第4章 2話 グラン・ロア再生計画
蒸気機関が発達した街、グラン・ロア
下層区のパン屋で暮らす機械いじり好きの少女エマは、じいちゃんと穏やかな毎日を送っていました。
しかしある日、「グラン・ロア再生計画」が動き出し、ルークの婚約者を名乗る少女が突然現れます。
揺れ動くエマとルークの想い。そして、街の未来を左右する「グラン・ロア再生計画」に隠された真実とは。
恋愛、モノづくり、そして蒸気あふれる下町の空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
物語は《歯車亭》でエマがパンを売るところから始まる。
「いらっしゃいませ!」
エマがとびっきりの笑顔で客にパンを渡している。焼き上がったのはふっかふかの『蒸気リンゴパイ』だ。
レジの隣でお釣りを渡しているのは、オートマタのノア。まだ歩くことはできないけど、挨拶とお金を渡すことくらいはできる。街の人々は今まで通りノアのことを心暖かく迎えてくれる。
お昼の繁忙期を終えて、エマは夕方に向けてのパンの仕込みをしながら、隣で手伝っているルークに声をかけた。
「ねぇルーク、最近、身なりの良い給仕さんが良く『蒸気リンゴパイ』を買ってくれるんだけど、知らない?」
「さぁ……」
パンをこねる機械を見ていたルークが覇気のない声で答える。ルークは最近いつもこんな感じだ。心ここにあらずといった感じ。気がつくとこねる機械が回り続けている。
「ルーク! 生地こねすぎ!」
慌ててルークが機械を止めるが、生地はだらっと垂れてしまっている。
「ルーク、ぼーっとしすぎ!」
エマに怒られても、ルークは上の空だった。
やれやれと思いつつ、エマは生地をこね直す。生地をこねながらエマはふと、私が小さい頃、身なりの良い女性が来て、うちのアップルパイを凄く喜んで、頭を撫でてくれたことを思い出す。うちのパイの味は上層区の人にも伝わる。それがとても嬉しかったことを思い出した。
◇
ルークは昨夜突然、父に呼び出された。
内容は政府高官の御令嬢と婚約しろと言うことだった。理由としてはロイヤル・ギア社がより発展するため、そしてグラン・ロアを我が国に名だたる大都市にする『グラン・ロア再生計画』のため、政府と共に手を取り合い、密接な関係をつくる必要があるとのことだった。
「そのため、レイウッド公の御令嬢との婚約を進める」
父の言葉を聞いた瞬間、ルークは表情を消した。父の物言いに対して怒りの感情を精一杯抑えて、言葉を絞り出す。
「……それが再生計画の条件ですか」
「条件ではない。必要な投資だ」
父は平然と言って、話を続ける。
「グラン・ロア再生計画は国家規模の事業であり、そのため政府との結び付きは不可欠だ。だからお前と、レイウッド公の御令嬢アリシア様との婚約が必要なのだ」
父の言い分はまるで新しい工場を建てる話でもするような口調だった。
「父上は結婚を投資と呼ぶんですね」
「大きな成功には相応の対価が必要だ。ロイヤル・ギア社の次期当主として生まれたからには理解してもらわないと困る」
ルークは次の言葉が見つからず黙り込んだ。確かに理解できない話ではない。次期当主として生まれた以上、いつかは政治的な結婚を求められることも覚悟していた。
だが、胸の奥に生まれた違和感だけは消えなかった。脳裏に浮かぶのは、会ったこともない令嬢の顔ではない。
《歯車亭》とエマの顔だった。
焼きたてのパンの香りに工房の熱気。そして、粉まみれになりながら笑っているエマ。
「ルーク、また来てくれたんだ!」
そう言って笑う顔が目に浮かぶ。
なぜ今、エマの顔を思い出すのか、自分でも分からなかった。
ただ一つだけ確かなことがあった。こんな気持ちのまま、この話を受け入れたくない。
ルークが黙っているのを見て、父が予想外の質問を投げかけた。
「ルーク、お前はまだあの下層区の店に通ってるのか?」
父の真意は測りかねるが、何も後ろめたいことはない。ルークは隠す気もなく答える。
「ええ、それが何か?」
「お前はロイヤル・ギアを背負う次期当主なのだぞ。そんな無駄なことをしている時間はない」
「無駄ではありません。私はロイヤル・ギア次期当主として、現場を知る必要があります」
父の眉がわずかに動くが、すぐに次の言葉が出てくる。
「現場を知るなら報告書で足りることだ」
「いいえ、報告書には匂いも音も載りません」
ルークは静かに答える。
そして話題を『グラン・ロア再生計画』の話に持ち込む。
「この『グラン・ロア再生計画』の資料には、下層区の住民は『移転対象』としか書かれていない。これはどういうことですか、父上! 計画で動かされるのは数字ではなく人です」
ルークは父を真正面から見据え、毅然とした態度で伝える。そして机の上の書類を手に取り、話を続ける。
「もし、この計画が正しいと言うのなら、なぜ内容を住民に公開しないんです?」
ルークの追及に一瞬、父が沈黙する。
「……政治には必要な秘密がある」
「それは秘密ではなく隠蔽です」
その場の空気が凍りついた様子に、使用人たちは息を呑んで見守っている。
「父上。私はこの計画に不可解な点がある限り、賛同は出来かねます」
「……ルーク、既に先方との懇談会、そしてアリシア嬢と最初の食事会の話も進んでいる。むやみに反故にすれば我々だけでなく、お前の将来にも影響が出るだろう。ルーク、先ずはアリシア嬢と会ってもらえないか」
「政府が相手だ。穏便に済ませろ……」
父は最後に声を絞り出すように伝えた。
父の一方的でない建言に、ルークは了承せざるを得なかった。社長室を出ると、それまでの緊張が解け、大きなため息が出てしまう。
こんなこと、エマに話せる訳がない。
◇
時を同じく《スカイ・ヴァルモント社》社長セレナ・ヴァルモントが政府高官レイウッド・フォン・ベルク公爵と会談する。『老朽化した下層区を再開発し、より効率的で安全な都市へ変える』レイウッドが唱える『グラン・ロア再生計画』にセレナは疑問を抱いている。
セレナは交渉のたび、レイウッドの真意を探ろうとするが、その度にはぐらかされてしまう。
セレナはレイウッドのアトリエにある女性画について尋ねる。レイウッドは美しい物を描くことが自分の精神的な柱だと言う。
レイウッドは美しいだけでなく、生命力に溢れた女性を描いてみたい。と話し、セレナに目を向けるが「お戯れは止しましょう」と、はぐらかされる。
執務室の隣で、そのやりとりをアリシアは密かに耳にしていた。
「あの《スカイ・ヴァルモント社》が、私達の計画を疑っている……何故?」
「蒸気街のパン屋と御曹司」第4章が始まりました! ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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