第3章 第2話 廃工場の少年
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
ルークと口論してから数日が過ぎた。
あの日以来、エマの胸の中には小さな棘が刺さったままになっている。
パンを焼いている時、工房で機械を直している時、ふとした瞬間にルークとのやりとりを思い出してしまう。
別にルークが嫌いになったわけではない。
むしろ逆だ。ルークのことが大切だからこそ、ルークの意見は認められなかったんだ。
そんなもやもやした気持ちを振り払うように、エマは工房の整理をしていた。いろんな考えが巡ってしまうときは、何も考えずに単純作業に限る。
「とは言ったものの……これはさすがに酷いかも」
工房の中には失敗作の発明品や使わなくなった部品が積み上がっていた。
歯車。配管。蒸気弁。謎の機械。謎の機械の部品。さらに謎の機械の残骸。
「……半分くらい私のせいかもしれない」
「半分で済むかのう」
じいちゃんが呆れた声を出した。
「よし、今日は大掃除じゃ」
その一言で工房の整理が始まった。
棚を片付けて箱を運び、部品を仕分ける。
午前中いっぱい片付けに専念していると、ようやく終わりが見えそうだ。なんか機械油の匂いも日に日に強くなっていて、パン屋にまで油の匂いがするようでは商売にも影響が出る。
「これは捨てていいよね」
「だめじゃ、その部品はまだ使える」
「え〜、こんな部品どこに使うの?」
「いつか使うときが来る」
「その“いつか”が来たことないよね?」
そんなやり取りを繰り返しながら掃除を続けていると工房の一番奥、埃だらけになった棚の裏から、小さな黒い箱が転がり出てきた。
「ん?」
エマは箱を拾い上げた。真っ黒で何も分からない。手のひらに乗る程度の大きさで、今まで見た覚えはない。
「ねぇじいちゃん、これ何?」
じいちゃんは箱を見た瞬間、目を見開いた。
ほんの一瞬だったけれど、確かに表情が変わった。明らかにいつもと違う表情をしていた。
「……ワシが昔、作った物じゃ」
「発明品?」
「そんなところじゃ。エマ、その箱をよこしなさい。わしが預かる」
エマはじいちゃんに箱を渡す。なんか理由がありそうだけど、話したくなさそうだ。いつものじいちゃんなら、発明品を得意げに説明するはずなのにその日は違った。なんか表情が冴えない。
「ちょっと疲れたから、後は頼むぞ」
「え? う、うん……」
じいちゃんはそれ以上何も言わず、黒い箱を抱えたまま自室へ戻ってしまった。
閉じた扉を見ながらエマは首を傾げる。
(なんだったんだろう……)
夕方にはようやく掃除が終わり、残ったのは――荷車いっぱいの廃部品だった。
◇
翌日、エマは旧工場区画へ向かっていた。
荷車には補助用の小型蒸気機関を取り付けているが、それでも動力はほとんど人力だ。
「重い……」
坂道を押しながらため息が漏れる。
「こういう時はオートマタが欲しいなぁ」
最近の自分なら言わない言葉だったが、荷車を押していると考えも変わる……こともある。
「いいや、違う違う! 共存、共存だから」
誰に言い訳するでもなく呟く。
こんなことを考えていると、ルークの顔が思い浮かんだが慌てて首を振り、頭からルークの顔を消し去る。
「今はルークのことは考えない、考えない!」
ようやく廃工場へ到着した頃、エマは汗だくになっていた。
今では誰も使わない古い工場。巨大な煙突だけが空へ煙を吐き出している。今は部品置き場、廃品処理場として細々と利用されているだけだ。
エマは荷車を降ろし、管理人に廃部品を引き取ってもらった後、工場の中を歩き始めた。
「何か掘り出し物があるかもしれない」
エマはちょっと期待に胸を膨らませながら、薄暗い通路を進む。窓は所々割れていて、床には埃が積もっており、昔誰かが通った足跡も消えかけている。時折吹き込む風が鉄板を揺らし、きぃん、と不気味な音を鳴らした。
「うわっ!」
流石にちょっと怖くなってきたので、そろそろ帰ろうと思って引き返そうとした時、エマは何かに気づく。
「あれ?」
工場の奥、壁際に立てかけられた薄い鉄板の隙間から何かが見えた。まるで目のように光る丸いものがあるのをエマは見逃さなかった。怖くなって帰ろうとしたけど、エマの好奇心は恐怖を上回る。
「何だろう?」
鉄板に近づき、渾身の力を込めて何とか横へずらすと、そこには人形の顔があった。
「うわっ!」
暗がりで見る人形って、なんだか不気味だけど、正体が分かれば怖くない。エマはさらに鉄板を退けて、なんとか人形の全身を引きずり出す。
そこには少年の姿をしたオートマタがあった。着ている衣服はぼろぼろで、身体中は埃まみれだ。きっと何年も動いてないんだろう。
エマは思わず息を呑んだ。ずっとここに放置されていた旧式のオートマタ。それなのに、何故か不思議な存在感があった。
エマは少年型オートマタの胸元を確認すると、そこには小さな刻印がある。
『NOAH』
「ノア……」
これが、この子の名前かな? 名前がないと不便だし……よし! この子は今からノアと呼ぶことにする。一度気になったらもう止められない。エマは周囲の鉄板をどけて作業する環境を作ってから、ノアの身体を調べ始める。
身体の塗装も剥げて傷だらけだ。所々錆も発生しているが、思ったほど状態は悪くない。
続いて破損がないか確認する。
腕も脚も欠損はない。可動域も流石に動きは渋いが、なんとか生きているようだ。
「欠損なし……これなら修理できるかも」
そう呟きながら肩へ触れた瞬間、エマはかすかに違和感を覚える。
「ん……あれ? なんだろう」
エマは目を見開いてノアを見る。
耳を澄まし、ノアの身体に近づけると、微かに音がする。小さい。けれど確かに、カチ……カチ……。間違いない! 機械の作動音だ。
「まさか……」
次の瞬間、ノアの指先がぴくりと動いた。
「えっ!?」
そしてゆっくりと、閉じられていた瞼が開いてゆき、長い眠りから目覚めるように、淡い光が段々と瞳に宿ってゆく。
少年型オートマタの顔がゆっくりとエマの方を向き、エマを見つめた。
数秒の沈黙の後、彼の唇がゆっくりと動く。
「――ハジメマシテ」
静まり返った廃工場に、その声だけが響いた。
エマはその場で言葉を失ったまま、目の前の少年を呆然と見つめ続けていた。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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