第3章 第9話 空を駆ける少女
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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巨大オートマタが下層街に向けて、足を一歩踏み出すたびに大地が震えた。石畳が砕け、建物の窓ガラスが音を立てて割れる。
予想もしなかった怪物に対して人々はなすすべもなく、悲鳴を上げながら逃げ惑った。
エマは呆然と巨人を見上げる。
あんなものをどうやって止めればいいのか。蒸気機関車より大きい腕、工場の煙突ほどもある脚。まるで街そのものが歩いているようだった。
「このまま下層街まで行かれたら……」
エマの脳裏に《歯車亭》が浮かぶ。毎日パンを買いに来てくれるお客さんに、ルークとじいちゃんがいる工房……全部が壊されてしまう。
「あの巨人を止めないと! だけど、どうやって止めればいいの?」
「だったら力を貸してあげる」
エマが振り返ると、そこにはセレナが立っていた。煤で汚れた作業服姿のまま、不敵な笑みを浮かべている。
「説明する時間はないわ。ついて来なさい」
セレナはエマの手を引き、強引に蒸気車に乗せる。車が飛び跳ねる程の速度で走り、着いたのは飛行船か停まる係留地だった。
車を止めるや否や、セレナはエマを倉庫の奥まで連れてゆく。エマの目の前には、大量の蒸気を吐き出す奇妙な装備が置かれていた。
金属製の腕と脚。それに背中に背負うのだろうか、二基の小型蒸気エンジンには小さな翼が付いている。それはまるで人間が着るための機械鎧だった。さらに隣には人間の身長ほどもある巨大な戦鎚が置かれていた。
「セレナさん……これは何?」
エマが呆然として目を丸くしているのを見て、セレナは得意げに胸を張って答える。
「これがスカイ・ヴァルモント社の新作『試作型四肢強化外骨格』よ」
エマは目をぱちぱちさせる。初めて見る蒸気の鎧に唖然として言葉にならない。
「ちょっと待ってセレナさん……これ、私が着るの?」
「そう、突貫工事でエマのサイズに合わせたから、着れるはずよ」
「その戦鎚はなに?! こんなの振り回せる訳ないでしょ!」
「この四肢強化外骨格なら振り回せるわ」
セレナが胸を張って答える。
「む、無茶苦茶だ……」
「ふふ、褒め言葉ね」
セレナはエマにヘルメットを渡した。
「空から行きなさい。これ、飛べるわよ」
エマは遠くに見える巨大オートマタを見た。
「……やる、私がやる!」
不安より先に覚悟を決めた。ノアを取り戻すためなら何だってやってやる。
数分後、蒸気が爆発するような音と共にエマが空へ飛び出す。眼下の街並みが一気に小さくなってゆく。
下ではじいちゃんが乗る蒸気車が中央格納庫へ向かって走っていた。
「じいちゃん! 先に行く!」
巨大オートマタは街の上層部を破壊しながら、下層部に向かって進んでいる。眼下に巨大オートマタを見てとったエマは狙いを定め、巨大戦鎚を振りかぶって急降下する。
「止まれええええ!」
蒸気機関を全開にして、急降下の速度と巨大戦鎚の質量が運動エネルギーに変わる。そのまま巨人の体をめがけて巨大戦鎚を叩き込んだ。
耳をつんざくような轟音が周囲を震わせ、火花が飛び散り金属が悲鳴を上げる。
「やった!」
手応えを感じたが、エマの攻撃は届いておらず、巨大な腕に阻まれていた。巨大オートマタが腕を振り払うと、エマは戦鎚ごと弾き飛ばされて空中を転がった。
エマはなんとか姿勢を立て直した。各部損傷はなく、腕が痺れたくらいだけど、この四肢強化外骨格がなければただでは済まなかっただろう。
「硬すぎる……!」
巨大オートマタの身体はどこも分厚い鋼鉄で覆われていて、この巨大戦鎚でも装甲を貫けない。
その時、地上から聞き慣れた声が響いた。
「エマ! 足止めしてあげる!」
エマが見下ろした次の瞬間、巨大オートマタの頭部へ巨大な粘着ネットが撃ち込まれた。
セレナは蒸気車の上に立ちながら次々と粘着ネットを発射してゆく。特殊粘着ネットが頭部や関節へ絡んで、完全には止められないが動きが鈍る。
「今よ! エマ!」
エマは再び突撃した。けれどどこを攻撃すればいいの?エマが一瞬迷ったとき、巨大オートマタは強引にネットを引きちぎる。粘着ネットの残骸が中に舞い、鋼鉄の腕がエマを薙ぎ払おうとしていた。エマの目前に鋼鉄の腕が迫ろうとしたとき「危ない!」
眼下からルークの声が聞こえた。
その瞬間、エマの横を一発の砲弾が通り抜け、轟音と共に巨人の肩へ命中する。鋼鉄の腕が軌道を逸れて、エマは間一髪でかわすことができた。
眼下にはロイヤル・ギアの装甲車部隊。その先頭車両にはルークがいた。
「各員、関節を狙え! 動きを止めるんだ!」
部下たちへ指示を飛ばすと、装甲車部隊は隊列を組み、目標に向かって一斉射撃を始める。
装甲車の小口径砲では、装甲そのものは破壊できないが、関節部の射撃が当たるごとに、巨大オートマタの動きが鈍ってきた。それを見てルークがエマに叫んだ。
「エマ! 胸の中央だ!」
エマは理解した。中央格納庫で見た、旧型オートマタたちがエネルギーを送り込んでいた場所。
胸部の中央、あそこが核だ。あそこを破壊すれば巨大オートマタを止められるかも知れない。
装甲車の一斉射撃を受け続け、巨大オートマタの分厚い装甲に亀裂が走り、胸部中央が露出する。赤く光る機関部はまるで心臓のように脈打っていた。
エマは覚悟を決めて巨大オートマタより空高く上昇する。戦鎚を構えて、背中の蒸気エンジンの出力を最大まで上げる。周囲を真っ白に染めるほどの白煙が上がり、排気音が空に響き渡る。圧力計の針が限界点まで上がり、警告音が鳴る。
四肢強化外骨格が悲鳴を上げるなか、エマの大事な人たちの顔が脳裏に浮かぶ。
ノア。じいちゃん。ルーク。セレナ。街のみんな。みんなを守りたい。その一心だった。
エマは戦鎚を両手で強く握りしめ、出力全開で急降下する。
「はああああああああああっ!!!」
速度をさらに上げ、空気が裂ける。
そして、速度と質量、全ての力を込めて胸部に向かって戦鎚を振り抜いた。
「いっけえええええっ!!!」
激しい衝撃とともに、巨大戦鎚が胸部の核を捉える。その瞬間、世界が止まったように感じた。
次の瞬間、核に亀裂が走る。
亀裂が閃光のように煌めき、胸部全体から腕へ、脚へ、そして巨体の全体を覆っていく。
そして巨大オートマタの瞳が激しく明滅して……やがて光が消えた。
オートマタの巨体が山が崩れるようにゆっくりと傾き、そして轟音と共に巨大オートマタは地面へ倒れ伏した。
同時に戦鎚の柄からヒビが入り始め、鎚の部分を支えられずに折れてしまう。更に外骨格から嫌な軋む音が広がってゆく。
そして腕部装甲が砕け、さらに背中の蒸気エンジンが火花を散らして、エマは段々と落下してゆく。
「エマ!」
眼下からルークの叫び声が聞こえる。
だが、落下しながらもエマは笑って見せた。セレナさんが作った四肢強化外骨格ならまだ大丈夫、持たせて見せる!
エマは出力を調整しながら、ゆっくりと降下して、足でブレーキをかけながら地上すれすれを軟着陸する。脚部装甲は壊れてしまったが、無事着地できた。
そしてエマは壊れた外骨格を脱ぎ捨てて、中央格納庫へ向かって走り出した。一刻も早くノアを探さなくちゃ。大切な家族を取り戻すんだ。
「ノア! どこなの! 返事をして!」
エマは息も切れて、身体が悲鳴を上げているのも忘れ、中央格納庫の扉を開けて地下へ続く階段を駆け下りる。
地下室の奥にノアが静かに座っていた。隣にはじいちゃんもいる。
「ノア!」
エマが駆け寄ると、ノアは気づいたのか、ゆっくり顔を上げ、エマの方を向いていつもの笑顔で笑った。
「良かった……!」
ノアを抱き寄せると、自然と涙が溢れる。
だが隣で見ていたじいちゃんの表情は暗かった。じいちゃんがノアの胸を指さす。
見るとノアの胸部は開かれており、感情模倣機関の光が消えかけていた。
「これってまさか……」
ノアはゆっくりと頷く。
「どうやらボクも寿命みたいだ」
自分の運命を受け入れるように静かに伝える。
「嫌だ! 私が直してあげる!」
横でじいちゃんが首を振る。その声は震えていた。
「無理なんじゃ……もう部品がない」
ノアは精一杯の笑顔で答える。エマを悲しませないように。
「エマ、僕は暴走したくない。エマを傷つけたくないんだ」
何も出来ないなんて……エマの目から涙が止まらない。
「だから」
ノアは自身で機能停止の指示を送り出す。
「ノア、やめて! そんなの嫌だよ!」
ノアの身体の作動音が徐々に小さくなり、身体内の点滅が消えてゆく。
最後にノアは穏やかな声で、心から嬉しそうにエマの方を向いて告げる。
「エマのパンの匂い……好きだった」
そして瞳の光が消えて、辺りに静寂が訪れる。
エマは動かなくなったノアを抱きしめて、どうしょうも出来なかった悔しさに感情は決壊し、叫びと嗚咽が止まらなかった。
今は動かない金属の身体。
だけど、今はただ一緒に過ごした温もりを感じていたかった。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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