香ばしい香りが部屋いっぱいに広がる。焼きたてのバターの香りと煮詰めたリンゴの甘酸っぱさ。そして蒸気機関の熱でじっくり焼き上げた、あの独特の香り。

「これは……蒸気リンゴパイ?」


 ルークから思わず漏れた声に、アリシアはくすりと微笑んだ。

「お気づきになりましたか。このパイは、エマさんのお店で買ったものです」


 ルークの胸が小さく跳ねる。動揺をアリシアに悟られないように、それとなく返事を返す。

「先日の説明会でエマさんにお会いして、その後、街をご案内していただきました」


 そう言って一口紅茶を含むアリシアの表情は穏やかだった。

「エマさんは、とてもしっかりした方なのですね。下層街のことを本当に大切に思っていらっしゃる」


 ここまで話して一拍置く。そしてアリシアの青い瞳がまっすぐルークを見据えた。

 穏やかな笑みはそのままなのに、その視線だけが静かに真実を探っている。


「……ルーク様」

 静かな声が応接室に落ちる。

「ルーク様とエマさんは、どのようなご関係なのですか?」


 その問いにルークは息を呑んだ。喉がひどく渇き、動悸が高鳴る。アリシアにどう自分の気持ちをどう伝えたらよいか思案する。


 アリシアは、自分の婚約者。そしてエマは――。

 ーーただの友人ーー


 そう言い切ろうとして、言葉が喉につかえた。

 ルークの胸に浮かぶのは、パン屋で笑う彼女の顔。二人で交わした何気ない会話。そして様々な困難を一緒に乗り越えてきた大切な人。


 気がつけば、"友達"という一言では収まらないほど、彼女の存在は大きくなっていた。


 そして、『これから先も、君と一緒にいたい』と飛行船の中で彼女に告白したのは、決してその場に流されただけじゃない。僕は心から彼女のことを……。


 だが、その想いを今、この場で口にすることなどできるはずもない。静まり返った応接室で、ルークは答えを探すように、ゆっくりと息を吸い込んだ――。


 「蒸気街のパン屋と御曹司」第4章が始まりました! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


 この作品は、月・水・金曜日の更新を予定しています。


 少しでも楽しんでいただけていたら、書いていて良かったと感じます。


 評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。


 これからもよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ