第3章 第3話 連れて帰る理由
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
廃工場の静寂の中で、少年型オートマタはゆっくりとエマを見上げていた。
「――ハジメマシテ」
かすれた機械音声だけど、確かに言葉だった。
エマは目を丸くしたまま固まる。
「しゃ、喋った……!」
少年は数回まばたきをした。よく見ると瞳の奥で淡い光が揺れていて、それがとても綺麗だとエマは素直に感じた。
「ボクハ……ノア」
ノアの話し方には、なんだか言葉を探すような間がある。
「キミハ……だれ?」
その問いを聞いてエマはこのオートマタがとても愛おしく思えた。まるで目覚めたばかりの子供みたいだったから。
「私はエマ!」
この子に安心感を与えるように、胸を張って答える。
「あなたはノアっていうの?」
「僕は……ノア?」
少年は自分の胸元の刻印を見て、自分の名称を理解したように小さくうなずく。
「そう。ボクはノア」
「よく出来ました! そう、あなたはノア。これからよろしくね!」
「エマ……よろしく」
最初は機械が単語を並べているようなぎこちない話し方をしていたが、話すたびに段々と発音が自然に、人間の会話へ近づいている。
もしかして、機械が学習してるのかな? 目の前の状況にエマは目を輝かせてノアを見る。どう見ても旧式のオートマタのはずなのに、何故か妙に高性能である。
「ノア、あなたはどれくらいここにいたの?」
「わからない」
「持ち主は? 誰にここに連れて来られたの?」
「わからない」
「最後の記憶は? 何か思い出せることはある?」
「…………」
ノアは黙り込んでしまったが、やがて、
「思い出せない」
とだけ言った。まだ記憶領域には問題があるらしい。
エマは腕を組んで、どうしようか考える。
ノアについては謎がいっぱいあって、分からないことだらけだ。じいちゃんならノアのこと、何か分かるかな?
ここで考えても仕方ないから一度、工房に戻ろう。ノアは動けるのかな? エマは聞いてみる
「ノア、立てるかな? やってみて」
するとノアはエマの方を見て、少し身体を動かそうとした。肩が小刻みにぎしぎしと鳴り、腕が数センチ動くが、そこで止まってしまった。
「もう……動けない」
「やっぱりかぁ」
エマは肩を落として吐息を吐く。
可動部には錆が所々見られるし、蒸気配管も劣化している。これじゃあ起動したら蒸気が漏れてきそうだ。そもそも起動するの?
「無理しないでいいよ。ノアの蒸気機関が弱ってるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの!」
ノア本人よりエマの方がノアの身体を理解しているようだ。
動けないノアを見て、エマの技師としての血が騒ぎだす。今すぐにでも、ここもあそこも調整して修理したいけど、ここは廃工場だ。設備も工具も足りないから工房に戻らないと。
「ノア」
エマはノアを真っ直ぐに見つめて、にっこりと笑った。
「私がノアを直してあげる! 元通りに動けるようにしてあげるから!」
ノアは首を傾げた。喜ぶより先に疑問に思っているようだ。
「僕を直す? どうして?」
そう言われると少しだけ詰まる。なぜ?
動けなくて困っているから?
なんか放っておけないから?
理由はいくつもあるけれど、一番近い答えは
「友達になったからかな」
「友達……」
そして理解したように小さくうなずく。
「……ありがとう」
ノアの言葉にエマは少し照れくさくなった。
とはいえノアをどうやって運ぼうか? まずは肩を持ち上げてみるが、持った瞬間に私の力では無理だと分かる。
何か使えるものはないか、エマは周囲を見回し、自分の荷車を見たとき、頭の中で閃く。
「そうだ!」
荷車には補助蒸気機関もある! 何事も工夫次第だ。まずは荷車をノアの近くまで引いてくる。次に廃材の鉄板、出来るだけ曲がってないものを選んで拾い集め、それを荷車へ立てかける。
「よし、これで簡易スロープが完成!」
ノアは何が起こるのか分からない様子で黙って見ている。
「ノア、ちょっと痛そうだけど、我慢してね」
と言ってからエマは気付いた。オートマタだから痛みとかあるのかな。でも、乱暴に扱っちゃだめだよね。と自分に言い聞かせる。
続いて補助蒸気機関へ滑車を接続する。
そして工具箱からロープを取り出して、その先端にフックを結んで、ノアの胴体へ引っ掛ける。
「これをこうして……よし!」
ノアが傷つかないように、可動部をロープで固定する。
「これで準備は完了!」
補助蒸気機関の蒸気弁を開くと、ぷしゅう、と蒸気が漏れて小型エンジンが回転を始めた。
すると滑車にロープがゆっくりと巻き取られていき、ずるずるとノアが少しずつ動いた。
「やった! 出来た!」
さらに巻き上げていくと、ノアは順調に荷車に近づいている。けれど大丈夫かな? 機械だけどちょっと心配だな。声をかけてみよう。
「ノア、大丈夫? もう少しだよ、頑張れー!」
「ボクが頑張るの?」
「そう、機械も気合いが大事だよ、多分!」
そして数分後、ノアは荷車の上へ収まった。補助蒸気機関に負担をかけたけど、まだ問題なく動いてる。
エマがロープを片付け、気がつくと夕日が上層区の建物を鮮やかに赤や金色に照らしていた。夢中になってたらもうこんな時間だ! 急いで帰らないと!
《歯車亭》に着いた頃には、すっかり日が暮れて街のガス灯には、赤い光が灯り始めていた。
エマは汗だくになりながら、荷車を押して帰宅する。
「ただいまー!」
疲れを忘れたように元気よく扉を開けると、奥の作業台にいたじいちゃんが迎えに来てくれた。
「おお、帰ったか。随分遅かったじゃないか」
「じいちゃん見て見て! この子、廃工場から連れてきたの!」
ノアを連れて帰ったことを自慢したくて、エマは得意満面の笑顔で言う。
「どれどれ……」
荷車の上に収まったままのノアを見た途端、じいちゃんの言葉が止まった。
まるでじいちゃんの時間が止まったように表情が変わる。驚きと戸惑いのような、そして――、どこか怯えたような顔。
「じいちゃん?」
じいちゃんはノアから視線を逸らした。
明らかに様子がおかしい。いつもなら珍しい機械を見れば真っ先に飛びつくはずなのに。
「わしはもう休む。その子の修理は明日じゃ」
それだけ言うと、じいちゃんは足早に自室へ戻ってしまった。ぱたん、と扉が閉まる。
エマはどうしたらいいか分からずに、呆然と立ち尽くした。聞いてはいけない気がした。
「……何だったんだろう」
荷車の上からノアが静かに話しかける。
「エマ」
「なに?」
「おじいさん、ボクを見て何故か悲しそうだった」
エマは振り返り、閉ざされたじいちゃんの部屋の扉を見つめていると、胸の奥に小さな不安が芽生え初めた。
まるでじいちゃんが、ノアのことを知っているかのようだったから。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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