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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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3話 初めての体験

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。

 ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。

 そして現れる謎の少年。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

 ルークが《歯車亭ベーカリー》へ通うようになったのは、蒸気リンゴパイを食べた次の日からだった。


 最初に現れた時と同じ黒いコート姿で、昼過ぎになると店の扉を開ける。

 からん、と鈴が鳴り、あの少年が来るたびに、エマはなぜか少しだけ身構えてしまう。


「……また来た」

「来ちゃ悪いか」

「別に悪くはないけど」

 そう言いながらも、エマはこっそり不思議に思っていた。


 下層区画の店に、上層の育ちのような少年が何度も来る理由が分からない。

 しかも毎回、パンを一つ買って終わりではない。


 店の中を眺めたり、工房を覗いたり、祖父のパン作りを見つめたりしている様子はまるで“店そのもの”を見に来ているようだった。


 祖父はそんなルークを見ても特に追い返さず、

むしろ時々、じっと観察するような目を向ける。

「ねぇ、あの子、じいちゃんの知り合い?」


 ある日エマが聞くと、祖父は小さく鼻を鳴らした。

「さてな」

「なにそれ、何か隠してない?」

「お前は気にせんでいい」

 絶対なにか気づいてる。

 エマはそう思ったが、それ以上聞いても教えてくれそうになかった。


 その日の夕方、店は久しぶりに混んでいた。


 工場帰りの客がまとめて押し寄せ、狭い店内は蒸気とパンの香りでいっぱいになる。

「黒麦パン三つ!」

「はい!」

「スープパンまだあるか?」

「あと二つ!」


 エマは袋詰めをしながら走り回る。

 オーブンの蒸気圧も見なければならないし、焼き上がりの確認もしないと。祖父一人では追いつかない。


 今日もルークが来ている。お客様の邪魔にならないようにしているのか、店の隅に立ったまま周りを見渡している。


「……なにしてるの」

「別に……店を見てるだけだよ」

「なんか気になる。落ち着かない」

「ただ見てるだけなのに、それはひどいな」

「だったら手伝ってよ。忙しいんだから」

 半分冗談で言った言葉だった。


 けれどルークは一瞬目を瞬かせ、エマに尋ねる。「……何をすればいい」

「えっ?」

「手伝うよ。何をすればいい?」

 エマはぽかんとした。

「いや、あんた貴族っぽいし、こういうの無理でしょ」

「見た目だけで決めつけるなよ」

「じゃあ、この袋持って!出来るよね」

 試すようにパン袋を押しつける。


 ルークはパンの入った袋をぎこちなく受け取った。次はどうするのかエマの指示を待つ。

「で、あのおじさんに渡して、お金もらって!」

「……分かった」

 だが、その数秒後。

「お釣りが違うぞ兄ちゃん!」

「す、すまない」

 店内がどっと笑いに包まれる。


 エマは思わず吹き出した。

「なにそれ、初心者すぎる!」

「こんなのやったことないんだ!」

「威張ることじゃない!」


 ルークは耳まで赤くなっていた。

 その顔がおかしくて、エマは笑いが止まらなくなる。


 けれど不思議だ。

 本当に世間知らずだ。この子は。

 袋詰めもぎこちない。

 釣り銭の計算も遅い。

 パン棚の位置も覚えられない。


 なのに、途中で投げ出さない。

 失敗しても、真面目な顔でまたやる。

 その様子を見ているうちに、エマの中の警戒心は少しずつ薄れていった。


「ルーク、そっちのパン取って!」

「これか?」

「違う、その隣!」

「似てるだろ!」

「良く見て、全然違う!」

 いつの間にか、そんなやり取りが自然になっていく。


 店が落ち着いた頃には、外はもう暗くなっていた。蒸気灯の明かりが窓をぼんやり照らしている。


 エマはぐったり椅子に座り込み、大きく息を吐く。

「疲れた……」

 ルークも珍しく深く息を吐いている。

「毎日こんなに混むのか?」

「今日は久々だよ。嬉しいな。こんな日が続くといいのに……」

「信じられないな……」

 その声には、本気の驚きが混じっていた。


 ルークにとって、店というものはもっと整然とした場所だった。

 白い制服の従業員が並び、決められた通りに働き、機械みたいに正確で、無駄がない。


 けれど《歯車亭》は違う。

 蒸気が漏れる音と、客の笑い声。

 焦げそうになるパン。

 慌てて走り回るエマ。

 全部が騒がしく、まとまりがなくて——なのに、妙に温かかった。


 祖父が焼きたての黒麦パンを机へ置く。

「ほれ。働いたなら食え」

「……僕も?」

「嫌なら食うな」

 ルークは少し戸惑いながらパンを手に取った。

 まだ熱い。

 割ると、湯気と一緒に香ばしい香りが広がった。


 香ばしい香りに包まれると、ルークは自分が空腹だったことに気づく。

 一口食べると、外は固いのに中は驚くほど柔らかかった。

 美味しい!ルークは思わず無言になる。


 エマはそんな彼を見て、にやりと笑った。

「おいしいでしょ」

「……悔しいけど」

「悔しい?」

「今まで食べてたパンと全然違う」


 祖父が静かに言う。

「パンはな。誰が作るかで味が変わる」

 ルークは顔を上げた。

 その言葉は、妙に胸に残った。


「誰が作るか」

 ロイヤル・ギアでは、そんな話を聞いたことがない。品質。効率。利益。語られるのはいつも数字ばかり。


 けれどこの店では違う。

 エマは機械を直す時も、パンを焼く時も、誰かの顔を思い浮かべている。

 それが味になるのだとしたら——。


「……明日も来る」

 気づけばそう言っていた。

 エマは目をぱちぱちさせる。


「え、なんで」

「手伝いが必要なんだろ」

「いや、戦力になるかは微妙だけど」

「なる。今日で覚えた」

「ならない。そんなすぐには覚えられないよ」

「なるさ!」


 二人の子供みたいな言い合いを見て、祖父が低く笑った。

 エマは呆れた顔をしながらも、少しだけ嬉しくなる。

 いつも祖父と二人しかいない工房とお店に、誰かが入ってくるのは、不思議な感じ。


 窓の外では、夜の蒸気列車が遠くを走っていく音が聞こえる。


 その音を聞きながらルークはこれからここに来れることを嬉しく思った。

 パンを食べたいからだけじゃない。


 この場所にいると、自分が少し違う人間になれる気がしたから。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。

 評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。

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