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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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2話 雨の日の蒸気リンゴパイ

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。

 ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。

 そして現れる謎の少年。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

 雨は夕方まで続いている。


 グラン・ロアの空は低い雲に覆われ、工場群から吐き出される煙が雨に溶け込んでいる。

 石畳は濡れて黒く光り、通りを走る蒸気車の車輪が、水たまりを跳ね上げながら遠ざかっていった。


 《歯車亭ベーカリー》の軒先にも、細かな雨粒が絶え間なく落ちている。


 店の中にはお客様はいない。

 夕方なら本来、仕事帰りの客で少しは賑わう時間だ。だが最近は違う。向かいの大通りにできた《ロイヤル・ギア・フーズ》へ、人の流れがごっそり変わってしまった。


 窓越しに見える新店舗は、今日も明るい。

 巨大な蒸気看板。磨き上げられた真鍮。白い制服の店員たち。自動搬送機が忙しなくパン籠を運び、店先には長い列が続いている。


 エマは布巾を動かしながら、ツンと小さく唇を尖らせた。

「また並んでる……」

 拭いたばかりの窓に、自分のしかめ面がぼんやりと映る。


 店の奥では、祖父が帳簿を開いたまま黙り込んでいた。ページをめくる音さえ重たい。

 売り上げが落ちていることは、エマにも分かっていた。


 売れ残ったパンの数を見て祖父がため息をつく。仕入れを少しずつ減らしていることは、言葉にしなくても伝わってくる。


 同じパンでも、安くて、早くて、数を作れる、そして綺麗な店。


 生活が苦しい人ほど、そちらを選ぶしかないことは頭では理解できる。

 けれど理解することと、悔しくないことは別だ。


 エマがモヤモヤした気持ちのまま作業を続けていると、店の扉についた鈴がカランと控えめに鳴った。


「いらっしゃいませ」

 振り向いたエマは、わずかに目を見開くと、

そこには見慣れない少年が立っていた。


 年齢は自分と同じくらいだろうか。黒いコートを着ているが、生地の質が明らかに違う。襟元も靴も雨に濡れているのに、どこかきちんとして見える。


 下層区画の人間ではない。と、エマはすぐにそう思った。

 けれど奇妙だったのは、その少年が店の中をじっと観察していたことだ。棚に並ぶパンだけではない。蒸気オーブン、配管、壁際の工具箱にまで視線を走らせている。


 まるで工房を見学しに来たみたいだった。

「……パン、買いに来たんだよね?」

 エマが尋ねると、少年は我に返ったように軽く頷いた。

「ああ」

 だが落ち着いた声の奥に、どこか不慣れな響きが混じっている。

「おすすめは?」

「今日は黒麦パンと、蒸気リンゴパイ」

「蒸気リンゴパイ?」

「知らない?」


 エマは少し身を乗り出して説明する。

「焼く前に蒸気シロップを閉じ込めるの。冷めても生地が固くなりにくいんだ」

 そう言いながら、彼女は内心少しだけ得意になっていた。


 エマが開発した新しいレシピ。

 オーブンの温度調整も、蒸気圧も、何度も失敗してやっと形になった自信作。


 少年は興味深そうにパイを見つめていた。その様子は子供みたいでなんか可愛い。

「じゃあ、それを」

「はい、焼きたて」


 紙袋を差し出した瞬間、エマはふと相手の手に目を留める。

 白くて綺麗な指。

 油汚れも、切り傷も、火傷の痕もない。


 エマは無意識に、自分の指先を隠した。細かな傷と煤汚れが、爪の隙間にまで入り込んでいる。


 少年はパイをひと口かじった。

 その途端、静かだった表情が揺れる。

 驚いたように目を見開き、それからゆっくり味わうように噛みしめた。


 エマは理由もなく落ち着かなくなった。どうかな?失敗してないかな?我慢できずに聞いてみる。

「……どう?」

「おいしい」

 少年は少し考えてから「温かい味がする」


 変な感想だったけど、馬鹿にしているわけではないことは分かる。

 エマは思わず吹き出した。「なにそれ」

「変か?」

「ちょっとね」

 少年と話してると、さっきまでモヤモヤしてた空気が少しだけ和らいでゆく。


 パイを食べながら、少年の視線が店の隅へと向かってゆく。

 そこには真鍮製の小さな保温箱が置かれていた。配管が何本も伸び、時折ぷしゅ、と細い蒸気を吐き出している。


「その箱は何?」

「ああ、これ?」エマの顔がぱっと明るくなり、得意げに言う。

「この保温箱は私が作ったの」

「それを君が作ったの?」

「そう、壊れたボイラーを改造したんだ。熱が逃げないように中を二重構造にして——」


 語り始めると止まらなかった。

 圧力弁の調整。廃棄された時計部品の利用。蒸気循環の仕組み。

 説明しているうちに、エマはすっかり夢中になっていた。


 ふと気づくと、少年が静かにこちらを見ている。

 その眼差しには、呆れでも退屈でもなく、不思議な熱が宿っていた。

「……なに?」

「いや」少年は小さく笑った。

「凄く嬉しそうな顔をするんだなと思って」

「嬉しそうな顔?」

「機械の話をしてる時」


 エマは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

「好きなんだよ。機械」そう言ってから、彼女は保温箱をそっと撫でた。

「壊れてたものが動くようになると、なんだか嬉しいから」


 その言葉を聞きながら、ルークは胸の奥に小さな違和感を覚えていた。

 彼の知っている機械は、もっと巨大で冷たく、効率のために動くものだった。

 古くなれば交換され、壊れれば廃棄される。

 そこに愛着が入り込む余地はない。


 けれど目の前の少女は違う。

 煤だらけの工具を握りながら、まるで友達の話をするように機械のことを嬉しそうに話す。

 その姿から目が離せなかった。


 温かいオーブンの熱とパンの香り。そして優しい蒸気の音。

 この小さな店には、彼の知っている工場にはない何か、優しい空気が流れている。


 ルークは素直な気持ちを口にする。

「あのさ、また来てもいいかな?」

 いきなりの質問にエマは思わずきょとんとするが、すぐに何でもないように言う。


「別にいいけど。パン買ってくれるなら」

「もちろん、買うよ」

 即答した自分に、ルーク自身が少し驚く。

 エマはくすりと笑った。

「ふふっ、変な人」


 その笑顔を見た瞬間、ルークの胸が不意に高鳴った。

 なぜだか分からないけれど、またここに来て、エマに会えば分かるのかな。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。

 評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。

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