第3章 第4話 心のある機械
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
ノアを連れ帰った翌日から、工房は妙な空気に包まれていた。
エマが起きると、じいちゃんはすでにノアの修理に取り掛かっていた。エマも当然手伝うつもりだったのだが――。
「そこは触っちゃいかん」
じいちゃんが珍しく強い口調で止めた。
作業台の上ですでに分解されたノアの胸部には見慣れない装置、黒い金属で覆われた小さな箱が埋め込まれていた。
見慣れない機械を見て、エマは思わず身を乗り出して凝視する。
「ねぇじいちゃん、これは何?」
じいちゃんは少し黙ってしまった。言葉の歯切れが悪い。何か言いたくないことがあるみたい。
「う〜む……ブラックボックスとでも言えばいいかのぅ」
「ブラックボックス? それってどんな機械なの?」
じいちゃんはノアを修理しながら説明する。
「……上手く説明できんから、お前にはまだ難しいのじゃ。もし壊してしまったらノアは動かなくなってしまうかもしれん」
何を聞いてもそれ以上は詳しく教えてくれなかった。エマは不満だったが、技師としての実力差も理解していた。確かに今の自分ではノアを修理できない。
しかしどうしても一つだけ聞かずにいられないことがある。
「じいちゃんはノアのことを知ってるの?」
じいちゃんの手が一瞬だけ止まったが、やがて観念したかのように静かに話し始める。
「昔、こういう仕事に携わったことがある……。それだけじゃ。すまんな、あまり面白い話ではないぞ」
結局それ以上は何も教えてくれなかった。
けれどじいちゃんが話したくないのなら、エマはあえて聞かないことにした。でも、いつか話してくれるといいな。
それから数日後、ノアの修理が終わった。関節部は新しい部品に変えたため、まだ動きはぎこちないが、日常会話は問題なく出来る。私とじいちゃんの会話を聞いて覚えたのかな?
修理を終えたノアは《歯車亭》の一員となって、店に出るようになった。
お皿を運んで、掃除をして、配達も手伝えるようになった。コミュニケーションも上々だ。
「ノア、ここにパンを並べて。きれいにね」
「エマ、分かった」
返事をすると直ぐ様、機械ならではの正確さで真面目に全力で取り組む。
「パンを一ミリの誤差もなく真っ直ぐに並べた」
「そこまで求めてないから!?」
ノアは不器用で、少しずれていて、でも一生懸命なその姿は、自然と客たちの笑顔を呼んだ。
「ノア君、おはよう」
「おはようございます」
「今日も頑張ってるわねぇ」
「はい、頑張ってます」
子供たちは段々とノアに懐いて来た。多少乱暴に叩かれても全然平気そう。
お年寄りたちは「懐かしさを覚えるよ」と言って頭を撫でて労る。
女性客の話し相手も出来るようで、気が付けばノアは《歯車亭》の人気者になっていた。
街の人とノアが楽しそうにしている光景を見てエマは胸の奥からじわりと熱いものが込み上げてきた。人と機械が共に生きて、笑い合い、支え合う光景。今の《歯車亭》はエマが理想としていた光景そのものだった。
(この光景がずっと続けばいいのに)
ノアを見るたびに、その思いは強くなっていった。
ある日の午後、《歯車亭》の扉が開き、ベルが鳴る。エマが振り返ると、ルークが少し疲れた顔で笑っていた。
「ルーク! いらっしゃい」
久しぶりに見たルークの姿に思わず声が弾む。
ルークは今、自動化推進計画の責任者として、毎日忙しく働いているらしい。だから来てくれたことが嬉しかった。
でも、ルークはなんだか別のところをみている。その視線は店内を動き回るノアに向けられていた。
客に声をかけられ、真面目に返事をしている少年型オートマタ。彼を中心に笑顔が溢れ、店内を流れる楽しそうな空気……。
ルークは黙ってそれを見つめていた。心なしか少し険しい顔で。
「……あれは、オートマタ?」
「うん! ノアって言うんだ。私とじいちゃんで直したの!」
私はノアのことを聞かれたのが嬉しくて、ひたすら語り始めた。ノアがどれだけ働き者か、どれだけみんなの人気者になっているか。
だが話せば話すほど、ルークの表情は曇っていった。今まで自分がいた場所に今はオートマタがいる。まるで自分がいた場所が奪われているように感じずにはいられなかった。
エマがひたすらノアについて語っているとき、後ろでがじゃん! と大きな音がした。エマが振り返ると、ノアがパンを乗せたトレーを落としてしまっていた。
エマが駆け寄り、パンを片付けてノアに声をかける。身体を触って調子をみる。大丈夫、問題ないようだ。
「ノア、大丈夫? 頑張ろうね」
「……旧型なんだろ。今はもっと新しいオートマタがあるのに」
その光景を見ていたルークがぽつりと呟く。何故こんなことを言ってしまったのか、嫉妬なのかルークには分からなかった。
その瞬間、エマの思考が止まる。何を言われたのか理解できなかった。
『旧型なんだろ』ルークの言葉が反芻されて、数秒遅れて気がつく。怒りと悲しみで胸の奥が熱くなって止められない。声が震えていた。
「何で……、何でそんなこと言うの?」
ルークは、はっとした顔をした。言ってはいけないことを言ってしまったことに気づくが、もう遅かった。
「エマ、俺は――」
「ノアが機械なことくらい分かってる!」
エマの感情が溢れ出して、言葉が止まらない。
「ホントの心じゃないことだって分かってる!」
エマは爆発しそうな感情を抑えるために、拳を握り締める
「でも! ノアがみんなに好かれて! みんなが笑顔になって! みんなの心が暖かくなって!」
エマの声が震えて、涙目を必死に堪える。
「それだけじゃダメなの……?」
店内が静まり返る。居合わせた客たちも、二人の様子に息を呑んで見守っていた。
ルークは何も言えずに、ただ苦しそうな顔で立ち尽くしている。
「エマ……」
ルークがようやく言葉を絞り出すが、エマは首を振った。
今は何も聞きたくなかった。まだ、話を聞けばルークを許してしまいそうだった。
だから……。
「帰って。今は顔、見たくない」
店内は誰も声を発せずに、長い沈黙が場を包み込む。ルークの目が揺れる。エマにかける言葉を探しているが見つけられない。
やがてルークは何も言わず踵を返した。扉が開くと店内に夕陽が差し込む。そして静かに扉は閉じられ、後にはベルの音だけが残った。
怒りと、悲しい感情が複雑に混じり合い、エマはその場から動けなかった。自分でもどうしたらいいか分からない。
今はただルークの背中が遠く感じた。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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