第3章 第1話 歯車が奪うもの
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、とあることから古いオートマタ『ノア』と出会います。
機械との向き合い方でルークとの関係はぎくしゃくしてしまい、やがて街全体を巻き込む大事件に発展してしまいます。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
「 おい! オートマタがパンを焼いてるぞ!」
グラン・ロアの下層部にある、朝の市場に大きな歓声が上がった。
人だかりの向こうで、真新しい銀色のオートマタが器用に生地をこね、窯へパンを入れている。
「すごいな……」 「職人いらずじゃないか」 「人間より上手だぞ」
初めて見る新型オートマタを見るために集まった人々は口々に称賛の声を上げている。
でも、その様子を見ていた私は、どうしても疑念を抱いてしまう。
確かにそのパンはちゃんと膨らんでいるし、焼き色も綺麗だ。素人よりは上手に出来ている。
でも――。思わず呟いてしまう。
「なんか、パンの匂いがしない」
私の呟きは歓声にかき消されて、誰も聞いていない。機械が作った見た目は完璧なパンに、人々は夢中になっていた。
この熱狂はパン屋だけでは終わらなかった。
グラン・ロアの街では今、最新型オートマタが大流行しており、新聞を開けばどの頁にもオートマタの記事が並ぶ。
『次世代思考回路搭載』
『作業効率三〇%向上』
『感情による判断ミスを排除』
新型オートマタを目の当たりにした人々は、その能力を口々に称賛する。
「いよいよ機械の新時代の幕開けだ!」
「感情や能力の差がない分、人間より優秀だ」
「危険な仕事は全部オートマタに任せればいい」
そんな声を聞くたび、私は胸の奥が少しだけざわつく。機械と人間の共存って、こんな形でいいのかな。これが機械と人間の理想的な関係なのか分からない……。
この時の私は、まだ知らなかった。
その熱狂が、街全体を巻き込む大事件の始まりだったことを。
新型オートマタの流行は、下層街に別の形で影響を及ぼしていた。
エマが朝の配達を終えてパン屋へ戻る途中、広場の片隅で顔見知りの配達員たちが、暗い表情で集まっており、彼らの話し声が聞こえて来る。
「聞いたか? 港の荷運びが今後は全部オートマタに切り替わるって噂」
「俺の兄貴、来月で仕事なくなるって言ってた」
「機械は飯を食わなくていいからな……」
笑い話のように言うその声は少し震えていた。
顔見知りの配達員達の話を耳にして、エマは胸の奥が重くなる。
別にオートマタが悪い訳じゃない。
祖父と一緒に機械を修理をしてきたからこそ、機械にも個性があると知っている。
けれど機械技術が発展すると、仕事を失う人もいる。その事実だけは見過ごせなかった。
パン屋へ戻ると、祖父が工具を片付けながら言った。
「新しいオートマタか、難しい時代になったな」
「おじいちゃんもそう思うの?」
「ああ。便利になるのは良いことだが……」
祖父はレンチを置いて話を続ける。
「だが便利さだけを追いかけると、大事なもんを見失う」
エマは静かにうなずく。
じいちゃんの言葉が胸に残った。これから起こることを暗示しているように。
◇
数日後、街中に号外が配られた。その一面には
『ロイヤル・ギア、自動化推進計画を発表』
と、巨大な見出しが踊っていた。
その計画責任者として名前が挙がっているのが
ルーク・アシュフォード。
紙面の写真には、凛々しい表情の彼が映っていた。
計画に挙げられた職業には、工場、運搬、警備など危険な仕事を中心に、都市機能の大部分をオートマタへ移行するという。
夕方になり《歯車亭》の営業も一段落した。店内には残ったパンの香りがまだ漂っている。
エマはカウンターを拭きながら、昼間に見た新聞記事のことを考えていた。
『ロイヤル・ギア、自動化推進計画を発表』
記事の中央にルークの写真が載っているのを見て、少し誇らしい気持ちもあった。好きな人が認められるのは嬉しい。
でも同時に、胸の奥がざわついていた。
その時、からん、と鐘が鳴り店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
エマが明るく振り向くと、そこにはルーク本人が立っていた。だけどどこか疲れたような顔をしていて、ネクタイも少し曲がっていた。きっと朝から忙しかったのだろう。企画責任者って、大変なんだなと思う。
「ルーク、新聞見たよ。おめでとう。責任者なんて凄いね」
浮かない表情のルークを励ますように、エマが先に声をかけた。
「ああ」
エマの言葉に応えるように、ルークは少しだけ笑った。
「ありがとう。自動化推進計画のことは、正式発表前から準備していたんだ」
そこから二人共、話が続かずに沈黙が流れる。
『これから先も、君と一緒にいたい』
飛行船での告白からちょっと日が経っただけなのに…ルークは忙しくなって、今は何かが二人の間に横たわっている。ルークもそれを感じているのかな。
ルークは少し考え込むように、手持ちの新聞へ視線を落とし、記事を指さして静かに言った。
「自動化推進計画……この計画はどうしても必要なんだ。今も危険な現場で命を落とす人間がいる。機械に任せられるなら、その方がいい」
それはルークなりの優しさだった。
誰かを守るために機械を使いたい。
エマにはそれが分かるから、簡単には否定できない。
「でも!」
ルークの言葉にエマは反射的に言った。言ってしまった。けど、言わずにいられない。
「でも、仕事を失う人もいるよ。それに職人さんでないと出来ないこともまだあるんじゃない? 危険な仕事をなくしたい気持ちは分かるけど、人の居場所までなくなっちゃったら意味がないと思う」
「変化には犠牲が伴う……。時間が経てば皆の意識も変わるさ」
「それだけ? それで済ませるの?」
エマの反論にルークが眉をひそめる。なんで分かってくれないんだ、と思ってしまう。
エマも負けずに見返した。
「オートマタは人を助けるためのものじゃないの?」
「その通りだ。そのための自動化推進計画だ」
「だったら人の居場所まで奪わなくてもいい!」
店内の空気が張り詰めていく。
沈黙を破るようにルークが静かに答える。
「エマは感情で見ている」
「ルークは数字でしか見てない」
エマは負けじと言い返す。気がつけば拳を握っていた。
ルークの表情がわずかに曇る。だけどここは譲らない。これは僕だけの問題じゃないから。
「俺は現実を見た上で言っているんだ」
「私だって、ちゃんと見てるよ! 下層街の人たちが『仕事がない』って困ってるのをこの目で見たんだ!」
「だからこそ新しい仕事を――」
「それで本当にみんなが救われるの?」
二人の言葉がぶつかる。お互いにどちらも譲れない。ルークもエマも信じている未来があるから。だからこそ、すれ違う。
長い沈黙の後。ルークが小さく息を吐いた。
「……今日は帰る」
エマは何も言えず、ただルークを見守ることしか出来なかった。ルークの寂しそうな背中を見ていると、胸が苦しくなった。
本当はこんな話がしたかったわけじゃないのに。もっと楽しい話がしたかった。あの告白の続きとか。
けれど今は何も言葉にならずに、エマはその場に立ち尽くしたままだった。
窓の外では夕日が沈み始めている。
今まではルークが来るだけで幸せな気持ちになれたのに今日はそんな気分になれない。胸の中に重たい歯車が引っかかっているようだった。
互いに同じ未来を願っているはずなのに、その未来形だけが、どうしても噛み合わない。
二人とも相手が間違っているとは思っていないからこそ、苦しい。
初めて知ってしまったのだ。
好きな人でも、同じ未来を見ているとは限らないことを。
第3章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は月、水、金曜日に更新する予定です。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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