第3章 第10話 いつか、もう一度
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
巨大オートマタ暴走事件から数日がたち、街は少しずつ落ち着きを取り戻していた。壊れた建物は修復され、避難していた人々も日常へ戻り始めている。
その日の号外で事件の調査結果が公表された。暴走の原因は旧型オートマタに搭載されていた感情模倣機関の寿命。
そして、機械に全てを任せる危険性が街の人々の間で議論されるようになった。かつては「新型オートマタさえあれば未来は安泰だ」と言われていたが、今は人間と機械のどちらか一方ではなく、どう共に生きるべきか。そんな話題が増えていた。
ロイヤル・ギアが進めていた“自動化推進計画”もルークの進言により一旦中止となった。事件の中心にいた彼だからこそ、考えるところがあったのだろう。
「お待たせしましたー!」
エマの元気な声が店内に響き渡り、《歯車亭》は今日も賑わっていた。
店内には焼きたてのパンの香りと、客たちの笑い声が聞こえる。忙しいけれど何よりも心地よい時間が流れている。
「エマ、隣町の配達、終わったぞ」
ルークが配達からパン箱を抱えて戻ってくる。
ルークは毎日ではないが、ロイヤル・ギアでの仕事も続けながら、時間を見つけては《歯車亭》の手伝いに来てくれている。
その姿を見て、じいちゃんが心配した顔で尋ねる。
「ルーク、相変わらず働かされるな。よくやるわい。若いもんは元気じゃな」
「ここでの仕事も勉強になりますから」
「その割に、さっきまたパンを焦がしたでしょ」
「エマが火加減を間違えたんじゃないか」
「……」
「図星じゃな」
エマがえへへ、とごまかすように笑うと、つられてルークも苦笑する。
二人の間には、もう以前のようなぎこちなさはもうない。
お互いの意見がぶつかって、泣いたこともあったけど、それでも今はこうして隣にいる。それだけで十分だった。
ふとルークが工房の奥を見ると、そこには布がかけられたノアが横たわっている。誰もノアの話題を避けたりはしない。むしろ皆、ノアが再び笑って戻って来る日を待っている。
「今日もやるのか?」
ルークが聞くと、エマは力強くうなずいた。
「もちろん!」
その日の夜。店が閉まった後、奥の工房にはランプの灯りだけが揺れていた。
作業台の上にはノアが横たわっている。まるで眠っているかのように、穏やかな表情。
「じゃあ始めるぞ。エマもルークも準備はいいか?」
じいちゃんが椅子へ腰掛け、隣のエマとルークも工具を手に備える。
ノアの感情模倣機関を再起動させる。
失われたはずの技術を再生させるには、じいちゃんの記憶だけが頼りだった。
「第三シリンダーを少しだけ右じゃ」
「これくらい?」
「もう少しじゃ」
エマが慎重に指を動かす。わずか一ミリ以下、ほんの少しの誤差も許されない。
じいちゃんの老いた指では震えてしまい、難しい作業だった。だがエマの手なら若く器用で、繊細な作業が出来る。
「次は穿孔カードを直すぞ」
机の上にある穿孔カードには無数の小さな穴、その一つ一つに記憶の断片が詰まっている。
「ふむ、この穴が潰れておる」
肉眼ではほとんど分からないが、虫眼鏡で見ると確かに歪に変形している。それを専用工具を使って一つずつ修整していく。
気が遠くなるような作業だった。それでもノアを取り戻すためなら手を止めない。
「エマ、根詰め過ぎじゃ、少し休め」
じいちゃんの問いかけにエマは首を振った。
「まだまだやれるよ」
不思議だ。
疲れているはずなのに、ちっとも苦じゃない。だって、その先に希望があるから。
数日後の夜、いつもと同じ作業をしていた時に、かちり、と小さな音が鳴る。今までとは少し違う音が。
「ん? 何、今の音?」
エマが音の鳴る方を見るとノアの胸部内部、感情模倣機関のシリンダーがゆっくり回転を始めた。
じいちゃんとルークも顔を見合わせて、目を見開く。
「まさか……」
やがて歯車が一つづつ噛み合い始め、止まっていたはずの機構が一つずつ動き始める。
そして、閉じられていた瞳がゆっくり開いて、段々と淡い光が灯る。
エマとルークが息を呑み、じいちゃんも立ち上がった。
長い沈黙から目覚め、ノアの顔がエマの方を向き、やがてゆっくりと口を開く。
「……おはよう、エマ」
その声を聞いた瞬間にエマの目から涙が溢れて止まらない。
ノアはそんなエマを見つめながら不思議そうに首を傾げる。
エマは泣き笑いしながら、ノアを抱きしめる。
「今はもう夜だよ、ノア」
ノアが瞬きをして、ぎこちなく笑った。
「そうなんだ」
その何気ない会話だけでもう十分だった。
じいちゃんが私達に気付かれないように静かに目元を拭いている。そんなじいちゃんを、エマは見てないふりをする。
もちろん、これで終わりではない。ノアはまだ完全には動けるわけではないし、記憶も所々欠けている。元通りになるまでには、まだ時間がかかるだろう。
それでも、エマは諦めるつもりはない。またパンの香りに包まれながら、みんなで一緒に暮らせる日まで、必ずノアを直してみせる。
エマの瞳には希望の光が宿っていた。
第三章 完
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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