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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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第2章 10話『空の彼方へ、温もりを』

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

「主機関が暴走するまで、残り時間はおおよそ五分間ってところね」


 残り時間は、もうほとんどない。

 エマの進言にルークは唇を噛み締めた。

 彼女の判断が正しいことは理解できる。ルークには、戻ってから、やらなければいけないことがあることも分かる。


 それでも、エマを行かせたくなかった。

 エマを失うのが怖かった。脳裏にエマを失う光景が思い浮かんでしまい、胸の奥が冷たくなる。

「なんでそんな顔をするの」

 エマはルークの顔を覗き込み、小さく呟く。

 ルークが答えられないのを見て、エマは苦しそうに笑った。声を震わせながら話し出す。


「私、ずっと不思議だったんだ。ルークって、いつも冷静で、何を考えてるか分からなかった。けど本当はすごく優しい人なんだよね」

 ルークの瞳が揺れた。エマは一歩近づく。

「空飛ぶ郵便で一緒に飛んだとき、ちゃんと人のことを考えてたから。だから私、ルークとなら信じられるって思ったの」


 エマはぎゅっと拳を握り、話し続ける。

「私ね、ルークと一緒にもっと色んな場所へ行きたい。もっといっぱいみんなが喜ぶ機械を作って、空を飛んで遠くの人に届けたい、笑顔にしたい!」

 エマは笑っていた。泣きそうな顔してるのにちゃんと笑った。

「だから、終われない」


 その言葉を聞いた瞬間、ルークの中で理性が決壊した。灰青色の瞳が大きく揺れ、理性より先に身体が動く。

 気づけば、エマの腕を強く掴んでいた。今なら言える。

「……勝手に行くな」

 震えながら、絞り出すような低い声だった。

「ルーク? ……痛い」

「君が危険な場所へ行くのを、もう見たくない」

 エマは思わず息を呑むが、ルークは構わず真っ直ぐに彼女を見た。逃げ場なんてないくらいに真っ直ぐに。


 蒸気炉の咆哮が轟き渡り、警報が鳴り続ける。それでもルークの声だけは、はっきり聞こえた。

「僕は、君が傷つくのが嫌だ」

 思いがけない言葉に、エマの心臓が止まりそうになる。

「君が笑ってると安心する」

 ルークは震えながら少し苦しそうに息を吐く。

「君がいない未来を考えたら、怖かった」

 エマの目に涙が滲んだ。

 こんな状況なのに、こんな場所でも、胸がいっぱいになる。


「だから、一人で行くな。僕も一緒だ」

 ルークは静かに言った。

 エマは唇を噛んで、そして小さく笑った。

「……うん」


「感動してるところ悪いけど、あと二分ってところよ」

 二人分の耐火コートを探して戻ってきたセレナが呆れた声を出す。

「と、とにかく急がなきゃ!」


 二人は即座に頭を切り替える。ルークはエマに配管図を渡した。

「どうすればいい? エマ、教えてくれ」

 エマは瞬時に状況を整理して、二人に伝える。

「私は中央弁を開く! ルークは補助圧を逆流させて! セレナさんは外部冷却弁を開いて!」

「分かった」

「了解」

 熱風が吹き荒れる中、三人は同時に走り出した。


 エマは中央主管へ飛びつく。中央弁を開けようと金属に触れた瞬間、耐火手袋越しでも皮膚が焼けそうになるほど熱いのが分かる。

「っ……!」

 それでもレンチを差し込むがびくともしない。圧力で固着しているようだ。破損して落ちていたパイプをレンチに差し込み、テコの原理を利用して全身に力を込める。

「開けぇぇぇぇっ!!」

 蒸気が吹きつけて髪が乱れ、ちりちりと焼けている。身体から出てくる水が汗なのか涙なのか分からなくなった。


 エマの身体が悲鳴を上げ、限界かと思われたとき、後ろから手が差し伸べられた。

 ルークが後ろから手を支えている。

「こっちは終わった! 一緒にやるぞ!」

「ルーク!」

 二人でレンチを握り、渾身の力を込める。

 熱い、苦しい、けれど隣にはルークがいる。

 それだけなのに、不思議なくらい力がみなぎってくる。


 そして、ごんっ! と大きな音がして中央弁が開いた。暴走していた蒸気が一気に逆流する。轟音と共に大きな振動で、立っているのも難しいくらいだ。白蒸気が機関室を飲み込む中、エマは計器を確認する。

「圧力低下を確認できたよ」


 涙と区別がつかないほど、顔中が汗だくになりながらも、エマが安堵の表情を浮かべる。

 警報音が止まっていき、赤色灯が段々と消えていく。蒸気炉の唸りも少しずつ静かになった。


 やがて船内に静寂が訪れ、そして。エマは一気に体の力が抜けたようにその場へ座り込んだ。

「……止まった」

 自分でも信じられなかった。本当に止められたんだ。

 横を見るとルークも息を切らしている。

 セレナは額の汗を拭いながら笑った。

「みんな生きてる?」

「なんとか……」

「若いってすごいわねぇ」


 気がつくと眼下からは歓声が響いている。

 機関室の窓から眼下を見ると、そこには一般市民も技術者も一緒に手を振り、歓声を上げているのが見える。

 グラン・ロアに飛行船は堕ちなかった。私達はこの街を守れたんだ。みんなが暮らすこの街を。


 エマの目からぽろりと涙が落ち、小声で呟く。

「よかった……」

 ルークはそんなエマを見つめる。

 煤だらけで、髪も乱れて、顔は涙でぐしゃぐしゃなのに、そんなエマが愛しく思った。


「エマ」

「……なに」

 顔を上げた瞬間、ルークがそっと頬へ触れた。

 ゆっくりと、優しい手だった。

「ありがとう」

 エマの胸が熱くなる。

 ルークが近くにいる。またあの距離だ。

 世界は静かだった。まるで二人だけのように。

 ルークは少しだけ迷うように目を伏せる。

 それから、静かに額を寄せた。

 ルークの態度にエマの鼓動が高鳴ってゆく。


「……好きだ」

 低い声。だけど真っ直ぐな言葉。

「これから先も、君と一緒にいたい」

 涙が溢れながらも、エマは笑って頷く。

「……うん」

 次の瞬間。二人の距離がそっと重なった。

 蒸気と夜風の匂いがする中、遠くでは飛行船の汽笛が鳴っている。まるで二人を祝福するように。


 それから数か月後。

 グラン・ロアの空には、新しい郵便飛行船が飛んでいた。安全設計を見直した新型空輸船。その機体には《歯車亭》製の循環保温機が搭載されている。

「エマー! 追加注文きてるぞー!」

「いまやってるー!」


 工房には今日も蒸気音が響いていた。

 祖父は相変わらず新聞を読み、いつの間にか来ていたセレナは勝手に紅茶を飲んでいる。

「あなたたち、有名人ねぇ」

「うう、なんか恥ずかしい……」

 エマは照れ臭そうに頬を掻き、作業に集中する。

 新聞には、“雲海特急事故を防いだ若き技師たち”と書かれていた。


 だが、そんなことより。

「ルーク! またパンが焦げてる!」

「そんな、しまった!」

「ああ、もう!」

 日常が戻り、厨房ではルークが相変わらず不器用に作業している。ここにいるときは肩書も外れて自然に笑っているルークの横顔を見るたびに、胸が温かくなる。


 窓の外を見ると、飛行船が雲を越えていく。空は青くどこまでも広かった。

 この空の向こうには、まだ知らない街がある。だからきっと、これからも二人は機械を作り続ける。

 誰かの笑顔へ繋がるものを、空の向こうまで届けるために。

                第二章 完


 これにて第二章、完結しました。ここまで読んでいただきありがとうございます。


 少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。


評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。


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