第3章 第7話 失いたくないもの
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。
よろしくお願いします。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
ノアが急に倒れてから数日後、異変は前触れもなく始まった。
広場では荷物運搬用オートマタが暴走し、露店をなぎ倒した。工場区画では清掃用オートマタが壁へ激突し、警備用オートマタが人々へ襲いかかった。
人々の悲鳴と蒸気の噴出音が辺りに響き、街は瞬く間に混乱へ飲み込まれていった。
「いったい何が起きてるの……?」
街の喧騒を聞き、エマは新聞の号外を握りしめながら窓の外を見る。異変を起こした機体はすべて旧型オートマタという共通点があった。まるで古い機械だけが、何かに呼び起こされたかのように。
その時、背後でがしゃん! と何かが壊れる大きな音が響いた。振り返ると店内の椅子が吹き飛んでいた。脚は折れ、背もたれも真っ二つになっている。その向こうにノアが立ち尽くしていた。
「ノア!?」
ノアの様子がおかしい。瞳の光が赤く点滅している。拳は固く握られ、身体は小刻みに震えていた。
「ノア!」
エマの呼びかけにも反応しない。まるでただの機械に戻ったように。次の瞬間、ノアの視線が店の柱へ向いた。腕を構えて柱に向かおうとする。
「ノア、やめて!」
ノアは歩みを止めない。柱まであと数歩まで来たその瞬間、エマはノアに抱きつく。
「ノア! 私はここだよ!」
エマはさらに震える声で叫ぶ。
「お願い! 元に戻って! ノア!」
エマの叫びに反応して、ノアの身体が動きを止める。ノアは何かと戦っているように、瞳が激しく明滅する。やがてノアの腕が止まり、ゆっくりと拳が開いた。
「ノア……分かってくれたの……」
長い沈黙のあと「……エマ」とかすれた声。
ノアはそのまま膝をつき、暴走は治まった。
エマはただ、ノアを抱きしめることしか出来なかった。
その夜、エマはじいちゃんに呼ばれて工房に来た。作業台にはノアが乗っており、ブラックボックスが開かれていた。
エマが来るとじいちゃんはブラックボックスを指さして、ぽつりと話し始めた。
「以前、この箱はノアの心だということは話したじゃろ、正式な名前は感情模倣機関、人の記憶と感情の再現を目指した。これを作ったのはわしじゃ」
じいちゃんは静かに語り始める。
若かった頃、戦争で多くの人が死んだこと。その失われた命を機械へ残したいと思い、感情模倣機関を生み出したこと。
語りながらじいちゃんの目は遠くを見ていた。
「だが完全ではなかった」
長い年月が立ち、部品は劣化して、機械は摩耗する。金属の劣化も避けられない。
「オートマタにも寿命が来ておる」
いつものじいちゃんとは思えない程、静かな声だった。
「当時の部品も設計図も失われた。今のわしにはもう同じものは作れん」
祖父は自分の手を見つめる。その老いた指が小さく震えていた。
祖父が初めて見せた弱さにエマは何も言えなかった。
その夜、エマはノアのことが気になり悶々としていたのか、いつの間にか眠ってしまったようだ。慌てて起きてすぐにノアの様子を見に行ったが、ノアの気配がしない。
「……ノア?」
返事がない。作業台にも、店にも、工房にも……ノアがいなくなった!
エマはじいちゃんに店を任せて、街中ノアを探し回った。広場も、市場も、旧工場区画も思い当たる場所は全部回った。
だけど夕方になっても何の手掛かりもない。エマは重い足取りで石畳の道を歩いていた。足は棒のようになり、胸の奥がずっと痛い。
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。
「そんな顔をしてたら、見つかるものも見つからないわよ」
振り返ると、街灯の下にセレナが立っていた。
「セレナさん……」
久しぶりの再会に喜ぶ余裕もなく、エマはぼそりと呟く。
セレナは近づいてきて、エマの顔を見るなり眉をひそめた。
「ひどい顔ね。ノアのことはルークから聞いたわ。おそらく先日の暴走でノアが行方不明ってとこかな。どう、私の推理は当たってる?」
エマはうなずいた。喋る声が震えている。
「どこにもいないの……見つからなくて……」
セレナは黙って聞いてくれる。それだけでエマの心は救われる気がした。だが次の言葉は予想外だった。
「なら、ルークと一緒に探せはいい」
「えっ?」
「まだ仲直りしてないでしょ? 問題を抱えたままじゃ、何も上手くいかない。仲直りして、一緒にノアを探せば全部上手くいくよ。きっと」
エマはどう答えて良いか分からずに固まってしまった。その反応だけでセレナには全て伝わったようで、セレナは額を押さえる。
「あー、なるほどなるほど、まだけんかしたことを引きずってるのね」
確かに図星だったので、エマは目を逸らす。
「だって、それは私が約束破ったし」
「ちゃんと謝った?」
「……謝った」
「ルークは許してくれた?」
「まだ……ちゃんと話せてない」
「もう、馬鹿ね」
エマがむっとする。
「何よそれ」
セレナは肩をすくめて、諭すように伝える。
「本当に仲直りしたい相手なら、ちゃんと顔見て話しなさい」
エマは答えられなかった。分かっているつもりだけど、でも怖い。嫌われていたらどうしようとか、そんな考えばかり浮かんでしまう。
セレナはそんなエマを見て苦笑した。
「あのねエマ、ルークだったら大丈夫よ。あなたが思ってるより、あの人はあなたのこと好きだから」
セレナはエマの両肩を掴んて言った。
「ほら、ルークのところに行ってきなさい」
「ルークはどこにいるの?」
「仲直りしたいなら、分かるんじゃない?」
その言葉に、エマの頭に浮かんだ場所があった。あの湖だ。約束の日、ルークがずっと待っていた場所。今、その場所にいるのなら……
エマは迷いが吹っ切れた表情で顔を上げた。
「セレナさん、ありがとう」
セレナはふふふと笑って「ついでに仲直りしたら報告しなさいよ」とエマに悪戯っぽく伝える。
「しない! 恥ずかしいもん!」
エマは久しぶりに少しだけ笑って、そして走り出す。ルークが待ってる湖へ向かって。
湖に着くと湖畔にはルークが立っていた。エマがくるのを信じていたように。
「エマ……」
その声を聞いた瞬間、エマの中で張り詰めていたものがぷつんと切れた。
「ルーク……ごめんなさい」
「ノアが……いなくなっちゃった」
涙が溢れて止まらない。伝えたいことはいっぱいあるのに言葉にならない。全部がぐちゃぐちゃになっていた。
ルークは何も言わずに、少し困ったように笑った。やがて「ごめんって、俺から言うつもりだった」
エマがルークを見つめる。
「約束の日、正直ちょっと怒ってた」
ルークは視線を落とす。
「でも後で冷静になって考えた」
エマはノアを助けていたから来れなかった。
エマは誰かを見捨てられない。
それが好きになった理由でもある。
「誰かを助けることにいつも一生懸命だから、僕はエマが好きなんだ」
「ずるい……そんなこと言われたら、何も言えないよ、もう」
ルークが笑った。久しぶりに昔みたいな笑顔を見せた。そして、「エマ、一人で抱え込むな」
ルークにそう言われた瞬間に、エマは泣きながらルークへ飛びついた。
胸に顔を埋めると、なんか安心する。ずっと我慢していた感情が溢れ出す。
「怖かった……」
「うん」
「ノアがいなくなるの嫌だ……」
「うん」
「ルークとも喧嘩したくない……」
ルークの腕が優しくエマの背中を包む。
しばらく二人とも何も言わずに、ただ抱きしめ合っていた。
夕日が湖を赤く染める中、ようやく二人の間にあったわだかまりが溶けていった。
「一緒にノアを探そう」
ルークが言うと、エマは涙を拭きながらうなずいた。
「うん」
赤く染まる湖を背に、二人は歩き出した。
ノアが必ず帰ってくると信じて。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。




