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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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第4章 4話 アリシアの誤解

 蒸気機関が発達した街、グラン・ロア


 下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。


 しかしある日、「グラン・ロア再生計画」が動き出し、ルークの婚約者を名乗る少女が突然現れます。


 揺れ動くエマとルークの想い。そして、街の未来を左右する「グラン・ロア再生計画」に隠された真実とは。


 恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。


※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。

『初めまして。私はアリシア・フォン・ベルク。ルークの、婚約者ですわ』


 その夜、エマはどうやって《歯車亭》まで帰ってきたのか覚えていない。ただ、アリシアの言葉に頭が真っ白になり、いたたまれなくて会場から逃げるようにその場を去った。


 自室のベッドに横になるが、アリシアのことが頭から離れない。豪華な衣装に負けない堂々とした振る舞いと、自身に満ち溢れた表情から醸し出される気品。


 その存在感にエマは何一つ敵わないと思ってしまう。他の人を下に見ない慈愛に満ちた笑顔がよりエマの劣等感を刺激してしまう。


 アリシアが言った『婚約者』と言う響きがエマの頭のなかで何度も反芻される。私、ルークから何も知らされていない……エマの瞳に自然と涙が溢れてくる。


 じいちゃんが食事を作ってくれて、エマを呼んだが、今は食べる気にならない。

「ごめん、今はいらない」

 じいちゃん、心配させてごめんね……。


            ◇


 夜も更けてきた頃、ルークは《歯車亭》の扉を叩く。あのとき何故、すぐにアリシアを振り払ってでもエマを追いかけなかったのだろうと後悔の念に苛まれる。今はただ、エマに謝りたい。


 扉が開き、出てきたのはエマではなく、じいちゃんだった。じいちゃんはルークを一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らして「帰れ」と一言だけ言って扉を閉めようとする。


「待ってください!」

 ルークは何とか話を聞いてもらいたくて、扉にしがみつく。話を聞いて貰いたくて必死になる。


「僕がエマを悲しませてしまったことで、おじいさんが怒るのも当然です。それでも、エマに謝りたいんです。婚約の話を隠していたわけじゃない、エマにちゃんと話せなくて……」


「お前は、まだ父親の言いなりなのか?」

 じいちゃんに突然問いを投げかけられて、ルークは認めたくない本心を突かれた気がした。


「お前は、自分で決めているつもりでも、アルバートの意のままに動かされているのではないか?」

 エマの祖父は父を知っている? ルークは初めて知る事実に目を見開いた。


「私の父を知っているのですか?」

「昔、一緒に仕事をした。ただ、それだけじゃ。さあ、エマはもう寝てるから、今日は帰れ」

 その場で立ち尽くし、呆然とするルークを残して扉が閉まり、鍵がかかる音だけが残った。


 次の日、下層区の広場に大きな立て看板が掲示される。見出しには『グラン・ロア再生計画』と表示され、内容は下層区の再開発の説明会か三日後に行われると書いてある。


 立て看板を見た街の人々は、顔を見合わせる。 政府からの急な告知を見た街の人々から所々にざわめきや不安の声が上がる。


 そして三日後、下層区の広場に会場が設けられて政府の役人が多数訪れる。

 広場に来ていたエマは、役人の中でも特別扱いされている要人の中にアリシア・フォン・ベルクが来ていることに気づく。


           ◇


 アリシアは当日の朝、レイウッドから突然説明会のことを告げられた。

「今日は『グラン・ロア再生計画』の説明会だ。お前も同行しなさい」

 アリシアに現場を知ってもらうため、あえて有無を言わせぬ口調で伝える。


「……承知しました」

 アリシアが静かに部屋を後にすると、執務室には再び静寂が戻る。


 レイウッドは窓の外へ視線を向けた。

 朝日に照らされたグラン・ロアの空は蒸気がゆっくりと街を包み、煙突から白い煙が立ち上る。その景色を眺めていると、不意に遠い日の記憶が脳裏をよぎった。


         ◇


『レイウッドさん、聞いてください』

 振り返ると、妻が嬉しそうに紙袋を抱えて笑っている。

『今日は下層区で美味しいアップルパイを見つけたの。今度、一緒に食べに行きましょう?』


 柔らかな笑顔が胸をかすめる。だが、その面影は朝の陽射しに溶けるように消えていった。


 なぜ今になって思い出すのか、レイウッドは小さく首を振る。

「……昔のことだ」

 そう呟くと、再び机の上の計画書へ視線を落とした。


          ◇


 エマはアリシアの顔を見た途端、脳裏にあのとき言われた台詞が思い出される。

『ルーク様の、婚約者ですわ』


 この人が『グラン・ロア再生計画』に関わっているの? だとしたらルークとの関係は……なんなんだろう、もう!


 エマが思慮に耽っていると、説明会が始まっていた。大まかな内容は、グラン・ロア下層区が長年に渡る無計画な都市開発や、各地からの人口の集中により建物は老朽化が進んでいる。


 さらに衛生面、治安の面でも問題が多発していることを挙げ、政府は今回の再生計画を立ち上げたのだという。


 しかし、話を聞いていた住民たちの反応は冷たい。《歯車亭》の常連たちも、「そんな話は信じられねえ」 「移転先なんて聞いてない」と不信感を示し、役人に罵声を浴びせる人も出できた。


 街の人々の反応に政府の役人達が、「新しい住宅を用意します」 「皆様の生活は必ず良くなります」と説明するが、弁明としか受け取れなかった。


 アリシアにとって、街の人々のこの反応は予想外の行動だった。この人たちは誤解している。新しい家、清潔で安全な街への移住。今よりも幸せな生活が送れるのは間違いないのに、何故、この人たちはこんなにも反対しているの?


「ねぇ、みんな! 落ち着いて!」

 そのとき、困惑しているアリシアや役人たちを尻目に、街の人々の前にエマが歩み出た。


 ……街の人たちの気持ちもよく分かる。でも、ただ不満をぶつけるだけじゃだめだと思う。どうしたらいいのか分からないけど、でも今はみんなを止めないと。


 あの娘……ルーク様のお知り合いの子だわ。下層区の子だったのね。あの娘なら私たちの意図を理解してくれるはず。


 アリシアは椅子から立ち上り、街の人々に向き合う勇敢な少女の元まで歩み寄る

「こんにちは。またお会いしましたね」

 エマが振り向くと、アリシアが気品のある丁寧な言葉遣いで微笑みかけてくる。


 アリシアに話しかけられたエマは、『ルークの婚約者』と言う台詞が頭から離れずに、思わず身構える。平静を装っても、動きが人形のように固くなってしまう。


「失礼ですが、あのときはお名前をお伺いしていなかったので、お名前を教えていただけますでしょうか」


 エマははっ、と気づく。そういえばあのときはろくに返事もしないでその場を去ってしまった。婚約者はともかく、ちゃんと返事しないと。


「わ、私はエマ・クラフトです。この街で《歯車亭》というパン屋をやってます」

 だめだ、なんか緊張してしまう。変なしゃべり方になってないかな?


 それでも、エマが名前を教えてくれたことに、アリシアは喜んでいるようだ。エマに向かって優しい微笑みを浮かべながら

「エマさんとおっしゃるのですね。改めまして、私はアリシア・フォン・ベルクです。よろしくお願いします。エマさん」


 アリシアは一度、街の人たちを眺めてからエマに向き直り、エマにお願いをする。


「エマさん、一つお願いしてもよろしいかしら? 私たちは下層区の皆さまのために、この再生計画を立ち上げました。どうか街の人たちを説得していただけませんか」


 「蒸気街のパン屋と御曹司」第4章が始まりました! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


 この作品は、月・水・金曜日の更新を予定しています。


 少しでも楽しんでいただけていたら、書いていて良かったと感じます。


 評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。


 これからもよろしくお願いいたします!

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