第3章 第6話 約束の向こう側
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
ノアが倒れた。
エマは工房からロープを持ってきてノアを縛り、工房にあるクレーンを使用してノアを作業台へ寝かせる。
「ノア! 聞こえる!?」
返事はない。瞳の光は弱々しく明滅し、内部から不規則な駆動音が響いていた。
エマはエプロンを付けて、工具ベルトを身に着けてノアの蒸気機関を調べる。
見たところ異常はないみたい。動力機関も異常ないようだ。ならば原因は――。
エマの視線が胸部内部へ向いた。そこはじいちゃんが決して触らせてくれなかった黒い箱。
ブラックボックス。
「……ごめん、じいちゃん」
エマは工具を握って、封印されていた蓋を外しにかかった。
同じ頃、工匠ギルドの寄り合いではじいちゃんたちによる世間話が続いていた。
そこへ一人の男が現れる。
一目で分かる高級なコートに威厳ある佇まい。
ロイヤル・ギア会長。アルバート・アシュフォードが寄り合いにやって来た。
「久しぶりだな」
声をかけられて、じいちゃんが顔を上げるが、何も答えずにアルバートの言葉を待っている。
アルバートはため息をついて、じいちゃんの向かいへ腰を下ろした。
「相変わらず愛想がないな、お前は」
「お前に見せる愛想などない」
この二人の間には長い因縁があった。
かつて共に携わった国家機密。『機械人形開発計画』人と同じように考え、感じる機械を生み出そうとした研究。
「まだ諦めとらんのか」
じいちゃんが苦々しく言う。
じいちゃんの反応は予想通りだといった表情でアルバートは言った。
「もちろんだ」
「自動化推進計画と名前を変えてか?」
アルバートは窓の外を見る。
「確かに昔は失敗した。当時の旧型オートマタでは限界があった。思考能力も足りず、人間社会を支えることはできなかった。だが今は違う。新型オートマタがある。そしてルークがいる」
じいちゃんの眉がわずかに動いた。
「息子を利用する気か」
「未来を託しているだけだ」
だがじいちゃんは知っている。この男が未来よりも、結果を優先する人間だということを。
「……また同じ過ちを繰り返すぞ」
祖父は不意に嫌な予感を覚えた。遠くで歯車が噛み合う音を聞いたような気がしたから。
「わしは帰る。もう話すことはない」
その頃エマはブラックボックスを開いていた。
「これは……」
中を見た瞬間、息を呑む。
そこには歯車も蒸気弁もなかった。
複数の小型シリンダーの間を複雑に絡み合う配線。シリンダーの周りには回転し続けるピン。そしてピンの先端は無数の穿孔カードに不規則に接続している。まるで生き物の神経のようだった。
「何、これ……」
ピンがカードを叩くと振動が伝わり、情報が流れているみたいだ。まるで記憶を再生するように不規則に。
エマが呆然としていると、工房の扉が勢いよく開いた。
「エマ!」
じいちゃんが息を切らして帰って来た。
じいちゃんは開かれたブラックボックスに気づく。数秒の沈黙のあと「……見てしまったか」と、じいちゃんは諦めたような声とともに、肩を落とす。
「じいちゃん……これは何?」
祖父はゆっくり椅子へ腰を下ろし、長い沈黙の後、観念したかのように口を開く。
「これは……ノアの心じゃ」
エマの目が見開く。
「心……?」
「いや、正確には違うな」
祖父は悲しそうに笑った。
「戦争で亡くなった少年の記憶を移しとったもの。いわば残滓じゃ」
工房が静まり返る中、エマはブラックボックスを見つめた。
機械に刻まれた情報、記憶。それがノアの笑顔、ノアの言葉に繋がってるんだ……。
「じゃあノアは……」
「機械であり、そして機械ではないのかもしれんな」
その頃湖畔でルークは一人、エマを待ってた。
約束の時間から夕暮れ、湖面に映る空の色が変わっていく。それでもエマは来なかった。
何度も懐中時計を見る。何かあったのか工房に行ってみよう。
工房では修理が続いていた。
エマとじいちゃんは黙々と作業を続ける。
穿孔カードの微妙なズレを直して、破損した回路を交換、記憶機関を再接続する。
エプロンからはみ出た紺色のワンピースは油で汚れ、裾も破れていた。けれど気にしている余裕はない。
「圧力上昇! そのまま維持するんじゃ!」
「はい!」
そして――夕暮れからすっかり日も落ちた頃、ノアの瞳に光が戻り、ゆっくりと目を開いた。
「……再起動、完了。異常なし」
その瞬間、エマの目から涙が溢れた。
「ノア! お帰り」
じいちゃんの顔にも笑みがこぼれて、三人は思わず手を取り合った。喜びが工房を満たす。
その時、からん、と店の扉を開く鐘の音が鳴る。鐘の音に合わせて三人が振り向くと、そこに立っていたのはルークだった。半日待ち続けて疲れ切った顔をしている。
デートの約束の時間が過ぎていたことに気づいてエマの胸が凍りつく。
「あ……」
言葉の続きが出てこない。
ルークは何も言わず、伏し目がちにエマを見つめている。
長い沈黙のあと、「ごめん……」
エマはようやくそれだけ言えた。
でもルークは目を伏せた。
「もう、いいんだ……」
その声は静かだった。怒りではなく諦めに近い響きで、それが余計にエマの胸を痛める。
ルークは踵を返した。
「ルーク!」
呼び止めても振り返らない。
そして店の扉が閉まり、鐘の音が虚しく響く。
ルークが去った後、店には静寂だけが残った。
エマはその場で立ち尽くしていた。
ようやくノアを救えた喜びと、同時に大切なものを失ってしまったことを思いながら。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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